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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(21)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

労働時間外の創作活動

ワークショップで自作を発表するチャンスは希望者に与えられます。私が在籍していた頃は振付が盛んで、出品を望むダンサーが多くいました。ただ発表の場となるチャリティー公演は労働時間外のイベントなので、創作も労働時間外に行わなければなりません。振付をしたい人がたくさんいる一方で、自分の自由時間を割いて出演するというダンサーはある程度限定されていて、そうなるとひとりの人が何作品も掛け持ちで踊ることになる。

私は後者で、自分で作品をつくりつつ、何作品も掛け持ちをして踊っていました。今思うとすごい体力だったと思います。労働時間外の活動になるので、少しでも隙間時間があればツアー先でもどこでも創作に取りかからなければなりません。そうでもして用意をしないと、発表に間に合わなくなってしまいます。

NDT1のツアーでパリに行ったときは、パリ・オペラ座が公演の会場で、隙間時間を使ってガルニエ宮で自分の振付作品をつくりました。ガルニエ宮には小さいスタジオがたくさんあって、空いていれば使いたい放題です。ただオペラ座のダンサーは通常ピアニストの生演奏で練習するので、スタジオの音響システムが整っていないこともよくあります。

“あれ、音が出ないね?”とあれこれ試していたら、マニュエル・ルグリがふらりとやってきて、“ラジカセ貸してあげるよ!”と親切に声をかけてくれたことがありました。私はガルニエ宮の迷路のようなつくりが大好きで、あの空間で作品をつくることができたのはとても大きな経験になりました。またカンパニー退団後のはじめての仕事がオペラ座での教えで、ガルニエ宮にはどこか不思議な縁を感じています。

チャリティ公演はダンサー自身が主体になって行うので、ダンス以外の作業も自分たちで手がける必要があります。例えば広報の担当になってポスターをつくったり、あちこちに掛け合ってそれを貼ってもらったり、制作の担当になって衣裳費用をみんなに分配したり、ケータリングの手配をしたり。それぞれがそれぞれの才能を発揮し、またそこから制作やマネジメントに転向していく人もいます。

NDT時代に私が最初に振付をしたのは26歳のときで、バッハのピアノ音楽を使った自作自演のソロ作品を発表しました。振付をしたのはローザンヌ国際バレエコンクールの自由曲以来です。二作目はウィリアム・ブレイクの詩『一粒の砂の中に』にインスピレーションを得た作品で、やはり自作自演のソロをつくっています。このときは友人が作曲をしてくれて、音楽家の女性に歌ってもらい、生音楽で踊りました。ワークショップなのでプロとはいえず、まだまだ習作ではありましたが、この作品は自分の中でひとつの手応えがありました。NDTで発表したのはその二本。本格的に作品をつくるようになったのは、29歳でカンパニーを離れた後のことでした。

WS第一作目『曙』

 

Are you with me ?

マッツ・エックとの創作で思い出深いのが『A SORT OF』。マッツが長期間ハーグに滞在し、NDT1のためにつくり上げた大作です。

私がはじめてマッツの作品を観たのはカンヌ・ロゼラ・ハイタワー・バレエ学校に留学していたときのこと。カンヌで開催された国際バレエ・フェスティバルで彼の振付作品を観て、“こんな作品があるんだ!”と大きな衝撃を受け、“いつかマッツの作品を踊ってみたい!”という強烈な想いを持った。『A SORT OF』は念願叶ってのマッツとのクリエイションで、とても感慨深いものがありました。

まず一日かけてひとつひとつ振りをつくっていき、次の日にまた続きをつくり、またその次の日に続きをつくっていく、というのがキリアンの創作法。一週間たったら5分間できていて、3週間たったら形になりーーと、丁寧に作品を紡いでいくスタイルで、私たちもその手法にすっかり慣れていました。

けれどマッツは全く違う。稽古場に来たときすでにマッツの頭の中に全てのカウントや細かいシークエンスができ上がっていて、それをダンサーたちに次々振付けていく、というのが彼のスタイル。“きみはここから出てきてこのカウントでこういう動きをして、あなたはここから来てこう動き、次の人はこちらから向かってきてーー”と、ものすごい勢いで振付をダンサーに渡していきます。

マッツは“Are you with me ?”と口癖のように聞いてくるのだけれど、私たちダンサーはついていくのにもう必死。ひととおり振りを渡したら、“じゃあやってみよう”と言って、合わせてみると複雑なパズルが完璧にでき上がっている。もう驚くばかりです。

WS第一作目『曙』

リハーサルもフルアウト

怒濤のリハーサルが終わり、教わったことを一生懸命練習して身体に入れても、マッツは翌日になるとまたガラリと変えてくる。何パターンも試し、ダンサーもまた必死になって臨む、毎日毎日その繰り返しです。しかもどの振付もお試しではなく、フルアウトで本番さながらの踊りが求められる。常にもっともっとと要求される。5分前より今、今より5分後にもっと違う何かが出ていなければいけない。常にもうひとつ先のものを求められている感覚があり、それに自分たちはどこまで応えられるのかーー。

『A SORT OF』はポーランドの現代音楽家・グレツキの楽曲に振付けた作品で、非常に抽象的でありながら具象的な要素も含まれています。私の衣裳はフワフワの柔らかいドレスで、バレエシューズのような靴を履き、お腹の中に風船を入れ、妊婦のような姿で舞台にあらわれる。そこへひとりの男が近づいてきて、風船をバンッっと割り、そこで私はワーッと気が狂うーー、という強烈なパートです。表現も強烈なら動きも強烈で、はじめはなかなかマッツの求める動きが上手く体現できない自分がいました。マッツは自ら繰り返し動いてみせてくれて、またマッツが体現するとわからなかった表現もすとんとわかるから不思議です。

何よりマッツはとても言葉が巧みで、うつくしい単語を使って動きやニュアンス、表情、そのシーンであらわしたい心情を伝えてくれる。ひとつのシーンがマッツによって言葉に置き換えられ、ニュアンスが形成されていく。私はマッツの選ぶ単語のひとつひとつが大好きで、彼との創作はとても充実した時間でした。

マッツの『grass』という作品も印象に残っています。『grass』はもともとマッツのカンパニーで踊られていたのを観たことがあり、その名作を自分が踊るという意味で感慨深いものがありました。草むらのステージに青い空と白い雲が広がり、少し夕陽を帯びている。ラフマニノフのピアノ曲で踊る作品で、出演者は黒いスーツの男と赤いワンピースの女のふたりだけ。男が芝の中から生まれ、死に向かっていく。そこへ若い女が関わり、愛の時間があり、やがて男が死に、女だけが残される。私はヨハン・インガーと踊りました。ヨハンとはとても仲が良かったけれど、背丈の関係でなかなか彼と組む機会がなく、そのときはじめて一緒に踊っています。

WS第一作目『曙』

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(22)につづく。

 

インフォメーション

 

新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/

貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター 
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml

神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール 
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp

<クラス>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。

 

 

 

 

 

 

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