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クリストファー・マーニー『マクベス夫人』インタビュー!

ロンドンを拠点に活動するプロダクションカンパニー、ファビュラ・コレクティブのトリプルビル「HUMAN.」で、新作『マクベス夫人』を発表するクリストファー・マーニーさん。8月の来日に先駆け、本作に寄せる想いとクリエイションの行方、そして公演への期待をお聞きしました。

ファビュラ・コレクティブのトリプルビル「HUMAN.」で、シェイクスピア四大悲劇『マクベス』をもとにした新作『マクベス夫人』を発表されます。マクベス夫人をテーマに選んだ理由は何故でしょう。

クリストファー>今回この新作を作るにあたり、いわゆる『マクベス』のストーリー全体をダンス化するのではなく、マクベス夫人に焦点をあてたいと考えました。特に取り上げたいのはマクベス夫人が狂死に至るラストの部分で、いくつかのエピソードをピックアップしつつ、彼女をそこへ追いやった訳を描いていこうと考えています。

マクベス夫人という女性を考える上で解釈のポイントとなるのが、ジェンダーと力の関係、そのバランスです。原作に「マクベス夫人が男だったらいいのに」という印象的な言葉があって、「男だったらこれほどの情熱、これほどの野心を持っていも良かったのだけれど」と語られている。あれから何百年も経つけれど、ジェンダーにまつわる問題は未だに変わっていない。これは現代においてなお大きな問題であり、今回の作品で最も大事なテーマになっています。

マクベス夫人についてよく取り沙汰されるのが、彼女が悪人なのか、もしくは被害者なのかということ。これをダンスの中で探ってきたいと考えています。とはいえ答えを出すつもりはありません。マクベス夫人は夫に大罪を起こさせる。ゆえに悪人というのは明らかである。彼女を被害者として見るのは難しいところではあるけれど、あえてそこを探ってみたい。マクベス夫人が堕落に追い込まれた一つの大きなポイントがプレッシャーで、そう考えると彼女も被害者であるという見方ができるのではないかと思っています。

社会における女性としての役割、振る舞い、期待に対するプレッシャーがそこにはあったかもしれない。マクベスは彼女に「お前には男の魂がある」「お前がこだわる力や地位、暴力は普通なら男性が望むものである」と言う。マクベス夫人は“男の魂”を持っていて、マクベスは持ちあわせていないというのがまた面白い。原作を読むと、互いの性格や心が途中で行ったり来たりする部分があるのを感じます。 

©Logullo Photography

クリストファーさんのクリエイション法とは? マクベス夫人というテーマをどのようなアプローチで作品化していくのでしょう。

クリストファー>具体的な振付についてはこれからの作業になりますが、それ以前、シノプシスや音楽に関してはしっかり準備してスタジオに入るのが私のスタイルです。シノプシスを作る上で、マクベス夫人をはじめいくつかの登場人物の台詞を原作から引用しています。その一つが「表面は無心の花とみせかけて、そこに潜む蛇におなりなさい」という言葉。マクベス夫人が夫に対して言う台詞であり、『マクベス』の中で私が一番好きな言葉です。とてもインスピレーションを受けた言葉であり、これはいい振付になるなと感じた台詞でもあります。

大きな罪に手を染めていながらも、表面上はきれいで誇りを持った状態であれという。興味深いのは、この台詞を言うのがマクベス夫人であるということ。時代背景を考えると、表面はうつくしく真の感情を影に隠すべきは女性の方なんですけどね 。スタジオに入ってからまたこの台詞をもとにダンサーとコボレートできたらと思っています。

音楽はドイツ人作曲家のジョナサン・ヘックによるオリジナル。音楽とストーリーテリングのマッチングは作品の大きな鍵であり、音楽の中に入り、深く理解していくためにも、まずは楽曲の完成を第一に目指しています。トレイラー用にすでに1分半の音楽を創作してもらっていて、今改めて全体の構成を相談してるところです。楽曲のクリエイションの参考にと6つのシーンをシノプシスに用意していて、それをもとに彼とやりとりを進めています。

具体的な要素として、スコットランドを連想させる音楽にしたいと彼にリクエストしています。例えば楽器もバグパイプのようなパイプ類を使ってみたりと、あの時代の雰囲気を再現し、スコットランドの高地の霧の中のイメージをお客様に伝えられたらと思っています。

衣裳についてもあの時代の人たちが本当に着ていたようなものにしようと考えていて、今デザイナーと相談している最中です。例えば軍服や王室の衣裳で、もともと鮮やかな赤やグリーンだったものが色褪せていたりーー。当時の時代を彷彿とさせつつ、どこか死をイメージさせるものをと考えています。

マクベス夫人役のチラ・ロビンソンと ©Amber Hunt

具体的な振付作業、動きのクリエイションはどのようなものになりそうですか?

