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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(39)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

“ダンス・パートナー”とのタッグで

首藤さんとの二度目のタッグは2010年の『時の庭』。会場は神奈川県民ホールのギャラリーで、美術家の佐藤恵子さんのインスタレーションとコラボレートした作品です。

出演は私と首藤さん、あと青木尚哉さんのトリオで踊っています。青木さんは彩の国さいたま芸術劇場で上演した初期の振付作『Lost Things』(2003年)に出てもらっていて、その後Noismでもご一緒したりと、古くから何かと縁がありました。

当時はまだ首藤さんと私は知り合ったばかりで、相手のことがよくわからないころ。何かひとつのことを通してお互いが対話ができるものがあればと考えた。そこで用いたのがアメリカの女流詩人エミリー・ディキンソンの詩集で、それを中心に作品をつくろうということになりました。

ディキンソンは1800年代に生きた人で、当時はあまり女性が活躍することがなかった時代です。彼女は生きている間に1回だけコンクールに詩を出したものの、あまり良くないフィードバックをもらい、それきり発表はせず一生を終えた。生きてる間は全く知られないままでした。

彼女の死後、ラブレターのような手紙が見つかっています。ただそれも書いただけで、投函されてはいない。投函されなかったこともそうだし、彼女の生き方自体もとても切ない。相手に伝わらないけれど、気持ちを書きつけて、投函せずに、自分の中に溜めておく。彼女は晩年目が悪くなり、家に引きこもるようになってしまった。彼女の家の周りが大きな林になっていて、目が見えなくても、勝手知ったる場所だから歩くことはできる。佐藤さんのインスタレーションは林のようで、そこで彼女が彷徨っているような、そんなイメージから作品がつくられていきました。

『時の庭』

最悪のクリエイション

2009年から2010年にかけて、年に5作品ほど発表しています。忙しくはあったけど、もともとオランダでも猛烈に仕事をしていたので、そこはあまり変わりません。オランダ時代は日本から帰ってスーツケースをばらし、2時間休んだらロンドンに行き、そのままドイツに行って、アメリカに行ってーーということも当たり前にありました。18歳でプロになってから絶え間なく仕事をしてきたので、私にとってはむしろ普通の状態です。ただ『Shakespeare THE SONNETS』を機に、それも少し改めることになりました。

『Shakespeare THE SONNETS』再演時のリハーサル

『時の庭』を観に来た当時の新国立劇場のプロデューサーが作品を気に入ってくださり、新国立劇場で一度作品を発表しませんかと声をかけてくださった。それがきっかけで誕生したのが『Shakespeare THE SONNETS』でした。

パートナーは首藤さん。作中には首藤さんと私が双子という設定で踊るシーンがあり、後でビデオを見たらどちらがどちらかわからないくらい似すぎていてびっくりしたことがありました。もしかすると骨格が似ているのかもしれません。骨が大きくしっかりしていると、舞台で見ると骨格が踊って見えたりする。それで似て見えたのでしょうか。

初演が2011年9月で、2013年に再演をして、その両方でツアーもしているので、いろいろな場所で踊った作品です。その後2020年に新国立劇場で再々演をしたときは、バレエ団の小野絢子さんと渡邊峻郁さん、首藤さんと米沢唯さんが踊っています。

『Shakespeare THE SONNETS』新国立劇場再演。米沢唯(右)と。

シェイクスピア作品は基本的にフィクションだけれど、『THE SONNETS』に関してはシェイクスピアの実際の人生のようなものが書かれていて、ノンフィクションのような雰囲気になっている。劇作家なのに、自分自身のリアルな感情が書き込まれている。そこに興味を惹かれ、『THE SONNETS』をテーマに選んでいます。虚構の世界が現実世界の中にぐっと張り込んでくるような、虚構の時間と現実の時間が入り交じったような……。そんなイメージで創作をはじめました。

ただこのときの創作は最悪なものになりました。8月1日から創作がはじまることになり、新国立劇場のスタジオも抑えていました。ところがその直前になり、足の指が突然痛み出した。翌日には足の指も手の指もまるでフランクフルトソーセージのように腫れ上がってきた。首藤さんに「これは普通じゃないからすぐ病院に行った方がいい」といわれ、休日でしたが急患ということで病院に駆け込んでいます。すると「大変残念なお知らせですが、おそらく膠原病です」と言われてしまった。

指先からはじまって、肘や膝までパンパンに腫れてきて、手も動かせなければ、寝られないくらい痛みがひどい。強い痛み止めを飲んでなんとかスタジオに行ったものの、立てないほど疲れ果て、動くどころではありません。劇場近くのホテルに泊まりリハーサルに通ったものの、体調は悪いままです。結果として、首藤さんの動きが多く、私は多くのシーンで静止している作品になりました。

いろいろ検査をしたけれど、本当の原因はわかりませんでした。ただ膠原病ではなく、溶連菌感染の後遺症ではないかともいわれました。いずれにせよ、ストレスが強くかかったり、風邪のような症状が出ると、とたんに身体が反応してしまう。手足の指が少しでも痛くなったら、それが私のバロメーター。この経験を経て、仕事を詰め込みすぎないよう、活動体系を変えることになりました。

『Shakespeare THE SONNETS』新国立劇場再演。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(40)に続く。

インフォメーション 

<クラス>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。
 
 

 

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