dancedition

バレエ、ダンス、舞踏、ミュージカル……。劇場通いをもっと楽しく。

H・アール・カオス『エタニティ』インタビュー!

H・アール・カオスが、この夏6年ぶりとなる待望の新作『エタニティ』を発表! H・アール・カオス主宰であり日本を代表する演出家のひとり、大島早紀子さんが構成・演出・振付を、ダンサーの白河直子さんがソロを踊る注目作です。開幕に先駆け、大島さんと白河さんのお二人にインタビュー。作品への意気込みをお聞きしました。

 

現場でのクリエイション法とは?

大島>こういう振りで、というものをまず白河さんに渡します。すると、それをやった白河さんの機嫌が悪くなって、その様子を見た私が“マズかったな”と思ったり(笑)。

白河>決して機嫌が悪い訳ではなくて、私の場合、振りが入るまで時間がすごくかかるんです。渡されたものを忠実に再現しようとするので、こうしてと言われたら時間をかけてそれを自分の身体に馴染ませていく必要があって。どの振付家の作品でもそうですね。大島さんは私の動きをよくわかってくれてはいるけれど、でもやっぱり毎回ゼロに戻るんです。最初に振りを与えられたときは、本当に小学生くらいの動きしかできない。右手と右手が一緒に出るくらい、驚くほどできなくて、もうごめんなさいって状態です。そこからスタートするので、どうしても入るまで時間がかかる。だから、“待っててください”って言うんですけど……。

大島>私としては待てなくて、“これは白河さんに合わないのかな?”ってすごく迷ってしまう。振りが悪いんだと思って変えようとするんだけど、そうこうするうちにある日突然私の作ったものとはまるで違うものになって返ってくるんです。白河さんはこちらが渡した通りにやっているんですけど、私が“そうそう、そういうことです!”というレベルではなく、“え、こんなに良くなっちゃうの!?”ということがあって。でもそこに行き着くまでは、“私ってやっぱり才能ない、もうダメ”なんて、お互い口もきけない状態になってますね(笑)。

(C) TOKIKO FURUTA

(C) TOKIKO FURUTA

白河さんほどの身体性を持つ方が、振り入れにそこまで苦心されているとはとても意外な気がします。

大島>身体が自由だからこそ大変だと思うし、だからこそ本当のものができる。農業でもそうだけど、いい作物ってやっぱり手がかかってるじゃないですか。それと同じで、適当になんとなくできる身体じゃないから、時間はかかるけど本当のものが実る。白河さんの身体は本当に自由だから、“こうやってね”というものを与えると、その制約のなかで自分のものにしていくエネルギーがすごいんです。そうでなければこちらも耐えられない。結果が返ってこないんだとしたら、辛くて待てないですよね。

白河>不思議なことに、“じゃあちょっと動いてみて”と言われて即興的に試したときの動きって、まず再現できないんです。その瞬間はよかったとしても、身体の流れが違うから、再現は100%できないと思った方がいい。不器用かもしれないけれど、振りをもらってそこに息吹を入れていく方がちゃんとしたものになる。もうそういうやり方になっていて、いつもその作業の繰り返しです。

大島>彼女の身体は精神が踊ってるというか、作ったものを超えていくようなところがあって。エクスタシーって外へ伸びて出て行くという意味であり、何か形があってそこから先に伸びていく、先に広がっていくことってものすごい恍惚感を伴うものだと思う。それがあるからこそ苦しい時間に耐えられるというか、“こんな感じでいいんじゃない?”とは絶対にならない。だからこそ、白河さんとなら長い時間がかけられるんだと思います。

(C) TOKIKO FURUTA

(C) TOKIKO FURUTA

スケール感と繊細さを兼ね備えた大島さんの演出も魅力です。

白河>大島さんの演出はすごく細かいですね。リハーサルの過程でよく“今のは違う”と大島さんに言われるけれど、私には何が違うのかわからなくて。その通りにやってるつもりでも、“違う、違う”と言われてしまう。だけどやはり彼女の“違う”は、的確に違うんです。それを馴染ませていくと、最終的にきちんと作品になる。だからその“違う、違う”にも耐えていけるような気がします。

大島>彼女の場合ものすごく表現力はあるけれど、演劇ではないのでイデオロギーをはっきり伝えすぎるような踊り方はよくないというか、絞り込みすぎない表現をして欲しいんですよね。観ているお客さんの数だけストーリーがあり、お客さんの数だけテーマがなくてはいけない。創作ノートを書いてはいるけど、それは私が作品を作るために必要なもので、“こう観て欲しい”ということでは決してない。観る人は全然違うように感じてくれていいし、“こうだとは思わなかった”とさまざまに受け止めてくれていい。その分ダンスって大きな世界を抱え込めると思うんです。

言葉の制約を逃れたもの、それがダンスの醍醐味であり、神様から与えられた媚薬なんだと思う。いろいろな人に対して白河さんは無色透明であり、天と通じているというか、白河さんのなかにいろいろな人の想いやストーリーを編み出せる、そういう身体であって欲しい。だからこそあまり白河さんの意志が感じられ過ぎるのもよくなくて、そこでちょっとお互い無口になる部分もある。でもやっぱり長い時間リハーサルをしていると、白河さんからは本当に感動をもらえるんですよね。

白河>もちろん私も大島さんの振りに感動しています。一番好きだし、深く知ってるし、愛してる。本当にすごい世界観を持った振付家だなと心から尊敬しています。カンパニーを結成して27年、誰より一緒にいるけれど、今だに慣れ合うことなくきた感じです(笑)。

大島>普段は慣れあってるけどね(笑)。

(C) TOKIKO FURUTA

(C) TOKIKO FURUTA

白河>ただ稽古場にいるときは、独特の緊張感をもたされる。やっぱりそれが演出家だと思うんです。LINEなんかでも、大島さんに対しては“〜だよね”みたいな言い方はできないですね。大島さんのお子さんにも、“なんでいつも敬語ばかり使ってるの?”って言われるくらい(笑)。昔からずっとそうなんですけど、大島さんからは本当にいろいろなことを勉強させてもらっています。人や社会についてとか、哲学的なことも含めて、私の人生を深めてくれたのが大島さんなんです。今回の作品にしても、社会で起こった出来事をこういう風に受け止めるんだと思うことがたくさんあって、それが楽しい。これまで作品のなかで何度も死んでは、夢から覚めたように生き返っている。そのたびに、人としてこうやって生きていくんだと教わっている気がします。

大島>眠ることも死へのレッスンですから。動詞って全て自分から行うことだけど、眠ることだけは受動態なんですよね。眠ろうとして眠る訳ではなく、眠りのなかに引きずり込まれていく。眠りって生きてることと死んでることの境界線上なのかなって気がしていて、夢の世界という意味で、すごくダンスに通じるものを感じます。

(C) TOKIKO FURUTA

(C) TOKIKO FURUTA

 

-コンテンポラリー