クリストファー>スタジオに入る前にまず動きをクリアに決めておき、さらにダンサーからインスピレーションを受けて動きを進化させていく、というのが私のスタンダードな振付スタイル。ただパ・ド・ドゥなど二人で踊るシーンのときは、ダンサーのスキルもあるし、二人が一緒になったとき何ができるか想像しにくい部分もあるので、よりダンサーに自由を与えるようにしています。

作品の中で使うアイテムからインスパイアされることも多いですね。例えば今回一つの鍵となるのが王座。この作品の中で王座がどんな形で使えるか今検討している最中です。一つのアイデアとしては、マクベス夫人が初めて登場するシーンで、二人の男性ダンサーにリフトされていた彼女がゆっくり降ろされ最後に王座につくという、ある種王室の儀式のようなシーンを想像しています。

演出で大切にしているのは抽象的ではないこと、ストーリーをきちんと語っているということ。例えば、マクベス夫人が夫にダンカンを殺すよう説得するシーン。ナイフが宙に浮いていて、その後をマクベス夫人がついていき、ダンカンの部屋へと導かれていくーーという演出を今構想しています。刀は彼女の妄想ですが、イメージとしてではなく、舞台上に刀が実際に見えていてほしい。刀が浮いているように見えるにはどうすればいいか。例えば刀を持った男性ダンサーとマクベス夫人がパ・ド・ドゥを踊る。けれどその刀を持つ手はお客様には見えないようにしたい、そのためにはどうするか、どう描けるか……。

もう一つ重要な鍵となるのが照明です。照明を使って何もない舞台に場を作る。例えば『マクベス』の有名なシーンに夢遊のシーンがありますが、罪悪を感じて眠れずに夜さまようマクベス夫人の姿を舞台上でどうあらわすか。彼女が目をつむって歩いてるだけではお客様にはわからないかもしれないし、響かないかもしれない。ならば照明を使って廊下を作る、あるいは男性ダンサーたちが彼女をリフトし、彼女が浮いてるようにしたらどうかーーなど、いろいろ構想を練っています。

男性ダンサー二人はマクベスとマクベス夫人に殺された幽霊という想定で、ひとりは王になるために殺さなければならなかったダンカン、もうひとりがバンクォー。彼らはときにキャラクターとしてマクベス夫人との関係をあらわし、場合によっては影のような存在としてあらわれることもあるでしょう。

マクベス夫人役のチラ・ロビンソン ©Amber Hunt

マクベス夫人にはチラ・ロビンソンさんが配役されています。振付家からみたチラさんはどんなダンサーですか。

クリストファー>チラとはずっと前から知り合いで、これまで何度も一緒に仕事をしています。技術面はもちろん、彼女はストーリーテラーとしても優れているので、この役にとても合っていると思います。古典のスキルが非常に高く、イギリスではさまざまな賞をとっていますが、彼女が特別なのはそのクラシカルなテクニックを使っていろいろ試すことに対してオープンなところ。必要であればそのクラシカルなテクニックをモダンな方法で使うこともいとわない。

彼女は非常にオープンで、キャラクターを恐れるということがない。これはダンサーにとって大切な要素で、特にマクベス夫人を演じる上で重要になる部分でもあります。物語のラストで、マクベス夫人は狂気に陥り自殺を図る。ダンサーとしてそうした暗部にアクセスできなければならず、またその内面をきちんとお客様に伝える必要がある。大変な役ではありますが、彼女はそれをクリアできると信じています。

リハーサルはまだこれからですが、チラとはいろいろ話し合っていて、彼女自身キャラクターを理解するためすでにリサーチを始めています。彼女にはまず、今回のマクベス夫人像と解釈の似ている『マクベス』の芝居をいくつか見ておくように伝えました。さらにシノプシスに目を通すことで、マクベス夫人というキャラクターの旅を理解してもらえるのではないかと考えています。ある程度の意識を持ってスタジオに入ってほしいけど、事前にたくさん情報を与えすぎることで、よそからあまり影響を受けては欲しくない。バランスが難しいですね。今回のマクベス夫人は新しいものにしてもらいたいので、そういう意味でまだシェアしていない情報もたくさんあります。

東急シアターオーブで上演されたマシュー・ボーンの『眠れる森の美女』にライラック伯爵役で出演 ©Courtesy of New Adventures

マシュー・ボーンの『白鳥の湖~スワン・レイク~』の王子役をはじめ、ダンサーとしてこれまでたびたび来日されています。記憶に残っている来日時の想い出、エピソードをお聞かせください。

