dancedition

バレエ、ダンス、舞踏、ミュージカル……。劇場通いをもっと楽しく。

森下真樹『現在・過去・未来 てんこもり』インタビュー!

ダンサーで振付家の森下真樹さんが、この春スタジオHIKARIリニューアル記念公演『現在・過去・未来 てんこもり』を開催。15年前のソロデビュー作から近作までを網羅した、まさにてんこもりのオムニバス作品を披露します。開幕に先駆け、リハーサル中の森下さんにお話をお聞きしました。

スタジオHIKARIのリニューアル記念としてこの春初演を迎える『現在・過去・未来 てんこもり』。作品の構想と、そのきっかけをお聞かせください。

森下>15年前のソロデビュー作から現在まで、代表作を再演したいわば森下真樹ベスト盤のような作品です。どんなものが代表作にあるかまず過去作品を振り返り、その中からいくつか選んでいきました。作品によっては通しで再演するものもあれば、抜粋して踊る作品もあります。さらに森下スタンドのシーンを織り交ぜ、オムニバス的な形にしています。なのでかなりもりもりの内容になりそうです。

私の『ベートーヴェン交響曲第5番『運命』全楽章を踊る』を観たスタジオHIKARIの支配人から、”リニューアルオープン記念公演でこの作品を上演してもらえませんか?”と声をかけていただき、また”青少年センターという場所ということもあり、若者が活躍できる場所をつくりたい””森下スタンドの20代の青年も交えてぜひ!”という。劇場のオープニングという祝いごとでもあり、私としても面白いものをつくりたい。私が青年だった頃を振り返り、27歳でソロデビューしてからこれまでの代表作を盛り込んで、さらに森下スタンドの若者たちが登場するショー的な作品にしたらどうだろうかと考えました。

 

 

ソロデビューから15年。30代までは目の前のものをがむしゃらにやってきたけれど、いざ後ろを振り返ったとき、おもちゃ箱がひっくり返ったような、散らかしっ放しだなという感覚がありました。40代になった今は、そこから大切なものを選りすぐり、じっくり深めていきたい。過去の作品を一度振り返り、この年齢の感覚で再演したらまた新しいものが見えてくるのでは、という期待もありました。

ただ実際に振り返ってみると、意外と再演できる作品が少ないことに気付いて。というのも、地域に滞在して地元の人と作品をつくるようなことが多かったので、現実的にあまり再演できるものがないんです。かなり限られてはしまったけれど、代表作の中からいくつか再演できるものを選んでいます。あと”現在・過去・未来”の”未来”の部分という意味で、この先の未来を想起させるようなソロのシーンをラストにイメージしています。

 

 

過去の代表作の中からどのような作品が再演されるのでしょう。

森下>15年前のソロデビュー作『デビュタント』もそのひとつ。久しぶりに踊ってみると、ちょっと恥ずかしいような、なんだかちょっとくすぐったいような気持ちです。15年前のソロを今踊るのかいと思いつつ、初心を忘れるなと自分で自分を戒めています。考えてみれば私が森下スタンドのメンバーと同年代の頃につくった作品であり、15年経った今彼らにそれを踊って見せているということ自体どこか不思議な感覚がありますね。

『デビュタント』は初めてひとりで創作した作品です。26歳のときに手をつけはじめて、一年くらいかけてつくりました。初演は27歳で、その後『踊りにいくぜ!!』という企画で松山と福岡と仙台に地方公演へ行っています。そこで鍛えられたのか、翌年の横浜ダンスコレクションのコンペティションでまさかの受賞となりました。

すごいテクニックをみせるような作品ではなく、自分では身体を使って自己紹介をするような作品だと思っています。当時の自分にできることを一生懸命探して、体当たりでやったという感覚がありました。ある意味作風は変わってないけれど、今の自分だったら何か違う自己紹介の仕方を見つけるんだろうなという気がします。“もー、私、ばかばか!”なんてシーンが出てきたりして、今となるとちょっとやりずらいなと思いつつ、あのときの自分と今を重ね合わせてやってみたいと思っています。

40歳の誕生日近くに今までの作品を踊る機会があって、そのときも『デビュタント』をちょっと再演しています。そこで“なんじゃかんじゃで41”という台詞を言いましたが、この作品に関しては“なんじゃかんじゃで米寿の88”というところまでやりたいなと、お婆ちゃんになってもやれたら面白いなと思っています。

