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Noism設立20周年! 芸術総監督 金森穣インタビュー

日本初の公共劇場専属舞踊団として2004年にりゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館に誕生したNoism。設立20周年を迎えた今、芸術総監督・金森穣が想うこととはーー。Noismの20年とこれからの展望を聞いた。

2022年に新体制Noism Company Niigataとなり、金森さんは芸術総監督に就きました。契約もそれまでの3年ごとの更新から、5年ごとの更新に変わり、現状2027年までの契約とされています。

少し前から個人的にもそろそろ体制的に限界だなと感じていたので、新体制の発足はちょうどいいタイミングではありました。

この国にこういう環境がなくなることをどうしたら避けられるか、所属している舞踊家なりスタッフなりがやりがいを感じ、献身できる環境をどうしたら整え、残していけるか、常に考えてきた。でもそれもちょっときついなという気持ちになっていた。

どうしたら芸術監督が金森穣でなくても回していけるか、充実した活動ができる枠組みをつくれるか、どうやったらそれを残していけるか。そのために頑張ろうと思ったのが今回5年間の契約を引き受けた理由のひとつ。ただそうした改革や理解の促進は本当に時間かかるので、残された時間でできるかどうかというのはある。

『Amomentof』リハーサル 撮影:遠藤龍

現在の制度では芸術監督は2期10年までと制定されているので、2027年でもう1度契約更新できるということにはなっています。ただ個人的には最初の5年で辞めるつもりで引き受けているので、そうするとあと3年半しか残されていない。1年後にはもう次の芸術監督の選定に入らなくてはなりません。けれどそのためにどういう基準で、どういう選定方法で、誰にお願いするのか、といったことも全く定まっていないのが実情です。

このまま何も変わらないのなら、自分が変わらないといけない。自分が変わるひとつの可能性として、辞めるという選択肢が常にあります。とりあえず続けるために何かをしたり、闘わずに済ますというのは、自分の見えている可能性や自分が信じている劇場文化の有り様にはそぐわない。自分が目指している環境にはまだまだ全然足りていないので、だから闘い続けるし、新潟のりゅーとぴあでそれが無理ならば、もう辞めるしかないなと思う。

もし自分がりゅーとぴあを離れたとして、Noism自体は残るのか、そういうこともまだ明確になってはなくて。舞踊に限らず何かしらの集団をレジデンスさせるという制度なので、もしかすると演劇の集団になるかもしれないし、音楽になるかもしれないし、舞踊だとしてもNoismではない可能性もある。

レジデンシャル制度というものの要項自体がまだそこまで煮詰まっていない。それをあと残り3年半でできる限り決めて次の人に渡したい。もし渡せる人がいないとして、金森穣に継続してほしいのなら、新潟市なり財団なりが体制を変化させてくれないと、今のままではもう無理だと考えています。

『セレネ、あるいは黄昏の歌』リハーサル 撮影:遠藤龍

 

新潟で20年間やってきて、この国のひとつの自治体における劇場の在り方として、これは成立するんだと、豊かな文化足り得るんだと、独自の文化が世界に発信できるんだと、国からも評価されるんだということを立証した。これは大事なことだと思う。Noismとして賞をいただいたこともあるし、芸術監督が賞をいただいたこともあるし、舞踊家が賞をいただいたこともある。ひとつの劇場専属舞踊団の可能性として、地方自治体から文化を創造、発信することができるということは立証できた。

けれどもし“じゃあ私は辞めます”と言って、新潟からNoismがなくなったとしたら、この20年間新潟市は何をやってきたんですか、何が残っているのですか、ということになる。市も財団もそこに向き合わなければいけない。

100年後のその先まで続く文化、劇場文化100年構想をずっと変わらず言い続けてきました。20年が経ち歳月としては5分の1が過ぎたわけだけど、達成度としては10%くらい。なぜなら、やっていることが変わらないから。芸術監督はじめ舞踊家もスタッフもみんな相変わらずフリーランスとして年間契約をして、作品をつくって、ワークショップをしてーーという、枠組み自体は何も変わっていない。

