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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(23)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

初めての日本人として

私はNDTに入った初めての日本人でした。私の在籍中、NDT2に金森穣さんや井関佐和子さん、大植真太郎さんらが入ってきました。私がNDTを離れてしばらくして、小㞍健太さん、渡辺レイさん、湯浅永麻さんがNDT1に入団しています。永麻さんとは在籍期間はかぶっていませんが、オランダでは交流があって、私の子どもが小さい頃よくご自宅に招いてご飯をつくってくれたものでした。

私の退団後、日本人ダンサーが続々と入団し、ひとつの日本ブームがNDTに起こります。キリアンは若い頃に武満徹さんと仕事をしたことがあり、そこで創作の根本に関わることを教わったと聞いています。それを言葉であわらすとしたら、“間”や“無”のようなもの。“間”が振付の動きと同じくらいの重さを持ち、また“無”をあらわすために動きがあるのかもしれないと、キリアンは言います。静けさであったり日本人独特の間の取り方といったものにキリアンは触発された。だから日本人ダンサーに惹かれるのかもしれません。

キリアンはダンサーの長所を見つけて褒めるのがとても上手で、私はよく“恩恵はHonestだ”と、そして“それはとても大事なことだ”と言われることがよくありました。あとこれは直接聞いたことではないけれど、キリアンのインタビュー記事で“なぜ恩恵を『BLACKBIRD』に起用したのか?”という質問に対し、キリアンが“彼女はまっさらだから何にでもなり得る。なり得てもなお白紙だ”と答えていたのを読んだことがあります。キリアンだけでなく、他の振付家の方にも同じようなことを言われたことは何度かありました。自分ではまさらな気持ちで挑んでいるという自覚はあまりなく、ただ振付家たちに言われることを忠実に再現しようとしているだけ。知らないこと、苦手なことに白紙の状態でチャレンジするのが好きなのかもしれません。

ダンサーはライバルか 

私自身はダンサーに対してライバル心を持ったことはありません。ただ昔からバッハの音楽に特別な想いを抱いていて、曲を聴くたび“同じ人間なのにどうして彼はこの境地まで到達できたのだろう?”と思ってしまう。バッハの音楽を聴くと心洗われるし、“なんて崇高なのだろう”と感じつつ、“どこをどう乗り越えたらもっと彼に近づけるのだろう”と思わずにいられない。尊敬すると同時に嫉妬を覚える。もちろん嫉妬するようなレベルの相手ではないけれど、心がちりちりする、まるで嫉妬のような気持ちです。以前母に“バッハに嫉妬するの”と話したら、“何バカなこと言ってるの?”と呆れらてしまったけれど……。ベートーヴェンの曲で作品もつくったし、モーツァルトもすごく好きだけど、ああいう気持ちには何故かならない。あそこまで心の中が掻き立てられるのはどうしてなのか、何か惹かれる特別な要素があるのでしょう。この感覚は自分でもすごく不思議です。

あまり周りのことを気にすることはありませんが、なかには他のダンサーに対していろいろと思う人もいるようです。はじめてフランスに行ったとき、パリにあったルーブル・バレエ団の『ジゼル』に出演する機会がありました。バレエ団が解散することになり、その最後を飾るかなり大きな公演です。ノエラ・ポントワが主役のジゼルを踊り、私はまだ新人ながらミルタを踊ることになりました。本番当日、楽屋に入って靴を脱いだら、しゃりっと何か踏みつけた。“あれ、何だろう?”と思ってよく見たら、細かいガラス片だった。それが部屋中に散らばっていて、危うくケガをするところでした。

NDT1時代、『One of a Kind』の初演時にもそんなことがありました。舞台で踊っている最中ずっと膝の後ろに違和感を覚えていて、けれど私の役は出ずっぱりなので、途中で舞台を去ることはできません。ようやく幕が降り、あらためて膝の後ろを見てみたら、衣裳に針が仕込んであった。膝の後ろに針が刺さり、すっかり血だらけになっています。衣裳さんには“ちゃんと確認しているからこんなことはないはずなのに。本当に申し訳なかった”と言われたけれど……。

とある事件に巻き込まれ、私自身危うく犯人にされかけたこともあります。ポール・ライトフットとソル・レオンがデュエットを踊る作品で、私はセカンドキャストを務めてました。その本番直前のリハーサルでのことです。作中に上から白い粉が降ってくるシーンがあり、舞台監督が何か違和感を感じて調べたら、粉の中に胡椒が仕込んであった。もしそのまま本番を迎えていたら、どうなっていたことか……。本番の前日私はポールとソルと遅くまで劇場で練習していて、“最後まで彼らと一緒に残っていたのは恩恵だよね?”と言われてしまった。

結局最後まで犯人はわかりませんでした。ライバル意識や何かの腹いせということだったのでしょうか。私が気付いてないだけで、もしかするといろいろなことが起こっていたのかもしれません。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(24)につづく。
 

インフォメーション

Iwaki Ballet Company『Ballet Gala 2023』
新宿文化センター
2023年5月21日
https://ibc.yukie.net/schedule.html

新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/

貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター 
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml

神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール 
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp

<ワークショップ>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。

 

 

 

 

 

 

 

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