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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(27)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

キリアン作品を教えに 

『Dream Window』の創作に取りかかっていた頃、並行してキリアン作品の振付指導の仕事をはじめました。

当初キリアン作品の振付指導者は3人いて、ひとりは東京バレエ団にも教えに来ていたハンス・クニールで、もうひとりがロズリン・アンデルソンというオーストラリア人の女性で、もうひとりはベルギー人のアルレット・ファン・ボーヴン。みんな元NDTのダンサーで、NDTのバレエマスターも兼任していました。

しかし時代と共にキリアン作品もどんどん変わり、インプロが入ってきたり、カウンターバランスなどそれまでにない動きが取り入れられるようになってきた。彼ら古参のダンサーにとっては実際に踊ったことのない作品であり動きの質で、若く実演できるダンサーが必要ということで、私が教えに加わることになりました。その後ケン・オソラやコーラ・ボス・クルーセが教えのメンバーに加わり、さらにまた若いメンバーも参加するようになり、教えのメンバーの世代は重層化していきました。

教えの新米だった私はハンスと一緒に教えに行くことがよくありました。まず私が現地へ行ってダンサーに教え、後からハンスが来てブラッシュアップし、並行して舞台照明、オーケストラとの交渉、プランニング、カンパニーとの話し合いを進めていく。ある程度仕上がった段階でキリアンが来て仕上げをする、という流れです。

私たちが教えてもなかなか伝わりきらないイメージが、キリアンが来ると途端に共有される。キリアン自身は跳んだりはねたり動いてみせるわけではないけれど、何か力のある言葉を持っていて、ダンサーの中にある輝きがすーっとたちあらわれる瞬間を何度も目撃しました。キリアンはダンサーの中に潜む魅力を引き出すエネルギーを持ち合わせているように感じます。

アーキタンツ・トレーニング・プログラムでのキリアンWSより

初仕事はパリ・オペラ座

パリ・オペラ座バレエ団での教えが私の最初の振付指導の仕事でした。作品は『Bella Figura』です。

キャストに入っていたのは、オーレリー・デュポン、レティシア・プジョル、バンジャマン・ペッシュなど。同年代もいれば、私より年上のベテランダンサーもいましたが、みなさんとても親切に受け入れてくれました。私自身NDT在籍中にダンサーとしてガルニエ宮で踊ることがたびたびあって、彼らとはすでに顔見知りの仲でした。なのでバレエマスターが来たというより、ダンサー仲間という意識で親しく感じてくれたのかもしれません。レティシアとバンジャマンはその後『BLACK BIRD』を踊っていて、オランダまで泊まりがけで振り移しに来てくれています。

作品の規模によって違いますが、教えの期間はひとつの作品につき3週間くらい。キリアン・プロダクションの方針として、週5日以上、一日3時間以上を確保してもらうことになっています。ただ私が教えはじめた頃はそこまで明確に決まっているわけではありませんでした。おそらく世界中のカンパニーでキリアン作品が上演されるなかで、徐々にルールが確立されていったのでしょう。

キリアン作品は通常第2キャストまでですが、パリ・オペラ座では“みんなに機会をあげたい”というカンパニー側の要望で、第3キャストまで振付指導することになりました。そうなるとどうしても指導に時間がかかってしまいます。パリ・オペラ座は階級によってルールが違って、コール・ド・バレエは拘束できる時間が決まっていますが、ソリストのように役職がつくと労働時間の枠に融通が効くようになります。例えばコール・ド・バレエが休みのときにリハーサルをすることも可能になって、そこでみんなと長く時間を過ごしたことで、密度の濃い関係性が生まれたように感じます。

『Bella Figura』の初演時、私はキャストの中では若手で、一緒に踊ったメンバーはベテランばかり。『Bella Figura』は後にさまざまなカンパニーで踊られますが、若手とベテランというキャストの構成も同時に受け継がれていきました。パリ・オペラ座でも私のパートは若いダンサーがキャスティングされていましたが、パリ・オペラ座のようなヒエラルキーのはっきりしたバレエ団では若手にとって先頭に立つパートを踊るのは気が引けるらしく、何度も“もっと前に出て”と言ったのを覚えています。

アーキタンツ・トレーニング・プログラムでのキリアンWSより

作品のニュアンスを伝えるのは常に難しいものですが、『Bella Figura』は特にそう。自分の中にある言葉にできない想い、どんな言語でも伝えられないものを手振りとして外の世界に伝えていく。それは個人のものであり、その人が伝えたいことなので、その人自身が見つけなければなりません。オリジナルキャストのニュアンスや作品の雰囲気を損うことなく、その人らしさを最大限に引き出していく必要がある。難しいけれど、とても楽しい作業です。

私が『Bella Figura』を踊ったときは第一キャストと第二キャストの両方に入っていたので、作品を正面から見たことがありませんでした。演者は自分の視点からしか作品を見ることができません。現役で踊っているときはわかりませんでしたが、教えるようになってはじめて“こういう全体像の中でこういう役割でここに立っているんだ”ということが見えてきました。それはとても新鮮な体験でした。

パリオペラ座をはじめ、モンテカルロ・バレエ、、ヨーテボリ・バレエなど、世界中あちこちのカンパニーに指導に行きました。『Bella Figura』のほか、『Petite Mort』『Falling Angels』『Sechs Tanze/Six Dances』といったレパートリーを教えています。

その後『BLACK BIRD』も指導するようになり、ロンドンのランバート・バレエ、スイスのジュネーブ・グランテアトル・バレエ団、そのほかバレエ学校に教えに行っています。

当初キャストはキリアンやハンスが決めていましたが、私も次第にキャスティングに関わるようになりました。キャスティングの際は、まずクラスレッスンを見て、さらに夜の公演を見てダンサーを選びます。教えるのはすでに出来上がっている作品なので、やはりそれぞれ特性にあったダンサーを選ぶ、タイプキャスティングということになる。そのパートに合いそうな身体能力や雰囲気で決めるので、新作のときとは選ぶ基準もまた違います。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(28)につづく。
 

アーキタンツ・トレーニング・プログラムでのキリアンWSより

インフォメーション

Iwaki Ballet Company『Ballet Gala 2023』
新宿文化センター
2023年5月21日
https://ibc.yukie.net/schedule.html
 

新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/

貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター 
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml

草刈民代プロデュース
『Infinity Premium Ballet Gala 2023』
2023年7月29日・31日
オーバード・ホール(富山公演)
新宿文化センター(東京公演)
https://classics-festival.com/rc/performance/infinity-premium-ballet-gala-2023/

横浜能楽堂 
『芝祐靖の遺産』
2023年8月5日
https://yokohama-nohgakudou.org/schedule/?cat2=7

神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール 
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp

<クラス>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。
 
 
 
 
 
 

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