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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵 (3)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

手づくりの稽古場で

姉妹のうちバレエを習ったのは私だけ。姉は幼い頃からヴァイオリニストになるよう親から託されていて、生まれたときすでに一番小さい子ども用のヴァイオリンから大人用のものまで全て揃えられていたと聞いています。姉はイタリアにいた頃からヴァイオリンを習っていて、その他にもソルフェージュを習い、ピアノを習い、絵を習い、習字やそろばんも習っていて、バレエを習う余裕はもはやありません。

実は私もヴァイオリンを一時期習っていたけれど、どうもタイプ的に向いていなかった。まず覚えるのが苦手で、何回弾いても間違えてしまう。それ以前にじっとしているのが苦痛で、しまいには楽器を構えたとたんに“お腹が痛い”と言い出す始末。そんな調子だったので親の期待を背負うこともなく、姉と違って私は自由に好きなことをして育ったように思います。

バレエの稽古はずっと週二回。それ以外の日も必ず家で自習をしていました。姉がヴァイオリンを毎日何時間も練習するので、自分だけ遊んでいるのはどうなんだろうという気持ちもありました。ヴァイオリンもそうですが、楽器のレッスンというのは週に一回ほどで、後はひたすら家で練習してる。だから私も習い事というのは家でひたすら自習して、稽古はその成果を見てもらう場所という感覚を持っていた。そういう意味では稽古に対するとらえ方が少し違っていのかもしれません。

父が印刷工場だった建物の仕切りを取り払い、簡易的な稽古場をつくってくれました。そこが私の自習場所です。小さいけれど、床は木張りで、バーもあり、エクササイズやちょっとしたセンターができる空間もあります。

森下洋子さんが解説された本を手本にしたり、アンシェヌマンが入っているカセットに合わせて練習することもあれば、講習会で習ったことの復習をすることもありました。ときにはボリショイ・バレエやモーリス・ベジャール・バレエ団など、来日したカンパニーのテレビ放映を見ては鏡の前で真似してみたりと、自分で自由にレッスンをしていました。

姉と

がちがちだった初コンクール

初めてコンクールに出たのは小学校5年生のときでした。今のようにいろいろなコンクールがある訳ではなく、おそらく当時唯一だった東京新聞全国舞踊コンクールに出ています。舞台に出ることによって成長する、というのが先生の方針で、コンクールもその一貫だったのでしょう。

舞台で踊るチャンスはほかにもあって、年に一回のお教室の発表会と、日本バレエ協会や神奈川県芸術舞踊協会で先生が作品を上演するときに出演させてもらっていました。コンクールはそれらとは違い、ソロを踊ることができる場でもあります。また先生の作品はほとんどが創作バレエでしたが、コンクールの課題曲は古典作品で、その練習にもなります。最初のコンクールで踊ったのは『コッペリア』でした。古典を練習していると、よく小倉先生に“これは型ものですので、そのように踊って下さい”と言われました。古典は古典らしく踊る。それも先生が重視されていたところです。

初めてのコンクールは衝撃の連続でした。楽屋は畳の大部屋で、出場者が一斉に着替えてる。場当たりではみんな我先にと舞台に出て練習をしています。先生がひとりずつ丁寧に場当たりしてくれて、細かく注意をしてくれて……、という教室の発表会とは全然違う。ものすごく圧倒されて、舞台袖にいたらガタガタ震えて思うように足が動かない。すっかり上がってしまって、最初の頃は毎回舞台に出るだけでもうガチガチ。上手く踊れたというようなレベルではなく、もちろん賞どころではありません。

コンクールに出るようになった頃のこと、小倉先生のすすめで服部智恵子先生に個人レッスンを見てもらうようになりました。黒鳥のヴァリエーションを見ていただいたとき、服部先生が“この演目を踊るにはまだこの子は小さすぎる。ふさわしくないチョイスだったかもしれない。だから今回は賞に結び着かないかもしれないけれど、将来ローザンヌ国際バレエコンクールを目指すといい”と母に助言してくださった。そこで母もローザンヌ国際バレエコンクールの存在をはじめて知り、ひとつの目標として記憶に刻まれることになりました。

賞にはなかなかつながりませんでしたが、コンクールには定期的に出ていました。コンクールの出来に関して小倉先生から何か言われた記憶はないですね。たぶん先生も賞がどうのという感じではなくて、コンクールへ出場すること自体が教育の過程だと考えていらしたのだと思います。

先生はおいしいレストランをたくさんご存じで、コンクールの帰りはいつも家族で行かないようなお店に連れて行ってくださいました。コンクールが終わるとステキなお洋服に着替えて、先生とふたりでおいしいものを食べに行くーー、というのがお決まりのコース。ナンを壺で焼く本格インド料理を食べるのも、目の前で揚げる出来たての天麩羅を食べるのも私にとっては初めての経験で、小倉先生との大切な思い出になっています。

高校生になったとき、小倉先生のすすめもあって、森龍朗先生のところに週一回レッスンに行くことになりました。森先生は服部島田バレエ団の出身で、そのご縁があったようです。森先生はフランスで踊った経験をお持ちで、私がヨーロッパに憧れを抱いているのを見て、次の段階に進むために紹介してくださったのだと思います。森先生の教室は中野のスポーツクラブにある広くてきれいな総鏡張りのスタジオで、そこに週一回オープンクラスを受けに通っています。  

        

初めての創作『憧れ』

初めて自分で創作をしたのもこの頃です。高校に入った頃にはじまった日本バレエ協会のコンクール用に作品をつくったのが私の処女作で、ドビュッシーのピアノ曲を使ってソロ作品をつくっています。当初『波光』というタイトルをつけましたが、小倉先生に“ダンスというのは人間の感情に触れないとなかなか表現にならない。『波光』ではなくて『憧れ』に変えた方がいい”とアドバイスをいただき、最終的に『憧れ』というタイトルなりました。

小倉先生はいつもご自身で創作されるので、私もいつか創作してみたいという気持ちがありました。まず主題と音楽と衣裳を決めて、これくらいのペースで創作が進んでーー、という経緯をずっと間近で見てきたので、作品というのはこういう風につくるんだというのが何となくわかっていましたし、特に構えることなく自然とつくるようになった気がします。振付はもちろん音楽や衣裳まで小倉先生がいろいろ助言をしてくださったので、ひとりで悪銭苦闘することもなくスムーズにつくれたように思います。

 

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(4)につづく。

インフォメーション

<公演>

『邂逅』
2022年11月18日・19日
会場:オランダ大使館
https://www.naable.com/20221006-2/

 DaBYツアー『パフォーミングアーツ・セレクション 2022』
〜2022年12月11日
https://dancebase.yokohama/event_post/performing_arts_selection2022

アーキタンツ ショーケース
2022年12月18日
http://a-tanz.com/event/28109

 

<ワークショップ>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

 

<オーディション>

(公社)神奈川県芸術舞踊協会主催公演 「モダン&バレエ 2023」
中村恩恵作品 出演者オーディション 2023 年 3 月 21 日開催
2023 年 10 月 28 日上演 「モダン&バレエ 2023」の出演ダンサーをオーディションで募集。
詳細は追って協会HPで発表。
https://dancekanagawa.jp/

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。

 

 

 

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