dancedition

バレエ、ダンス、舞踏、ミュージカル……。劇場通いをもっと楽しく。

折原美樹『音楽と舞踊の小品集/ラメンテーション』インタビュー!

マーサ・グラハム舞踊団のプリンシパルダンサー・折原美樹さんが、この夏みなとみらいで開催される『音楽と舞踊の小品集』に出演。1931年に初演されたマーサの代表作のひとつ『ラメンテーション』でソロダンスを披露します。開演を間近に控え、帰国中の折原さんにインタビュー! 本作への想いとご自身の活動についてお聞きしました。

長い間カンパニーで活躍してきて、カンパニーやダンサーの雰囲気など変化を感じる部分はありますか?

折原>全然違いますね。マーサが生きていた頃はカンパニーにリーダーがいた。リーダーがクリエイターで、私たちもクリエイションに関わりたいという気持ちがあるからそこにいた。それに当時はスクールからアンサンブル、アンサンブルからカンパニーという一連の流れができていたので、みんな同じトレーニングを受け同じものを踊っていたから協調性みたいなものがあった。でも今はそれがないですよね。

今はマーサの作品を踊ることはできても当然新作はできません。マーサ以外の作品も踊らないと成り立たないので、ナチョ・ドゥアト、シディ・ラルビ・シェルカウイ、ラー・ルボビッチなど、さまざまな振付家の作品を上演するようになりました。そうなるとまたそういう踊りを踊ることができる人も必要になる。

私たちの頃はグラハムのテクニックを徹底的に叩き込まれた、いわばグラハムのスペシャリストだった。けれど今の子たちはグラハム・テクニックはもちろん、バレエもしっかりできなければいけないし、コンテンポラリー作品も踊る必要があるしと、ひとつのテクニックを集中して学ぶという訳にはいかなくなっている。アルビン・エイリーのカンパニーでさえそうで、ホートンのテクニックを中心に訓練していたのが、ある時期からバレエもきちんと踊ることができないとカンパニーに入れなくなった。グラハムもそうなりつつあるのがちょっと残念ですね。

 

マーサ・グラハム テクニック ワークショップ

 

今のカンパニーメンバーはみんな若くて、20代、30代が中心。私はそこから一歩引きましたけど、フェスティバルでソロを上演するようなときは呼ばれて行って踊ったり、レパートリーの振りを教えに行くようなこともあります。教えにも力を入れていて、グラハムのスクールと、コネチカットにあるハートフォード大学の中のハートスクールでグラハムのクラスを担当しています。この大学はコンセルバトリーで、ダンス、音楽、演劇科とあり、私が教えているのはそのダンス科です。

コントラクションとリリース、息を吸って吐く、というのがグラハム・テクニックの基本。動きと息づかいが一体になっています。グラハム=カップハンドというイメージを持たれがちですが、これは手の形から入るものではありません。お腹からはじまったコントラクションが、胸を通って、さらに肘を通り、その先の手につながっていく。手の甲の付け根がコントラクションすることで、手のひらがカップになる。それがスタイル化されたのがカップハンド。単純に“はい、手をカップにして”というものではなく、絶対的に身体を使っていないとカップハンドにはなりません。エネルギーがそこにいくことで、コントラクションになり、カップハンドができる。だから教える方も、どうやってカップハンドができるのかという説明できなくてはいけません。

 

マーサ・グラハム テクニック ワークショップ

 

私が何故グラハム・テクニックが好きかというと、身体の中から出ている気がするから。ダンスのテクニックとスタイルがあるとしたら、グラハムはテクニック。身体づくりができるテクニックだと思うし、そこは理解して欲しい。だけどカップハンドからまず教える先生もいれば、ただドラマティックなテクニックだと捉えている人もたくさんいる。そうではなくて、どこをどう使うからこの形になって、という理論を伝えていかないと、恐らく形だけが残って何の意味も持たなくなってしまうでしょう。

グラハムのテクニックをもっときちんとわかってもらえたらと思い、今年の3月に『マーサ・グラハム ダンス・テクニック』というDVDを出しました。ただそこに行き着くまでがすごく大変で、DVDのためにダンサーを2年間かけてトレーニングしています。先生によってやっていることは似ていても、細かい部分がやはり違ってくるので、統一するために徹底して教育しています。なので、次のレベルをつくるときはどうしたらいいのかと今ちょっと悩んでいるところです(笑)。

©John.Deane

 

今回は『音楽と舞踊の小品』(横浜みなとみらいホール)の関連事業として、横浜でグラハム・テクニックのワークショップを行っています(中村恩恵コリオグラファックセンターの第一弾として開催されたグラハム・キリアンダンスワークショップ)。マーサ・グラハム舞踊団のプリンシパルから直々にテクニックを教わることができ、ワークショップ生にとっては非常に貴重な機会になったのではないでしょうか。

