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Kバレエ カンパニー 栗山廉インタビュー!

Kバレエ カンパニーの3月公演『バレエ ピーターラビット™と仲間たち』と『レ・パティヌール〜スケートをする人々〜』に主要キャストとして出演する栗山廉さん。さらに、夏以降もバレエジェンツの札幌公演、大型ミュージカル『ビリー・エリオット』の出演が控えるなど、幅広い活動が続く同団きっての若手注目株です。今人気急上昇中の栗山さんに、3月公演の意気込みと、多彩な活動、今後の展望についてお聞きしました。

バレエを始めたきっかけを教えてください。

栗山>10歳でバレエを始めました。もともと3歳上の姉が近所の教室でバレエを習っていて、その送り迎えに僕もついて行っていたんです。当時まだその教室には男の子がひとりもいなかったということもあり、先生から薦められたり、バレエ教室のお姉さんたちに可愛いがっていただいたり、母からも“せっかくだからあなたも習えばいいのに”とずっと言われていて、それがきっかけで始めました。

実を言うと、最初は女の子のなかで僕ひとりだけ男の子というのが恥ずかしくていやだったんです。それを考慮した先生が僕ひとりだけのためにボーイズクラスをつくってくれて、最初の一年間はマンツーマンでレッスンを受けていました。二人目の男の子が入ってきたのはその1年後くらいでした。学校の友達でバレエをやっている男の子は周りにいなかったけど、バレエ自体への抵抗感はなかったです。他にやっている子がいなかったからこそ、“自分の道を行っててすごい”と言ってくれることが多かったですね。

バレエを始める前は、水泳やピアノ、柔道を習ってました。一番続いたのは柔道で、父が柔道整復師で一時期教えをしていたこともあり、僕も小学校1年から5年まで習ってました。だけどバレエを始めてからは、バレエの方が楽しくなって。当時はよくバレエのDVDを観まくってました。テクニックのすごいダンサーも大好きだったし、ウラジーミル・マラーホフのようなラインのきれいなダンサーにも惹かれて、人間ってこんなラインが出せるんだって感動したりしてました。

今でこそこんなに背が伸びましたが、小学生のころはそれほど大きくはなかったです。中学生のとき一年に10㎝伸びて、高校で180㎝を超えました。今は185㎝で、カンパニーのなかでも背の高さは一番です。

 

(C) TOKIKO FURUTA

(C) TOKIKO FURUTA

15歳でベルギーにバレエ留学されています。その頃からプロを目指していたのでしょうか。

栗山>中学生になった頃から“将来は海外で踊りたい!”という気持ちが強くなり、バレエ留学を考えるようになりました。当時のレッスンは週に6回くらい。いろいろなレッスンを受けた方がいいからと先生があちこちの講習会を薦めてくれて、オープンにたくさんの機会を与えてくださいました。ヤン・ヌイッツ先生というローザンヌ国際バレエコンクールの審査委員長も務めた方が毎年夏に札幌で講習会を開いていて、それを受けに行ったのがきっかけでベルギー王立アントワープバレエ学校に留学することになりました。

留学したのは高校一年のとき。入学後半年だけ高校に通い、休学してベルギーに行きました。ベルギーにいたのは2年間です。僕の住んでいたアントワープ地域はフラマン語が主な言語でしたが、英語も通じて学校の授業も全て英語でした。留学したばかりの頃は言葉も全然わからなかったけど、授業ではわかりやすく説明してくれたのでそこに関して悩むことはなかったです。それに校長先生が日本人オーナーのアパートを紹介してくれたり、先輩に日本人もいたし、同じ時期に留学した日本人もいたので、寂しさはありませんでしたね。ひとり暮らしがしたいという気持ちもあったので、むしろ伸び伸びしてました。

ベルギーでは基礎をいちからやり直した感じでした。ヤン・ヌイッツ先生は基本的なラインを重視される方で、1時間45分のクラスのうち1時間はみっちりバーレッスン。毎日毎日しっかり身体のラインを意識しながら基礎を学びました。ソロのクラスやコンテンポラリーのクラスもあったりと、クラスの内容も全然違いましたね。一番大変だったのはパ・ド・ドゥクラスです。日本にいた頃はパ・ド・ドゥの経験はほとんどなく、たまに講習会で習うくらい。現地ではパートナーからの視線もシビアで、すごく怖く感じてしまったりもしましたね。自分でもできていないというのはわかっていたし、身体もまだ今より細くて筋肉もついていなかったりと、とにかく力不足を感じてました。

 

(C) TOKIKO FURUTA

(C) TOKIKO FURUTA

ベルギー王立アントワープバレエ学校で二年間学んだ後、ルードラ・ベジャール・ローザンヌに入学されています。

栗山>ルードラ・ベジャール・ローザンヌには19歳まで2年間通いました。ベルギー王立アントワープバレエ学校とはまた雰囲気が全然違いましたね。公演も沢山ありましたし、ツアーも多かったので、バレエ学校というよりはジュニアカンパニーのような感じでした。公演ではモーリス・ベジャールの作品だけでなく、マーサ・グラハムのモダン作品も踊りました。それも初めての体験で、踊りの幅を広げてくれたと思います。小さいフェスティバルで踊るような機会もあって、そういう舞台を含めると年間公演数は25回くらい。学校にしては多い方だと思います。入学して二年目のときにバレエ団のヨーロッパツアーに参加して、ギリシャとイタリアで『春の祭典』を踊りしました。ものすごくハードでしたけど、何か不思議なパワーをもらいました。

 

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