 

 

『錆からでた実』もシーンの一部を再演します。さすがに2013年の初演のダンサー3人(川村美紀子、きたまり、森下真樹)が踊る部分は再演できないので、初演のシーンの一部であり、2016年の再演で鈴木美奈子さんがひとりで踊っていたシーンを、今回は私がひとりで踊ります。初演時は翌年京都芸術劇場で上演することが決まっていたので、密かに再演を視野に入れてつくっていた部分がありました。もしあのメンバーでまた踊るとしたら、再演したいような、したくないような……(笑)。10年後あたりにまたやってみたいですけどね。

『ベートーヴェン交響曲第5番『運命』全楽章を踊る』のうち、笠井叡さんに振付していただいた第四楽章も踊ります。それぞれの作品を“現在・過去・未来”にわけるとしたら、この作品は現在。『運命』は一昨年の初演以来ずっと上演を重ねていて、つい先日も知床の流氷フェスで第一楽章を踊ったばかり。各楽章を独立させていろいろな場所で上演しはじめているので、そういう意味でも『運命』はナウですね。なかでも今回はリニューアルオープンおめでとうございますということで、一番祝祭感のある第四楽章を選びました。

 

 

森下スタンドから6名のメンバーが出演します。森下真樹ベスト盤における彼らの役割とは?

森下>『デビュタント』ではないけれど、身体を使った彼らのメンバー紹介のようなシーンを盛り込んでいます。あとベートーヴェンの『第九』の第二楽章を群舞で踊るシーンや、歌謡曲で踊るシーン、一年前の旗揚げトライアル公演からも一部シーンを取り入れて、さらに今回新しいシーンも加えています。

私のソロ二作目の『東京コシツ』を森下スタンドのメンバーふたりに踊ってもらうシーンもあります。ふたりはこの作品に一番似合うのではと感じたメンバーであり、またがっしりした身体つきのふたりを並べてみたら面白いだろうなと思って彼女たちを選びました。

この作品を外から見るのははじめてなので、振付けをしていると“こう見えるのか”、“もっとこうじゃないのかな”と、改めて感じることがいろいろあります。何より間やニュアンスを伝えるのが難しい。“自分はどういう感じで踊っているんだっけ?”“ここからこちらに動きが伝わるのは何故なんだろう?”と自分に問いつつ、それをどう伝えたらいいか試行錯誤しているところです。たぶん自分の中にストーリーはあるけれど、それは感覚的なものだったりするので、彼女たちに上手く伝えきれずにいる。思い通りにいかないもどかしさを感じます。

そうなるとお客さんの中には“何で本人がやらないの?”“森下さんが踊ったらいいじゃない”と言う人もいるかもしれない。でも私としては、自分の作品を人に伝えるという挑戦をしてみたいという気持ちもあって。それに自分が踊っていたソロ作品を、メンバーが一生懸命踊ってくれているのを見るのはすごくうれしいですよね。

 

 

オーディションにより昨年結成された森下スタンド。メンバーを選ぶ上で森下さんが重視したものとは?

森下>今回出演するのは6人ですが、これまでに15名ほどが稽古に参加してくれていました。ほとんど平成生まれ、平均年齢25歳です。2016年にオーディションを行い、ちょうど一年前に旗揚げトライアル公演を開催しました。

“想像力だけで海の底までもぐっていける人募集”と呼びかけて、40人以上の応募者がオーディションに集まってくれました。みんなそれぞれ面白くて、すごく悩みましたね。もともと10人くらい選ぶつもりでいましたが、とても10人に絞れない。20人くらい採用してしまおうかと一瞬頭をよぎったけれど、いやいや待てよと。一回のオーディションで決めるはずが、もう一回集まってください、もう一回と、人数を減らしつつ回数を重ねていって、何回やっても決まらないので、最終的にマンツーマンで話をしました。

ダンスのスキルもある程度考慮しましたが、なかにはダンス経験がほとんどないメンバーもいます。だから決め手はテクニックだけではないですね。この人とだったら楽しくなりそうだなという直感と、面白いことを考えているなという人、自分にはできないことをやれそうだなという人。そしてフットワークが軽くて前のめりでガッツのある人、が決め手でしょうか。

