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森優貴『Macbeth マクベス』インタビュー!

ドイツ・レーゲンスブルグ歌劇場ダンスカンパニー芸術監督の森優貴さんが、この夏日本で振付最新作『Macbeth マクベス』を発表! ダンス×文学シリーズVol.1として神戸で初演を迎え、続いて文学舞踊劇として東京公演を開催します。開幕に先駆け帰国中の森さんに、作品への想いをお聞きしました。

日本人初となるヨーロッパの公立劇場舞踊部門芸術監督としてレーゲンスブルグ歌劇場ダンスカンパニーの芸術監督に就任し、今年9月で5年が経ちます。この5年で変わったことといえば?

森>たくさんあります。振付家としていうと、まず変わったのは信念の部分。以前は自分のつくり方に不安や疑いを感じていた時期もあったけど、今はそれでいいんだと思えてきてる。いまだに他の劇場の振付家の作品を観ると魅力的に感じたり、若手振付家の作品を観て若い子の感性ってすごいなと思うこともある。でもそこでブレるようなことはなくて、自分はこれでいいんだという信念が固まってきた。

 

(C) TOKIKO FURUTA

(C) TOKIKO FURUTA

 

芸術監督としては、この5年でダンサーの見方が大きく変わりました。オーディションとなると何百人ものダンサーが集まってきて、多い時には700人程の応募があります。僕は芸術監督として、彼らの中から雇うべき人材を選ばなければなりません。ダンサーを審査しているとどうしても身体能力とダンス教育背景、感受性に注目してしまいがちだけど、最近はあまりそこは見ないようにしています。というのもそれらは一定レベル兼ね備えていて当然の事ですし、素質と今持っている能力、今表現できるものばかりに目がいってしまい、人間性を見通せないのは芸術監督として後に自分の首を絞めることにもなりかねない。

技術は日々の訓練でどうとでもできる。雇用してから毎日顔を合わせ訓練していく訳ですから。ただ光る原石を持っていても、結局自分自身で磨き続けなければならない。日々の訓練を乗り越えられる忍耐力と、それだけの時間を自分自身に課すことのできる人間性、覚悟を持っているか持っていないかを見極める必要がある。逆にそういう人材を見つける方が大変です。

僕がこだわりを一切曲げずに作品を舞台に上げるためにも、ある種の自己犠牲ができるダンサーが望ましい。でも自己犠牲には時間もかかるし、精神も強くなければいけない。その覚悟があるダンサーを見つけられたら、作品に費やすエネルギーの半分はカバーできたと思ってもいい。そういうダンサーがいることでカンパニーの質が必ず上がっていくし、僕も安心して作品を託すことができる。自己犠牲とはハードな印象があるかも知れない。言いたいことは"僕の元で食事をするのなら、しっかり噛んでしっかり味わって消化してもらわないと困る。味見だけなら他でどうぞ"ということです。

 

(C) TOKIKO FURUTA

(C) TOKIKO FURUTA

 

もうひとつ変わったのが、上に立つ立場の人間は文句を言われて当然、嫌われて当然だという覚悟。ただし、不満はあっても一緒に仕事をする振付家、所属する劇場、カンパニー、そして生活する街には絶対的な愛情があるべきです。僕のカンパニーはその辺りのバランスが上手く取れているし、だからこそ規模が小さくても世界からたくさんのダンサーが聞きつけて応募してくるんです。芸術監督就任時からそれは大切にしてきた事ですし、よりその想いがはっきりしてきた。

