ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(28)
ヨーテボリとヘルシンキでクリエイション
フリーになってまだ間もないころ、金森穣さんが『ダンス・サラダ・ヒューストン』(アメリカ・ヒューストンで開催されているダンスフェスティバル)から新作を頼まれ、そこにダンサーとして出演することになりました。穣さんは当時NDT2からスウェーデン・ヨーテボリ・バレエ団に移籍したころで、クリエイションのためヨーテボリへ行きました。カンパニーと一緒に稽古をし、穣さんとクリエイションをする、という日々です。
穣さんが創作したのはヘンリック・グレツキー作曲『悲歌のシンフォニー』を使った『Lent e Largo』というソロ作品で、2000年に『ダンス・サラダ・ヒューストン』で初演を迎えました。『Lent e Largo』はその後日本でも上演しています。故・高谷静治さんがプロデュースした公演で、会場は青山円形劇場でした。蝋燭がステージ上に円形に置かれ、私はその中で踊ります。日本での上演の際は蝋燭を一個一個消していく演出があり、それをバットシェバ舞踊団で活躍していた稲尾芳文さんが担当されています。
ヨーテボリではもうひとつ新たな出会いがありました。ある朝いつものようにバレエ団でクラスを受けていたら、見知らぬ男性がやってきて、“彼女は誰だ?”と言い出した。彼はフィンランドの振付家テロ・サーリネンで、ヨーテボリ・バレエ団から振付を委嘱され、キャストオーディションのためにカンパニーに来たところでした。テロに“テロ・サーリネン・カンパニーが今度ヴェネツィアのヴィエンナーレで『風』という作品を発表することになっている。君もそこに出てくれないか?”と誘われ、ヨーテボリでのクリエイションの後、テロのクリエイションのためヘルシンキに向かうことになりました。
テロのカンパニーは熟練のダンサーから意欲的な若手まで幅広い層のダンサーで構成されていて、彼らとのクリエイションはとても刺激的な時間になりました。テロは自らカンパニーのクラスを教えていて、私も毎朝一緒にレッスンしています。テロはもともとバレエダンサーだったので、バレエから自身の新しい表現をどうやって模索していくか、という勉強にもなりました。
テロの振付は独特で、それも私にとってはじめての体験でした。キリアンやNDTの振付家たちにしてもそうですが、たいていクリエイションは振りを最初から順番に塊で仕上げていきます。まずはじめに作品の冒頭からいくつかの塊をつくり、また翌日その続きの塊をつくりーーを繰り返し、最終的に作品の最後に辿り着く。でもテロは違っていて、いろいろなマテリアルをつくって、最後にそれを組み合わせていく。まず身体の中から動きをつくり、そこから本当につくりたいものを見出していく。マテリアルを組み合わせたり、引いたりといった作業を経て、全体を構築していく。その手法は私自身振付をする上で学ぶものが多くありました。
テロの作品は群舞が多く、とてもダイナミックで、私が踊ったことがないタイプでとても新鮮な体験でした。みんなで取り組む作業が多いのも特徴です。男性と踊るデュエットもひとつあって、グリップがとても変わっていたのが印象に残っています。グリップとは男女が組むときに相手を掴む型で、振付家ごとに特徴があります。NDTのダンサーは“キリアングリップ”が身体の中に入っているので、踊っていると自然とそれが出てきたりする。けれどテロのグリップは私には全く思いつかないもので、キリアンのそれとも全然違います。
『風』はヴェネチアで初演を迎え、その後ツアーに出てさまざまな場所へ踊りに行きました。私は途中で子どもが生まれたので踊れなくなり、元NDTのナターシャ・ノヴォテナが私のパートを踊ってくれました。
私が日本に拠点を移したあと、来日公演で日本を訪れたテロと久しぶりに再開することができました。永遠の子どもというのでしょうか、彼はあの頃から全く変わっていませんでした。それはテロに限らず、振付家の共通点のように感じます。
才能に惚れてオーディションに挑戦
その頃のもうひとつ大きな出来事に、ブルーノ・リストパットという若い振付家との出会いがありました。当時ブルーノはロッテルダム・ダンス・アカデミーに在学中の学生で、はじめて彼の作品を観たのも学校の卒業公演でのことした。ブルーノはガールフレンドと一緒にデュエットを踊っていて、強く印象に残るものがあった。スタイルとしてはフォーサイスに影響を受けているような、でも他とは全く異色で特別な感じに思えた。
実際に一緒に仕事をするようになったのは、ブルーノが学校を卒業した後のこと。彼がコルゾー劇場で作品を発表することになり、オーディションでダンサーを募集しているのを知りました。とても興味はあったけど、私はもうすでに30歳近いし……、などと思い悩んだ挙げ句、結局挑戦することに決めました。オーディションを受けたのはNDT2のオーディション以来です。審査内容は“好きなように踊ってください”というもので、オーディションは無事合格です。
以降、ブルーノの作品には何作か出演しています。ひとつは男女数名で踊る『トランジット』という作品で、もうひとつは当時ヨーロッパで盛り上がっていた脳科学を題材にした作品でした。舞台の中にもうひとつ黒い箱があり、日本の能舞台のように小さな入り口がいくつか設けられている。ダンサーは回廊のような場所を出たり入ったりしながら踊ります。
ブルーノはとても深い考えの持ち主で、動きもユニーク。すごくシャイだけど朗らかで、繊細で、神経質で、知的で、直感的で、宇宙でできた果物のジュースを飲んで生きているような、とてもこの世のものとは思えない不思議な人。ブルーノのプロダクションはツアーで各地を回ることも多く、彼との仕事は私のオランダでの活動で大きなベースになっていきました。
ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(29)につづく。
インフォメーション
新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/
貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml
草刈民代プロデュース
『Infinity Premium Ballet Gala 2023』
2023年7月29日・31日
オーバード・ホール(富山公演)
新宿文化センター(東京公演)
https://classics-festival.com/rc/performance/infinity-premium-ballet-gala-2023/
横浜能楽堂
『芝祐靖の遺産』
2023年8月5日
https://yokohama-nohgakudou.org/schedule/?cat2=7
神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp
<クラス>
中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428
中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com
プロフィール
中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。