 

 

森下スタンドを結成しようと考えたのは何故でしょう。

森下>ずっとソロを中心に活動を続けてきましたが、40代を迎えるにあたり、自分が今までやってこなかったこと、群舞作品をつくってみたいという気持ちがありました。群舞作品はこれまで避けて通ってきたというか、チャンスがなかった。その機会を自分でつくろうと。じゃあオーディションをして、メンバーを募ってつくるぞと……。

興味を持ったら“えい、今だ!”とあまり考えずに動くことが多いので、たいてい後で大変な目にあいます(笑)。森下スタンドにしても、前々からやりたいとは思っていたけれど、勢いでやって後からどうしようということも実際あって。金銭的な部分もそうだし、ひとりだとぽんぽんといろいろなところにフットワーク軽く行けるけど、人数が増えるとちょっと難しくなる部分も出てくる。そう言いつつ、どんどん出ていきますけどね(笑)。

森下スタンドでは公演を目的とせずにまず稽古場に集まって、そのとき面白いと思うことをみんなでいろいろやってみるという活動をしています。私としては、あまりみんなのことを縛りたくないという気持ちがあって。私自身いくつかのカンパニーに所属していましたが、だんだん窮屈になってきたり、OLをしていたので通うのがしんどくなってフェードアウトしたこともありました。自分がそうだったから、みんなも他にチャンスがあるんだったらどんどんそちらに行ったらいいよ、そのときそれぞれ後悔のないように選んでやってください、というスタンスでいます。それでいて、やるときはやりますよ、という心境です。

 

 

森下スタンドのメンバーは『デビュタント』を発表した頃の森下さんと同年代。当時のご自身を振り返り、彼らと差異を感じる部分はありますか?

森下>みんなすごく忙しくしていますね。手帳に空白ができるのがイヤみたいで、数ヶ月先までぎっしり予定を埋めているんです。直前になって私が“この日稽古をしたいんですけど”と言うとたいていNGで、“真樹さん、2ヶ月前に言ってください”と言われます。彼らは学校を卒業してフリーで活動をはじめたばかりです。この先の迷いや不安はあるに違いありませんが、発表する場がないのなら、自分たちでつくっちゃえ……と、切り拓いている。ものすごいスピードで今を生きているな……と感じます。

彼らはそれぞれ自分で作品をつくっていて、ソロをつくる人もいれば、同世代の人たちとユニットを組んでいる人もいます。それをいくつもかけ持ちしていて、発表のチャンスがあったらどんどん出て行く。そのための作品づくり、稽古、本番が毎週のようにあるし、生活していくためのアルバイトもあるし、とにかく忙しい。だからなかなか稽古で全員がそろうということがないんです。

私が彼らの年代の頃は、OLをしながら白井剛さんたちと結成したカンパニー『Study of Live works 発条ト』のメンバーとして活動をしてました。当初はOLと両立していたけれど、次第に海外ツアーの機会が増えてきて。一週間なら有給休暇が取れたけど、それ以上となると難しい。一ヶ月のツアーが増えた頃、“もうこの波に乗ってしまえ!”と思い、会社に辞表を出しました。

すごい決断だったと思うけど、その頃の心境ってあまりはっきり覚えてないんですよね。“ダンスでやっていくんだ!”とか“ダンスで食べていくんだ!”というようなことは、あまり考えていなかったような気がします。どうなるかわからないけど、今こっちに行きたいと思った。流れに身を任せている感じ。ただ、会社を辞めたからには自分の作品をつくろうと決めた。そこではじめてつくったのが『デビュタント』でした。

 

 

15年前に思い描いていた未来とは? 当時の理想は実現してる? 

