金森穣Noism0『愛と精霊の家』インタビュー!
昨夏新潟で一夜限りの上演を果たしたNoism0『愛と精霊の家』。Noism0立ち上げの動機をお聞かせください。
金森>Noismにおける12年の活動は私にとって、創作活動であると同時に教育活動でもありました。それは20人規模の集団をどのように維持/展開させていくかということと密接な関係にあります。舞台芸術における創作が実演家との共同作業であることは自明ですから、質の高い舞台作品の創作には優れた実演家が不可欠です。Noism0という少数精鋭のプロジェクトカンパニーを立ち上げ、身体的にも精神的にも成熟した専門家達と共に、教育ではない、創作という行為と純粋に向き合いたいと考えたのです。
こうしたプロジェクトを手がけようという想いはいつ頃からお持ちだったのでしょう。
金森>19歳からの3年間、私はオランダのNDT2に在籍していましたが、当時そこにはNDT3という40歳から60歳までの舞踊家が所属する少人数のカンパニーがありました。その舞踊団の活動理念、そして成熟した舞踊家たちの表現に私は魅了されていましたから、私の脳裏には常にNoism0のようなプロジェクトがあったと言えるでしょう。そしてNDT3がなくなってしまった今、Noism0をNoismの正式な活動のひとつと位置づけることが、私の野心であり、舞踊芸術界における責務ですらあると感じています。

Noism0『愛と精霊の家』撮影:篠山紀信
昨夏の初演時の手応えはいかがでしたか?
金森>非常に大きな手応えを感じています。しかし昨夏は新潟限定の1回公演でしたから、満席の会場の熱気と共にまるで幻であったような気さえします。今夏は埼玉と新潟合わせて3回上演できますから、作者としても演者としても、よりこの作品の内実に触れ、観客のみなさまと共に「愛と孤独」「死と精霊」についての考察を深めたいと考えています。
テーマに“愛と死”が掲げられています。“愛と死”というテーマに着目した理由、心境とは? 歳を重ねたことで、このテーマについて何か意識は変わりましたか?
金森>愛と死に対する考察は、太古の人間が「なぜ」という問いを抱いた瞬間から続いているものでしょう。そしてその問いに対する答えが見つからないからこそ、私たちは今もなお芸術創造を通じ、その問いを発し続けているのでしょう。