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小㞍健太『Study for Self/portrait』インタビュー!

コンテンポラリーダンサーの小㞍健太さんが、この夏原美術館を会場にダンスパフォーマンス『Study for Self/portrait』を開催。自身の振付によりソロを踊り、そのダンサー人生と今後の行方を描きます。開幕を前に、小㞍さんに作品への想いをお聞きしました。

クラシックバレエを皮切りにダンサーのキャリアをスタートされています。やはり小さいころの夢は“王子さま”だったのでしょうか?

小㞍>小さいころは王子というより、純粋に踊りが好きという気持ちがありました。もちろんバレエダンサーの行き着く先は王子になるけど、僕はどこかで“自分は王子じゃない”とずっと思っていた気がします。それを確信したのがローザンヌ国際バレエコンクール。見るからに王子らしいダンサーがたくさんいて、やはり僕はそのタイプではないんだなと改めて実感しましたね。

ローザンヌで賞をとり、17歳で海外に行きました。当初はバレエ学校に行こうということで話が進んでいましたが、モナコ公国モンテカルロバレエ団のディレクター J.C.マイヨーと話していたら、“君が頑張れば公演も出れるしツアーも連れていく”と言う。ローザンヌで一年間のスカラーシップをいただき、僕も当時は一年間しか研修(留学)できないものだと思っていたので、じゃあ自分が一番挑戦できて成果が出せる場所をと考えてモンテカルロに行くことに決めました。モンテカルロバレエ団ではマイヨーの作品やバランシン作品のほか、さまざまな現代振付家がクリエイションに来ていて、本当にたくさんの刺激を受けることができました。

 

(C) TOKIKO FURUTA

(C) TOKIKO FURUTA


その後NDT へ移籍。カンパニーの中心メンバーとして活躍し、キリアン作品の主要なパートを踊ってきました。

小㞍>モンテカルロバレエ団にいた頃からずっとキリアンに憧れがありました。70年代〜80年のキリアンの初期作品は、ポワントで踊っていたり、グランジュッテがたくさん出てきたりと、どちらかというとバレエに近いものが多くあって、そこがきれいだなと思っていたんです。やはりシュツットガルト・バレエ団にいたので、クランコに近いんでしょうか。

ただ最初に彼の作品を観たのが『小さな死』で、そのときは“うわ、裸足だよ! まだまだネザーランド・ダンス・シアター(NDT)は遠いのかな”と考えていて(笑)。でもモンテカルロバレエ団で初めて踊ったのがキリアンの振付作だったり、モンテカルロバレエ団からNDT に移籍するダンサーが何人かいたりと、憧れがどんどん身近になってきた。“いつかNDTに入れたらな……”と漠然と思っていたのが、だんだん“NDTに入りたい!”に変わっていきました。

 

(C) TOKIKO FURUTA

(C) TOKIKO FURUTA

 

NDT1入りした日本人男性は僕が初めてで、アジア人でも初だったと思います。男の子は今でもまだ少なくて、僕の10年後にNDT2の方に福士宙夢くんがやっと入ったくらい。女の子の方は結構いて、NDT1に鳴海玲奈さん、高浦幸乃さん、あと刈谷円香さんがいます。

実はこの作品つくるにあたり、自分に影響を与えてくれた人たちにインタビューをしようと考えていて、この前オランダに行ったときキリアンにも話を聞いてきたんです。キリアンの最後のクリエイションで大きな役を与えてくれたり、シルヴィ・ギエムのツアーに推薦してくれたりと、彼には本当に目をかけてもらってきた。それは何故なんだろうと……。

キリアンはよく“サプライズ・ミー”と言うんです。僕を驚かせてくださいと。キリアンを驚かせ、そして踊っている本人も驚く。キリアンは僕が踊ったときにパッと意外なものが見えたり、肉体が想像に掻き立てられて動いているのがすごく面白いと言ってくださって。彼が欲しいと思う音の取り方だったり、間の取り方があって、それがすごくナチュラルに見えるんだと。キリアンはもともと日本の文化がすごく好きで、それは西洋人とは違う感性なんだという。ダンステクニックがどうというよりも、そうした部分が大きかったのかもしれません。

 

(C) TOKIKO FURUTA

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他に影響を与えられた人といえば?

小㞍>ローザンヌ国際バレエコンクールにゲスト講師できていたヤン・ヌイッツさんもそのひとり。彼は札幌のバレエセミナーで30年間毎年講師を務めていて、僕が海外に行きたいと思ったのも16歳のときに彼のレッスンを受けたのがきっかけでした。日本人ダンサーでヤン・ヌイッツさんから影響を受けた人はたくさんいると思います。今は日本でもバレエ講習会は珍しくなくなったけど、海外から講師が来てセミナーを行ったのは彼が初めてで、それがきっかけで広まったくらい、本当に第一人者です。

ローザンヌ国際バレエコンクールのときも、本当に細かいところまで見てくださったし、解剖学的なことも教えてくれました。すごくエネルギッシュで、コンクールというのを忘れさせてくれるようなクラスなんです。ヤン・ヌイッツさんは世界中で講師をしていて、僕がモンテカルロバレエ団にいたときもゲストティーチャーとして来ていたし、NDTにも来てましたね。踊りが好きで、その感覚をみんなに分け与えてくれるすてきな先生です。

 

(C) TOKIKO FURUTA

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ギエムとのツアーもすごく印象的な経験でした。僕はギエムのバーレッスンを見て、初めてバーレッスンというのは筋トレなんだということを悟りました(笑)。僕自身はずっとバーレッスンのとき“踊って”いたんです。でもギエムを見ていたら、体感を鍛えるためにバーのエクササイズをしているんだということに気づいて。もちろんそれはある程度の年齢になったからだと思うけど、そうやって自分自身でコントロールして筋肉を維持してる。すごいなと思いましたね。ある日ギエムに“日本に帰ろうと思ってる”と話をしたら、“自分で決めた道をどういう風に突き進むかは自分次第。だけどあなたの経験は絶対にムダにはならないから、どんなときも自分が正しいと思って進んで行きなさい”と言われたのが今も心に残っています。

 

(C) TOKIKO FURUTA

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-コンテンポラリー