森下>当時は今のような未来を想像してはいませんでした。というか、思い描いていた未来というのは特になかったかもしれません。“こういう活動をずっと続けられたらいいな”とは考えていたかもしれないけれど、その先のことは想像していなかったと思います。

この先どうなるかわからないけどぐっと踏ん張りながら続けている部分と、いつでもぽんと全て投げ捨ててどこにでもいける軽さと、自分の中に両方を持ち合わせつつ引っぱりあっている感じ。踏ん張ってばかりだとプレッシャーで逃げたくなってしまうから、バランスを取るためにもう一方も持っておきたい。一回全部捨ててみたいという欲もあります。だけどもし違うところへ行っても、何かしらつくることはしていると思う。そう考えると、やっぱりまた戻ってくるのかな、という気もします。

 

 

これからずっと先の未来というのも考えてないですね。ただやりたいことはいっぱいあります。近いところでいうと、ベートーヴェンの『第九』を森下スタンドの群舞で全楽章踊りたいと考えていて、それは今年の秋にスタジオHIKARIで上演することが決まっています。遂に『第九』に手をつけるか、という感じですけど……。『第九』を全楽章振付けできたら死んでもいい、という気持ち。あと、ゆくゆくは『運命』をフルオーケストラで踊りたい、という望みもあります。

全ては好奇心からはじまって、“こうなったら面白いな”というものがふっと沸いたら、それを実現するためにはどうしたらいいだろうと考えてみる。どんなに無謀で大変なことでも、諦めようとは全く思わず、何とかできるだろうと思ってしまう。だから周りに迷惑をかけてしまうんですけど。“こんな面白いことを思いついたんですけどどうですか?”と周りにまず言ってみます。ときには“それはムリだよ”と言われることもあるけれど、みなさんの力をお借りして、やりたいと思ったことは基本的に実現してきました。

実現には至ってないことも、実現に向けてだんだん近づいている感じ。『運命』をフルオーケストラで踊るというのもそう。すぐには実現しないにしても、第一楽章だけは実現していて、そのときご一緒した日本フィルハーモニーさんも“いつか全楽章やりましょう”と言ってくださっている。そのときが来たら実現できるのでは、という想いがあります。

情熱大陸に出る、というのも実現したいことのひとつ。ワークショップで小学校に行くと、毎回子どもたちに大きな声で自分の夢を叫んでもらっています。先生や私も一緒に叫んでいて、私はいつも“情熱大陸に出る!”と叫びます。それは半分本気で、あとの半分はそう言うと盛り上がるからなんですけど。

 

 

森下さんが達成感を感じる瞬間とは? ゴールはどこにあるのでしょう。

森下>やりたいと思ったことを実現してきてはいるけれど、たぶん何をやっても満足しないし、ここまでやったら終わりというのはない気がします。“『第九』が全楽章できたら死んでもいい”というのも全然嘘で、たぶんそれが叶っても、次、次、となると思う。

もちろん本番が終わったときの達成感というのはあって、“まだまだだな”と思ったとしても、そこでひとつやり甲斐は感じられています、渦中にいるとだんだん視野も狭くなってくるので、本番が終わってはじめて“こういうことだったのか”と気付かされることが多くて。そこで引いてみて、“悪くなかったな”とか、“あ、すごくいい作品だな”とか、“でもまだこういうことができたかな”ということが出てきたりする。本当に終わりはないんだろうなと思います。だからこそ“今回はこういうところが上手くいったな”とか、ちょっとしたことでも満足感を味わわないと続けられないんだろうなと思う。”今回はこれで良かったんだ”と自分で言い聞かせているところはあります。と同時に”まだまだ、もっといける!”と。

 

 

作品を観てくれた人から“すごく良かったです”とか、“よくわからなかったけどぐっときました”とか、声をかけてもらうとやって良かったなと思います。そこからさらに“あの作品良かったのでウチでもやってください”と具体的に次へ繋がるとやっぱりうれしいですね。“またできるんだ”“チャンスがあるんだ”“じゃあ次はもっとこうしよう”と考えてみたりする。経験を積めるというのはやっぱりうれしくて、たとえまだまだ満足しなくても、鍛えられていくというか、すごく大変なことをひとつ乗り越えたことがエネルギーになる。“『錆からでた実』をあの3人でやれたんだからこの先何でも乗り越えられるだろう”、とかね(笑)。

毎回そのときやれることの最大をやったと思って次に行くけれど、これで終わりではないというか、これで完成ではないというか……。たぶんその気持ちはずっと死ぬまで持ち続けていくんだろうなと思います。“もう15年か”と思うけど、“まだ15年か”とも思う。まだまだまだまだ……、という感じです。

 

 

 

-コンテンポラリー