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大駱駝艦舞踏公演 村松卓矢『バカ』インタビュー!

大駱駝艦メンバーの最古参、村松卓矢さんが壺中天で新作『バカ』を発表! 村松さんが壺中天で自作を披露するのは実に3年ぶりのこと。作品の構想と本作にかける想い、そして舞踏家として歩んできたこれまでの月日と今後の展望をお聞きしました。

1994年に大駱駝艦に入り、今やメンバーの中でも一番の古株となりました。当時と今とで違いを感じる部分は? 大ベテランとして後進に何か助言を与えるようなことはありますか?

村松>僕が入った当時は20代がメンバーの大多数を占めていましたが、今は30代、40代も多くいます。年齢もそうだし、キャリアが10年を超えているメンバーばかりですから、できることが多くなったというのは確かにあります。自分が若い頃は“こういう踊りをやろう”と言っても上手くいかず、僕自身思いつかないようなことも多かったものですが、今は “この動きをやって”と言えばできるメンバーばかりなので、そこはすごく違いますね。

僕としてはあまり先輩だからという意識はなくて、ただそのヘンをちょっとキレイにしようとか、掃除をちゃんとしようかなと思うくらい(笑)。たまに気付いたことがあれば、若い子たちに何か言うこともありますけど……。今つくっている作品もそうだけど、結局自分なりにちゃんとがんばるしかないですよね。あとは周りがそれをどう受け止めるかということだと思います。

 

これまで麿さんに言われて印象に残っている言葉、影響を受けた言葉はありますか?

村松>すごく印象に残っているのが、「踊るな」「舞踏の中に舞踏はない」「身体がありゃいいんだよ」という言葉です。まだ何もわからない頃に聞いて、“え?”っと思ったからよく覚えています。みんなで飲んでいた席で「舞踏の真髄は踊るなってことだ」と先輩たちに言っていたのをはしっこの方で聞いて、“どういうことなんだろう?”と思ったけれど、そのときは“どういうことですか?”とは聞けなかったし、聞く感じでもなくて。

今もそうですが、ちょっと頭が混乱した瞬間に、言われたことを思い出すようにしています。“そういえば「踊るな」って言っていたな、それってどういうことなんだろう”と考えると、“じゃあ踊らないでいようかな”と思えたりして、そこでちょっと突破できるようなことがあるんですよね。がんばって踊りをつくっていて、ふと“「踊るな」ってことが大事なんだよな”と思い出して、“あ、ちょっと踊りをやりすぎているな、もっと踊りじゃなくていいんだ”と考え直してみたりするんです。「舞踏の中に舞踏はない」と考えると、“これは舞踏っぽいな”とか、“これは以前観た舞踏にあったかもしれない”と気付くきっかけになって、結果“じゃあこれの何が問題になっているんだろう”“舞踏にしようとするよりも、この現場で起きていることをちゃんと解決した方がいいのでは”と見直すことができるんです。

だから、勇気が出る言葉なんですよね。“舞踏やれ、全然こんなの舞踏になってない”より、“舞踏の中に舞踏はない。踊らなくていいんだ”と思った方が、自由な感じになれるじゃないですか。“踊りってこうだ”ということをがんばってやるのではなく、“何でもいいんだよ”の方が。

 

2013年『忘れろ思い出せ』(C)松田純一

2013年『忘れろ、思い出せ』(C)松田純一

入団以来20年余り。当時目指していたものとは? 20年後の自分を思い描いていましたか?

村松>全く思い浮かべてなかったですね。今でも20年後のことは思い描いてないし、もともと自分の中にそういう感覚があまりないんです。それになりたいと思うことがあったとしても、人間だいたいなれないですよね。

いろいろ思っても、日本が滅んでしまうかもしれないし、未来は絶対にわからないですよね。わかるためにみんな学問なりなんなりで知恵をつけようとするんだろうけど、すごくエライ人がいろいろ言ったところで大統領が誰になるかわからなければ、専門家だって株が上がったり下がったりするのはわからなかったりしますし。昔からそういう感覚だったので、あまり先のことを考えることはなくて、“そういえばいまだに日本は滅んでないなぁ”って思う程度です(笑)。

 

では、村松さんにとって舞踏を続けていく動機、後押しになるものとは?

村松>創造的なことをする人間としてのマナー、ということだと思います。自分がどうなるとか、この先どうなりたいかということよりも、自分にできることがあったらそれをやるのがマナーというか……。

麿さんから多くのことを教えてもらったり、映画を観たり、絵を観たり、いろいろなものから影響を受けてきました。過去にそれをやってくれた人がいて、また過去の人たちは自分にできるからそれをしてきた訳ですよね。それを見た僕としては、自分に何かできることがあったらやるのが影響を与えてくれた人やモノに対する礼儀。あまりマナーがいいとは言われない方なので、そういうことを僕が言うのはおかしいですけど(笑)。

仮に僕がつくったものを観て、“コレ面白いな”と思ってくれる人がいたとするじゃないですか。そこからまた続いていけばいいなと思うし、そういう物づくりのつながりってあると思うんです。そのつながりの中で自分ができることがあったらするし、もしやってみて全然ダメだったらしょうがない。あまり力はないかもしれないけれど、そういう流れの中に自分が入っているような感覚ですね。

 

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