折原>日本のダンサーにグラハムのテクニックをわかってもらいたいという気持ちもあります。ヨーロッパでは今ちょっとグラハムに火が付いていますが、日本ではまだまだそこまで浸透しない部分があって。“グラハム・テクニックは難しいでしょう?”と言われることがよくありますが、実はきちんとメソッド化されているテクニックであるということを伝えたい。身体の理に叶っていることしかしていないので、それをわかってもらえばみんながもっと習いたいと思うようになるのではと。実際に取りかかれば面白いと思うけど、そこまで到達しないというのが実情です。

海外にはダンスの学校があって、バレエを習い、モダンを習い、それでコンテンポラリーに入る、というシステムができ上がってる。日本もそうできたらいいですよね。サマーキャンプのような形でダンスの学校を体験できる場をつくるのもいいかもしれません。バレエを習うことで芯をつくり、グラハム・テクニックでコントラクション&リリースを学び、リモン・テクニックでフォール&リカバリーを習得する。この三つができるようになって、コンテンポラリーに入ると最強です。ハートスクールはその流れができていて、ダンサーを見ていると本当にうらやましいですよ。何でも踊れるようになるし、身体が使えるようになる。英語とフランス語を習っているからスペイン語も簡単に話せるようになる、といったイメージでしょうか。

 

マーサ・グラハム テクニック ワークショップ

 

ただそこには良い教師が必要です。ニューヨークでもときどきコンテンポラリーのクラスを見学に行きますが、たいてい振付けを踊らせるだけで終わってしまう。例えば床を転がって上がってくるという動きにしても、ただ振りをなぞっているだけで、ここをこうして使うという理論は教えていない。ダンサーは振りを習って踊った気分になって、よかったよかったと帰って行くけど、そこで一体何を教わったのかと言いたい。もちろん中には良い先生もいて、床で転がるコンテンポラリーの身体の使い方を教えている方もいるし、そういったものを組み込んだエクササイズを教えている人もいます。だけどやはり振りだけを踊るクラスが多くて、見ていると何も教えていないなと思ってしまう。

バレエダンサーにとってもグラハム・テクニックは有効だと思います。グラハムではフロアワークがすごく重要になりますが、これはバレエの動きとリンクしていて、同じように身体を使わないとできないようになっているんです。なのでバレエの人には比較的やりやすいと思います。“バレエではこうするでしょう、それを床で使うのよ”と言うとみなさんピンとくる。実際ワークショップに来る生徒のなかでも、バレエのレッスンをしている方は芯があるのでこちらとしても教えやすいなと感じます。フロアワークをする過程で、“これはバレエでやっていることだ”と気付くときがある。そうすると絶対的に腰の位置が決まってきます。

レベルの高いバレエダンサーにこそ、グラハム・テクニックを習得してもらいたいと思います。きれいきれいで終わるだけでなくて、そこに力強さも出てくるし、しっかりするとよく言われます。立っているときのセンターの取り方も、テクニックによってかなり違いますよね。ワガノワは足の前方に重心を置き、チケッティはその後ろ、さらにリモン、グラハムと少しずつ後ろにずれていく。その違いを知ることで動きの質が変わってくるということをわかってもらえたらと思います。

 

マーサ・グラハム テクニック ワークショップ

 

グラハムの仕事とはまた別に、2014年に『共鳴—Resonance』というソロのプロジェクトシリーズを立ち上げました。第一回はマーサ・グラハム、ホセ・リモン、マーサ・クラークらの作品で構成した、1930年代〜2014年までのモダンダンスからコンテンポラリーの流れが見えるプログラム。これは『踊る。秋田』という秋田のフェスティバルでも踊っています。2017年の第二回開催時には、マース・カニングハム、ルボビッチ、シャーロット・グリフィンの作品と、『ラメンテーション』を踊っています。今は第三回の構想中で、グラハム、ドリス・ハンフリー、石井小浪、高田せい子といった1930年代の作品と、私のメンターである菊地百合子の1968年の作品を踊ろうと考えています。私の日本におけるモダンダンスのバックグラウンドとアメリカのモダンダンスのバックグラウンド、その両者が見えるコンサートにできたらと……。

第四回の構想もすでに考えていて、三条万里子、平林和子、菊地百合子といったアメリカに行った日本人ダンサーや振付家の作品を踊りたいと思っています。彼女たちは1960年代〜1980年代中ばまでアメリカのモダンダンスシーンでものすごく重要なポジションにいた方たちでもある。私たちが今ニューヨークで踊っていられるのもあの方たちがいたからこそ。日本のパイオニアのダンサーたちとアメリカのパイオニアのダンサーたち、それらを踊ることができる人間はそうたくさんいないのではないかと思い、自分にミッションを課してスタートしました。

願わくばこのシリーズは第五回まで続けたいと考えています。今のところアメリカでの上演となっていますが、できればモダンダンスを踊っている日本の方にも観てもらいたい。そこでアメリカのモダンダンスがこう変化していて、そして日本とアメリカが同じ時期にこうなってーーという系譜を知ってもらえたらと。まずこのソロシリーズを完遂すること。そしてグラハム・テクニックのすばらしさを伝えていくのが、今の私のミッションだと思っています。

 

©Kenji.Mori

 

-モダンダンス