僕はこれまでメンバーを解雇したことが一度もなくて、カンパニーを離れるとしても個人の退団への意思を尊重してきました。“次はこういうところでトライしてみたいです”と言われれば本人の希望を受け入れ、送り出してきた。だけどボランティアではなくプロとして雇っている以上、上に立つ人間としては、きちんとけじめを示すことも大事なのかもしれない。“もっとここを伸ばして欲しい、もっとこうしていこう”と課題を話し合い提示し、育てていくつもりでいても、ステップアップの過程が見えない、最悪の場合課題に対しての努力が全く見えないとなると、そこはもう切った方がいいのかもしれない。何故なら、そんなに甘い世界ではないから。“努力はしてるつもりなんですが”と発する子に限って忍耐力がない。一年後、二年後に“克服したな! 成長したな!”と思わせる子たちは言葉で努力を発する暇でさえ何かしら自発的に行動してるし、必死さが違うんです。頭であーだこうだ理屈じゃないんですよね。

今の時代はネットで何でも情報が手に入り、どこにいても自分がセレクトしたカンパニーのオーディションを受けに行けてしまう。昔はカンパニーに直接電話をかけて“今空きはありますか? じゃあ明日オーディションに行かせてください!”と伝え、どんな作品をやっているかも知らずに入り、仕事を見つけに行ったんです。自分自身にピッタリ合う桃源郷を見つけに行くんじゃないんです。仕事を手にしたい、プロとして舞台に立ちたいから何年もかけて様子を見ていくのが当たり前だった。自分がいる場所で時間をかけていく。今の子はすごく個人主義で、これは好き、これはきらい、だから自分で選ぶ。“自分はこういう人間で、こう言う質を持ってます。さぁ! この自分を雇うか雇わないか”という提示をしてくる。

いざ入団しても、“アーティストとして成長したいんです、向上心があるからいろいろなことにトライしたいんです”と言う。それでは単なる味見にしかならないし、成長にはやはり忍耐と時間がかかるもの。成長とか向上というのは結果として付いてくるものであり、狙ってするものではない。まして“成長したいからこれとこれをやる”と口に出すのはダメで、そんなことでは将来はもう見えている。だから僕は、常に"君たちのかわりはいくらでもいる"と声を大にして言いたいし、実際仕事にあぶれてるダンサーなんていっぱいいる。

税金で運営されている公立の劇場の専属舞踊団に雇われ、プロとして日々仕事するとはそういうことなんです。どこにいても、誰といても、どんな時でも、自分自身の受け入れ方と噛み砕いていく忍耐力と時間がかかることを許せる意識で、いくらでも不可能を可能にしていけるんですよね。

 

(C) TOKIKO FURUTA

(C) TOKIKO FURUTA

 

冷たい言い方をすると、ダンサーそれぞれの将来に対してそこまでの責任はないし、興味もあまりないかもしれない。背負う必要もない。レーゲンスブルク歌劇場は州立ではなく市立劇場なので、予算や条件も限られています。世界中から集まってきたいろいろな国籍や人間性を持つダンサーをまとめ、限られた環境と条件の中で外国人の僕が上に立ってカンパニーを率いていく市への責任と、劇場の顔として維持し続けるのは本当に大変。もちろん日本の様にダンサーが職業として確立しきれていない、新たな公立劇場専属舞踊団が未だにできていない土壌の無さを考えれば恵まれている事は充分に分かっています。

ただ一度でも同じ船に乗ったなら、その船から出て行った後も“あぁ、優貴のところにいて良かった”と一生思える保証は絶対にする。それはダンサーとしてもそうだし、作品を通してそう感じてもらえる自信は150%ある。それだけひとりひとりに関わって、先を見て、日々接して、人間性も能力も全て把握し、ひとりひとりのためにクリエイションをしている。彼らのどこかに森優貴DNAが歴史として残り、発信され、広まっていく。記憶の中には一緒に過ごした時間がかけがえのないものになる。ここは絶対です。ヨーロッパ他国でも森優貴というブランドがどんどん広がっていっています。今はそのためにドイツで芸術監督をやっているのかもしれません。そして、次なるステップのために。これらは一年目では言えなかったけど、5年経った今なら言えますよね。

 

(C) TOKIKO FURUTA

(C) TOKIKO FURUTA

 

 

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