ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵 (7)
全治8ヶ月の診断に……
痛めたのは靱帯で、全治8ヶ月という診断でした。11月に日本で手術をして、ギブスが取れ、松葉杖が取れ、リハビリをはじめ、少しずつレッスンができるようになったのが翌年の春。
私が通っていたのはスポーツでケガをした人を専門的に治療しているリハビリ施設で、患者はサッカー選手やアメフトの選手といった身体の大きな男性ばかり。バレエの世界とは全く様子が違います。みなさんスポーツに合わせたプログラムを組んで、それぞれ復帰に向けてリハビリに励んでる。
バレエダンサーは私ひとりで、先生もはじめはどういう治療をすればいいか試行錯誤していたようです。バレエというのはすごく特殊で、ある筋肉は非常に発達しているのに、ある筋肉は弱かったりする。先生がバレエの身体を踏まえ、復帰に向けてプログラムを組んでくださいました。この筋肉をこう鍛えるためにこういうメニューを行う、といったトレーニングは経験がなかったので、非常に新鮮な感覚でした。
ボーイフレンドに誘われカンヌへ
ユース・バレエを辞めてワンシーズン過ぎた夏、リハビリを兼ねてフランスのカンヌ・ロゼラ・ハイタワー・バレエ学校に留学しています。そこはユース・バレエで出会ったボーイフレンドの出身校で、彼に“バレエ団の夏休みに学校のサマースクールを受けに行くけど、君も行かない?”と誘われ、私も一緒にレッスンを受けに行くことになりました。
カンヌの卒業生は世界中のいろいろなバレエ団で活躍していて、夏休みになるとサマークラスを受けにまた学校にやってきます。彼らと会えたのはとても刺激的な経験でした。きっかけはサマースクールでしたが、私自身それまで一度もアカデミックなバレエ学校に属した経験がなかったので、改めて学んでみようと考えて継続的に生徒としてカンヌに残ることに決めました。
レッスンはクラシックのほかにモダンやジャズのクラスもあって、そこではじめてクラシック以外のダンスを学びました。当時健在でいらしたロゼラ先生からレッスンを直々に受けることができたのもいい経験になりました。とはいえユース・バレエではお給料をもらって自分で生計を立てていたのに、親に学費を払ってもらっているという現状が何とも情けなく感じられ、カンヌにいた頃は“早くまた自立したい!”という気持ちをずっと抱い続けていました。
オーディション巡りで玉砕
学校に通い出して2〜3ヶ月経った頃には、足もずいぶん良くなってきました。“再び舞台に立てそうだな”という自信が沸いてきて、学校に通いながらオーディション巡りをはじめています。
そのなかのひとつ、ジュネーブのバレエ団は、イリ・キリアンやオハッド・ナハリン、マッツ・エックの作品をレパートリーに持っている前衛的かつ質の高いカンパニーで、当時若いダンサーがこぞってそこを目指していました。
私はプライベート・オーディションを受けていて、まずバレエ団と一緒に稽古に参加し、無事にクリアしています。二次審査はレパートリー審査でした。スタジオに呼ばれ、“レパートリーを踊ってみせるので、その場で覚えて踊るように”といわれました。けれど見ていると簡単そうなのに、自分で踊るとなると難しい。“覚えられません”と言うと、“じゃあもう一回やるから覚えてね”とまた踊ってみせてくれるのだけれど、どうしても覚えられない。結局“もうちょっと経験を積んでからまた来てください”といわれ、確かにと……。
マルセイユ・ローラン・プティ・バレエ団のオーディションも受けています。会場に行ったらこれ以上入れないというくらい大勢の若者たちが集まっていて、スタジオから人が溢れてる。今のように書類やビデオ審査が事前にある訳でもなく、告知されるとみんながわっと詰めかけていたので、人気のあるカンパニーの場合そういうことがよく起こります。あまりにたくさん人がいすぎて、自分が踊ったかどうか実感もないままに、気付くとオーディションが終わっていました。
オーディション巡りでは、ユース・バレエの友人たちがいろいろ手助けしてくれました。友人のひとりに“母がカンヌの近くに住んでいるから泊まるといいよ”と言われて長く滞在させてもらったり、マルセイユ出身の友人が“マルセイユはとても治安が悪いから私の実家に泊まるといい”と世話してくれて、お母さまにバレエ団まで送ってもらってオーディションを受けに行きました。
夜行列車に乗ってフィレンツェの小さいカンパニーのオーディションを受けに行ったこともありました。前衛的な作品に取り組んでいるカンパニーで、いいなと思っていたけれどそこもダメ。
モンテカルロ・バレエ団のオーディションはクラシック・バレエの審査しかなかったので、私にとってはラッキーでした。一次はレッスン審査で、無事クリア。続く第二次審査はエシャッペで、“エシャッペならできる!”と思わずうれしくなりました。最終的にモンテカルロ・バレエ団から内定をもらい、オーディション巡りを終えています。
ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(8)につづく。
インフォメーション
<公演>
<ワークショップ>
中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428
中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com
<オーディション>
(公社)神奈川県芸術舞踊協会主催公演 「モダン&バレエ 2023」
中村恩恵作品 出演者オーディション 2023 年 3 月 21 日開催
2023 年 10 月 28 日上演 「モダン&バレエ 2023」の出演ダンサーをオーディションで募集。
詳細は追って協会HPで発表。
https://dancekanagawa.jp/
プロフィール
中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。