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田中泯『オドリ』インタビュー!

1978年にパリで運命的な出会いを果たし、3年間に渡りフォトセッションを繰り返してきたダンサーの田中泯さんと写真家の故・田原桂一さん。約40年の時を経て写真展『田原桂一「光合成」with田中泯』を原美術館で開催。展示に加え、期間中は関連イベントとして3度に渡り田中泯さんによるダンスパフォーマンス『オドリ』が上演されます。田中泯さんに、田原さんとのフォトセッション、そしてご自身の表現活動についてお聞きしました。

1978年に初めて海外で踊ったとき、現地の人たちは田中さんの踊りをどう受け止めていましたか?

田中>「本当に日本人ですか?」と言われました。あと「日本ではこういう踊りが流行っているんですか?」とも聞かれましたね。まぁ、そう言われてもしょうがないですけど……。当時はそんなものはなかったわけですから。歌舞伎などもそうですが、それまで海外で披露されてきた日本文化は違いを見せるパフォーマンスが多かった。けれど僕の踊りは違いを見せるというよりは、僕にとっては共通するものを探すことだった。としても見たことのない「オドリ」だろうから相当驚いたと思います。

日本では僕のようなことをやっていても、たぶん特殊な人しか受けとめない。当時の日本は誰も認めようとはしなかった。ところがヨーロッパの場合、どれだけマイナーなものでも、実験している者、試している者に対する敬意があるんです。いったいこの人は何を試そうとしているのか? を受け止める器がある。そういう意味では日本は完全に負けていましたね。

 

2016年4月セシル・テイラー展覧会『オープンプラン』オープニング コンサートイベント:セシル・テイラー、田中泯、トニー オックスレー ©ホイットニー美術館

2016年4月セシル・テイラー展覧会『オープンプラン』オープニング コンサートイベント:セシル・テイラー、田中泯、トニー オックスレー ©ホイットニー美術館

 

裸体で踊る時は個人を全部消去するために、肌を黒く塗って皮膚の色を隠し、髪の毛を剃って、生々しい地の部分は全部排除しています。だからローマ時代の像なんかとあまり変わらない。像は公然とペニスを出しているのに、なんで自分はいけないんだろうかと疑問に思う。日本って裸体というとどうしても性のことを考えてしまう。日常的な肌の露出という意味においても、その感覚が海外にはあまりないし、さっき言ったようにそのことよりもその人が何を試そうとしているかを最初に思慮してくれる。踊った後は質問攻めでしたから。ともかく、それが凄く驚きでした。

パフォーマンスをする度にどんどんお客が増えていき、最初は一日一回踊るという話だったのが、最後は一日5回踊ってた。楽屋にいると、とにかくたくさん人が訪ねてくる。モーリス・ベジャールだとかピナ・バウシュだとか、錚々たる人たちが来て本当にびっくりしましたね。彼らは見たことがないものだとか、自分じゃやらないことだとか、そういう仕分けをして付き合っている訳ではないんです。踊りの根本は幅が凄く広いということ、それがダンサーにとってプライドだったはず。今自分がやっていることがダンスであり、ほかのことには感心を持たないという舞踊家が世の中にはいるけれど、それはもう論外。僕は全部の「オドリ」が好きですから。

踊りが持っている可能性というのはもの凄くある。表現の中で再生できないのは踊りくらい。あと絵描きもそうかもしれません。一枚描いた絵を再生しようとしてもその時はもう二度とこない訳ですから。印刷されたものと本物の絵では決定的に違う。違いというのは、身体を運んで見に来ている、その背景があるからでしょう。田原さんの写真だって、本物はやはり大きな違いを与えてくれます。

 

2017年8月 田中泯「場踊り」 ポルトガル、サンタクルス 海沿いの岩場 ©Madada Inc.

2017年8月 田中泯「場踊り」 ポルトガル、サンタクルス 海沿いの岩場 ©Madada Inc.


幼少期に触れた盆踊りが踊りの原点だとお聞きしました。

田中>盆踊りというのは言葉を動きで翻訳していく作業ですよね。山があり、心がどうのと、動きによって翻訳していく。けれど踊りは人間が言葉を持っていなかった時代からある訳ですから、もっともっと素朴に表現できたのかなと思います。言葉がなかったということは、言葉と同じくらい踊りが必要とされていたはず。ジェスチャーにしても言葉を前提としたものであり、頭で言葉に変えられるからジェスチャーになる。踊りの発生は言葉を変換する装置をまだ人間が持っていなかった時代のものですから、踊りを見てわかる・わからないというのは陳腐な話。本来そういうものではなかったはずです。

今は動きをデザインしたものを踊りという人が多くなっていますよね。もっと言えば、音楽が存在しているから踊りが踊れるという。僕にとってそれは単なる流行です。これから先踊りがどうなるかわからないんだ、という前提で踊りをやっている人がどれくらいいるのかな……。

 

2016年6月 CND主催 公演 田中泯「場踊り」 パリ、Pantin地区 旧国立銀跡地の中庭 ©Madada Inc.

2016年6月 CND主催 公演 田中泯「場踊り」 パリ、Pantin地区 旧国立銀跡地の中庭 ©Madada Inc.

 

例えばウィリアム・フォーサイスのように、コンピューター的につくった動きをやらせることもある。ほとんどロボット的な作用です。そのうちロボットが代わりにやってくれるかもしれない。動きを頼りにして踊りを踊っているから、ロボットにやらせても……、ということになる。世の中が便利になったから、人間が身体を動かさなくて済むようになっちゃった。でもかつては精一杯身体を動かして生きていた人たちが無数にいた。だから、見たことのない動きなんてある訳がない。もしあるとしたら、それは単に見てないだけ。

自分が好きになってしまった踊りというものに対して、これは一体どういうことなんだ? と考えてみる。今ある踊りはたまたま今であって、それこそ人類の始まりから踊りはずっと続いてきてた。踊りは一体どういう歴史を通って今まできたのか、そこに未だに関心がある。そういう踊りの歴史の中に自分はいるんだという認識を持たずに踊っちゃいかんと思います。それは宴会で踊る踊りもそう。踊りと呼ばれているものにはことごとくルーツがある訳です。

踊りというとんでもなく大事な表現の歴史のどこら辺に僕はいるんだろう、というのが最大の関心事です。だから、どれだけ客が集まっているとかいうようなことは、序列でいえばずっとずっと後の方ですね。

 

2017年 3月 テートモダン  BMW TATE LIVE EXHIBITION "TEN DAYS SIX NIGHTS” 中谷芙二子(霧)、坂本龍一(音)、高谷史郎(光)、田中泯(ダンス)©PROCESSARTinc.

2017年 3月 テートモダン
BMW TATE LIVE EXHIBITION "TEN DAYS SIX NIGHTS”
中谷芙二子(霧)、坂本龍一(音)、高谷史郎(光)、田中泯(ダンス)©PROCESSARTinc.

 

 

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