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Noism設立20周年! 芸術総監督 金森穣インタビュー

日本初の公共劇場専属舞踊団として2004年にりゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館に誕生したNoism。設立20周年を迎えた今、芸術総監督・金森穣が想うこととはーー。Noismの20年とこれからの展望を聞いた。

20周年記念公演は『Amomentof』『セレネ、あるいは黄昏の歌』のダブルビルで、地元・新潟と埼玉で上演されます。20年の歴史を踏まえ、今この作品を発表しようと考えた理由とは?

20周年記念公演に向け、佐和子からまず「つくりたいものをつくってください」という話がありました。じゃあどんな作品がいいだろうといろいろ考えてはみたけれど、自分の中でなかなかまとまらなくて。回顧的に過去20年のオムニバス作品をつくってもあまり面白くはないし、どうせなら新しいチャレンジもしたい。しばらく悶々としていましたね。

『Amomentof』リハーサル 撮影:遠藤龍

 

マーラー第3番第6楽章は昔から好きで、ずっと聴いていた曲でした。あるとき久しぶりに聴いて、やっぱりいいなと改めて想って。ここまで長い交響曲を使ってNoismで作品をつくったことはなかったので、じゃあこの機会にこれを形にできないかと取り組んだ形です。それが『Amomentof』。Noism0+Noism1+Noism2総出演の作品で、実際つくっていて楽しいし、新しい挑戦だなと感じています。

クリエイションは昨年のうちからスタートして、意外とサクサク進んでいます。振付自体は基本的に早い方ですね。ラフスケッチまではバーッとつくって、稽古を重ねていく。演出構成的にいろいろ試し、取捨選択を重ねる。そこにより多くの時間を費やします。

振付はたいていその場で出てきます。音楽はすでに聴き込んでいるので、自分の中にある種の世界観は見えている。それを踏まえた上で、佐和子とスタジオに入ったとき生まれるもの、他のメンバーだったらその子とスタジオに入って音楽を聴いているときに出てくるものがある。振付対象となる舞踊家のイメージに影響されるものは大きく、人が違えば当然出てくる動きも違います。

具体的な物語はなく、全く新しい、今までの系譜とはまた違った作品になっています。あえて分類するとしたら、アカデミック寄りの作品でしょうか。舞台はNoismでみんなが毎朝行っているNoismバレエのレッスンからはじまります。

『Amomentof』リハーサル 撮影:遠藤龍

 

舞台上に唯一バーだけがある。そこでレオタードを着た舞踊家たちが朝の稽古をしている。バーを動かして空間を構成しつつ、その中であるひとりの女性舞踊家が見た20年の来歴がドラマとして展開されていく。女性舞踊家はもちろん佐和子です。この20年を知っているのはもう彼女だけですから。この20年、佐和子は舞踊家として紆余曲折いろいろなドラマをその身に刻んできた。やっぱり佐和子を通して語ることしかできないし、佐和子を軸にした作品になるというのはもう最初から見えていましたね。

創作しながらある程度ゴールは見えているけど、それはあくまでも妄想でしかない。ただ妄想として見えるから、じっとしていられないし、そこに挑まざるを得ない。この海の向こうに絶対に大陸があると思って創作をはじめているので、そこにあるだろうという大陸は妄想しているし、信じています。けれど実際に辿り着いたとき、“こういう大陸だったんだ”なのか、“こんなものか”なのか、“こんなに素晴らしいんだ”なのか、それは作品ごとに違う。実際にそこで出会うものは、妄想通りということはまずない。学びなり発見なり、何かしらの発見を必ず与えてくれますね。

今回振付をしていて、想定外のことはないけれど、想像以上というものはありました。ここのシーンでこういう感じのことが起こるというのは、音楽を聴きながら漠然と思ってはいる。けれど実際にメンバーに入ってもらって、演出して、シーンを展開したとき、図らずもものすごく感動してしまった。そこでこの20年という月日がどんと来た。自分自身それは予期していなくて、こんなに胸にくるんだと驚いた。

日々いろいろなことを選択し、決めて、実践してーー、という繰り返しの中ではあまり実感することはないけれど、自分の中には20年という歳月が確かにあって、ちょっと胸がいっぱいになった。これは想定していなかったです。

『Amomentof』リハーサル 撮影:遠藤龍

 

『セレネ、あるいは黄昏の歌』は5月に黒部の野外劇場で初演を迎え、それを劇場版に演出をし直します。これは昨年黒部シアターで初演した『セレネ、あるいはマレビトの歌』に続くセレネシリーズの第2弾作品で、Noism1とNoism0が出演します。

“セレネ”とはギリシャ神話における月の女神の名称。『かぐや姫』(東京バレエ団委嘱作)にしてもそうですが、ここ数年、月に惹かれる自分がいて。風情や文化的なことはもちろんだけれど、それよりもっと物理的に月が地球に与える影響に興味がある。月の母体であった惑星が衝突をした衝撃で太陽への地軸の向きが変わり、地球上に豊かな四季ができたという説もある。海の満ち引きもそうだし、我々の血流にも影響してる。そういう見えない力に対する関心が強くなっています。

楽曲はマックス・リヒター再構成によるヴィヴァルディ四季を使っています。セレネシリーズの第一作『セレネ、あるいはマレビトの歌』をつくったとき、野外ステージに座りながら、“次につくる作品はめくるめく四季をテーマにしよう”と思い浮かんで。そこからいろいろな楽曲をリサーチし、この曲に辿りつきました。

黒部は野外なので、舞台にあるのは身体と衣裳と音楽のみ。20周年公演は劇場版として少し美術を入れるか構想中ですが、いずれにしてもシンプルな作品になるでしょう。四季がテーマなので、春夏秋冬と季節ごとに若干身体性を変えていて、舞踊家たちは踊りわけなくてはいけない。そういう意味でも身体的にはきつい。今回は両作品ともがっつり踊るので、メンバーは大変だと思います。

『Amomentof』はタイトルにあるように一瞬がテーマで、『セレネ、あるいは黄昏の歌』は循環がテーマ。この20年の中でメンバーが入れ替わりながら20年間循環してきた。両義性というのがNoismにとって、あるいは金森穣にとってはすごく重要で、巡り巡っていくことと同時に、どこかの点に向かう舞踊家の性にもすごく惹かれる。20周年を迎えたNoismを語る上で、切なる一瞬と循環が大きなひとつのテーマになっています。

『Amomentof』の副題は“舞踊が私に語りかけるもの”で、金森穣にとって舞踊とは何かということが表現される。『セレネ、あるいは黄昏の歌』では四季折々の異なる身体性を通し、人間とは何か、そして舞踊集団であるNoismの豊かさが表現されるでしょう。Noismという劇場専属舞踊団の豊かさ、それがこの舞台で見えてくればと思っています。

『セレネ、あるいは黄昏の歌』リハーサル 撮影:遠藤龍

 

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