クリストファー>初めて日本に行ったのは2002年で、アドベンチャーズ・イン・モーション・ピクチャーズの『ザ・カー・マン』のツアーでBunkamuraオーチャードホールで踊りました。以来ほぼ毎年、計15回日本に行っています。マシュー・ボーンの作品はもちろん、それ以外でもいろいろなプロジェクトで訪れていて、長いときは2ヶ月間滞在したこともありました。

あちこち行きましたが、なかでも想い出深いのが軽井沢。台風で天気がひどく外出はできなかったけれど、11室しかない旅館に泊まり、懐石料理のフルコースを食べ、温泉に入り、とても素晴らしい体験をすることができました。

もう一つハイライトとしてあるのが、日本人ダンサーとコラボレーションした『マシュー・ボーンのドリアン・グレイ』で、やはりBunkamuraで上演しています。キャストの半分が日本人ダンサーで、日本キャストの主演は大貫勇輔さん。1〜2週間と短い期間でしたが、日本人ダンサーたちといろいろ意見の交換ができ、そこで異なる解釈を聞けたのは非常に良い経験になりました。あとウィル・タケットの『鶴』も日本で踊っていて、これも印象的な作品でした。日本は本当に一番大好きな国で、たくさんの想い出があります。今年また日本に行けるのをとても楽しみにしています。

バレエ・セントラルでの指導 ©Kate Parkes Photography

今回は振付家としての来日ですが、最近は振付家に徹していらっしゃるのでしょうか。

クリストファー>最近は振付の仕事がかなり増えています。僕自身はもう4年間踊っていないので、ダンサーとしてのキャリアはひとまず終止符を打ったと言っていいでしょう。今後さらに振付の仕事は増える予定で、来年はイギリスでオペラ『オルフェオ』を手がけることになっていますが、これはかなり大きなプロダクションになりそうです。

あと数年前からロンドンのバレエ・セントラルの芸術監督を務めていて、活動の大きな位置を占めています。バレエ・セントラルはセントラル・スクール・オブ・バレエで学んだ生徒が最終学年の3年生になると入るツアーカンパニーで、卒業までイギリス各地をツアーします。私はツアーのレパートリーをプログラミングしていて、ケネス・マクミランやリアム・スカーレット、フレデリック・アシュトンなどの作品を主に取り上げ、場面によっては私の振付作品もプログラムに加えています。

最後に日本に行ったのは2020年の2月初旬、コロナウイルスのパンデミックが起きる直前で、バレエ・セントラルのオーディション・ツアーで訪れました。そこで選ばれた日本人が何人か9月からロンドンで勉強を始めていますが、パンデミックの影響で通常のスケジュールとはまた違ったものになっていますね。バレエ・セントラルの活動も普段より遅れていて、いつもはすでにツアーが始まっているタイミングですが、今回は6月から始まり、ツアー自体も通常より短い期間になる予定です。

創作活動や芸術監督といろいろ日々忙しくしています。何より忙しいのはプライベートで、2歳の子どもがいるのでとても手がかかります(笑)。彼はバレエではなく、マーシャルアーツを習っています。とはいえまだ2歳なので、稽古をしているというよりはスタジオで遊んでいるだけだと思いますけど(笑)。残念ながらまだ幼いので、今回は日本に連れて行けそうにありません。

バレエ・セントラルでの指導 ©Kate Parkes Photography

今回の来日にどんなことを期待しますか。

クリストファー>今回は短い滞在なので、まず仕事に集中したいと思います。もちろんダンサーとして日本で踊るのも素晴らしいことですが、今回は振付家として自分の作った作品をみなさんにお見せできるのがうれしく、とても光栄に思っています。

ファビュラ・コレクティブには初参加ですが、以前ロンドンで上演されたファビュラ・コレクティブのパフォーマンスでトラヴィスやジェームズのダンスを観る機会がありました。二人とも素晴らしいクリエイターでありダンサーですね。実は僕が『白鳥の湖~スワンレイク~』の王子役を踊っていたときトラヴィスも白鳥で参加していましたが、かぶっていたのは短い期間で、さほど深い付き合いがあった訳ではありませんでした。だから今回こうして縁をいただきうれしく思っています。

ファビュラ・コレクティブの素晴らしいところは、作品の組み合わせ方。お互いを補い合うような作品を組み合わせ、違う雰囲気を出し、違う感情を引き出している。今回のトリプルビルもそれを期待していて、私自身とても楽しみにしています。

『マクベス夫人』 ©Amber Hunt

 

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