ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(22)
エリート中のエリート! ポール・ライトフット
NDT在団中によくペアを組んでいたのが、ボーイフレンドのユーリと、『BLACKBIRD』で共演するケン・オソラ。そのほか、後に芸術監督になるポール・ライトフットともたびたび一緒に踊っています。私はキリアン作品のラストでロングドレスを着てゆったり踊るシーンに起用されることが多く、その相手役に背が高くて手脚の長いポールがキャスティングされることがよくありました。ポールとは公私共に他のダンサー以上に親しい関係性を築いていたと思います。というのも、私はポールの奥様だったソル・レオンと楽屋が同室で、ポールはよく私たちの楽屋に出入りしては、そこで長い時間を一緒に過ごしたものでした。
ポールはかなり若い頃から振付の才能を発揮していて、私が入団した頃にはすでに彼の作品がNDT2のレパートリーになっていました。私も何度か彼の作品を踊っています。彼は入団したのもかなり早く、若くしてダンサー兼振付家として活躍してた。NDTの中でも選りすぐりのエリートでした。
私がはじめてポールの作品を踊ったのは、NDT2時代の『Step Lightly』。ポールがNDT2に提供した作品で、ポール自身ダンサーとしてNDT1に在籍していたので、直接ポールから教えてもらうようなこともありました。ポールの『SH-BOOM』には、オリジナルキャストとして創作に参加しています。『SH-BOOM』はコミカルでいてちょっと毒もあり、ポールらしいとてもすてきな作品でした。当時私は腰痛がひどかったため、ポールはあまり動かないながらも重要なパートを与えてくれました。それは後に“メグミパート”と呼ばれるようになります。
ポールの振付作『Start to finish』にはソルがオリジナルキャストで出演していて、作中は彼女のお腹が大きくなっていくという、妊娠を思わせるシーンが出てきます。ソルが実際に妊娠したとき、私がそのパートを踊ることになりました。ソルにとってきっと想い入れのある作品だったのでしょう、個人的にとても丁寧に教えてくれました。自分の中の掘り起こしきれなかったものを、無理やりこじ開けるようにグイグイ引き出してくれた。もしあの過程がなければ、表現しきれなかったものがたくさんあったと思います。
キリアン後の変遷を経て
キリアンがNDTを離れた後、芸術監督に就いたのがマリアン・ザルスタット。もともとNDTで活躍していたダンサーで、退団後はロッテルダムのスカピーノ・バレエ団のバレエマスターをされていた女性です。彼女はコンセルヴァトワールの校長も務めていて、いつもNDTに朝のクラスを教えに来ていたので、ダンサーのこともよく把握しています。そういう意味でも彼女は適任で、キリアンの時代のレパートリーを継続する形でカンパニーを率いていました。次に元ヨーテボリ・オペラ・ダンスカンパニーのディレクターだったアンデシュ・ヘルストルムが引き継ぎ、その後しばらくしてポールが芸術監督に就いています。ポールはその間もずっとNDTでダンサー兼振付家として活躍していて、芸術監督になるべくしてなったという感がありました。
2019年、13年ぶりにNDTの来日公演が開催されました。キリアンの時代は日本の劇場との結びつきもいろいろあり、また作曲家の武満徹さん、彫刻家の新宮晋さん、建築家の北川原温さんなど、日本のアーティストとの強い絆ができていました。ところがポールが芸術監督を引き継いだ頃、ちょうどリーマン・ショックが起こり、社会情勢の変化もあって日本とのコネクションが薄れてしまった。そのままいつしか長い時が過ぎていた。ポールとしては、自分の芸術監督在任中に日本とのコネクションを復活させたいという気持ちがあったようです。“どうしたら日本との関係を取り戻せると思う?”と相談され、一緒にご飯を食べながら作戦会議をしたこともありました。
来日公演では、ポールとソルの振付作2作品と、クリスタル・パイト、マルコ・ゲッケの作品が上演されました。ポールの作品を観たのは本当に久しぶりのことでしたが、ポエティックでありながらユーモアもあって、時代を経ても変わらない彼の世界観がそこにありました。
来日公演を観に行ったとき感じたのが、ダンサーがとても現実的になっているな、ということでした。これはNDTに限らず全てのダンサーに言えることで、最近はダンサーがどこか生身になっているように思います。見ているものの奥にもうひとつの世界があって、そこに誘っていくような踊り手が少なくなっている。それは踊り手だけの責任ではなくて、そういう作品自体が減っているような気がします。
全く逆の印象を抱いたのが、私が以前『プロメテの火』を踊ったときのこと。そこで強く感じたのが、江口隆哉さんや宮操子さんのまとう高雅な香りというものでした。最近は昔と違い、日常生活の中で現実というものが時間の100%を占めるようになっている。例えば一日の最初にまず仏壇に手を合わせるような時間が減っていて、朝起きたらまずコンピューターを立ち上げてメールをチェックしてーーと、近視眼的になっている。それが現代という時代なのでしょうか。やはり作品にもそれはあらわれているように感じます。
ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(23)につづく。
インフォメーション
新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/
貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml
神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp
<ワークショップ>
中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428
中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com
プロフィール
中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。