もちろんNoism2ができたり、Noism0ができたり、海外ツアーに行くようになったり、オープンクラスをはじめたり、いろいろ事業は展開しているから、Noismという舞踊団の活動内容自体は充実してるし、スキルも変わってはきてはいます。だけどそれを取り巻く環境は全く変わっていない。金森穣としてはそれを変えたくて闘っているのだけど。

『Amomentof』リハーサル 撮影:遠藤龍

 

この20年で、地元・新潟に着実に根付き、元Noismメンバーが今各地で活躍しています。それは大きな成果では?

確かにこの20年という歳月の中で根付いてきたものはある。当初40代だったお客さまがその娘さんと来るようになって、またその孫が来てと、3世代で来てくれる方もいます。地域の中高ダンス部もどんどんレベルが上がっていて、今はNoismのメンバーが振付に行くことも度々あります。

元Noismメンバーにしてもそう。これだけ朝から晩まで身体と向き合える環境というのはなかなか日本にはないので、その環境にいた子たちがオーディションで選ばれやすいとか、プロジェクトに声がかかりやすいというのは当たり前だと思う。もちろん彼ら個々人の才能もあるだろうけど、才能を伸ばせる、才能を開花させられる時間と場所を提供してあげることが何より大事だと思うので。同時にそうやってNoismで若い頃に才能を開花させた子たちが、日本の厳しい環境の中でフリーランスとして苦労しているのを見ると、そうだよねって思う。悲しいというか、しょうがないよなと思う。

『セレネ、あるいは黄昏の歌』リハーサル 撮影:遠藤龍

 

Noismを立ち上げた当初から、このままだとコンテンポラリーダンスは続かないだろうなというのは個人的にはわかっていました。2000年代に入ってから、コンテンポラリーダンスがコンセプト重視でトレーニングをしなくなってきた。だからNoismではトレーニングメソッドが必要だと考えて活動してきた。なぜバレエが残っているかと言ったら、やっぱりメソッドがあって、トレーニングを重視しているから。コンセプト至上主義ではなく、実演家のクオリティと、その背後にある練習の時間と質、最低限これだけのお金を払い、2時間なり座っている時間をかけるだけの質があるという信頼が保てないとやっぱり成り立たない。

コンテンポラリーダンスはどちらかというとハプニング系や奇をてらった方向にいきがちで、そのときすごく面白いものができたとしても、次の作品で上手くいかなかったりする。そうやって消費されていった気がします。実際、最近は東京から聞こえてくる情報がどんどん減っている。コンテンポラリーダンスで今注目を集めている振付家はと尋ねても、若手の名前が上がってこない。自分と同世代か、もしくは先輩たちの名前がいまだに出てきたりする。かつては朝日舞台芸術賞、トヨタコレオグラフィーアワードなどもあったけど、企業が賞を辞めてしまって、社会的に名前が聞こえる機会が以前より減ってしまったというのもあるでしょう。そうなるとやっぱり残っていくのはきついですよね。

『Amomentof』リハーサル 撮影:遠藤龍

 

この20年で日本のダンスシーンも大きく変わりました。とりわけ昨今は劇場不足や劇場離れなど、舞踊を取り巻く問題が多く聞かれます。日本唯一の公共劇場専属舞踊団を率いる立場として、そうした現状をどう考えますか?

劇場が単なる箱になってしまってる。だから経営不振なので閉じようなど、利益重視の判断になってしまうのでしょう。劇場専属の集団がいれば、集団の社会的存在意義だとか、この国の文化に対する影響を考える。そんなに簡単に壊したり閉じたりはできないはずで、だからこそ劇場専属の集団が必要だと思う。

劇場に人がなかなか行かなくなっていると言うけれど、要するに選ぶようになっているだけのような気がします。経済的に豊かで、みんなお金も時間もあり、いろいろなプロジェクトがあって、あれもこれも観ることができるときは、ちょっと注目を浴びればお客さんも集まったかもしれない。だけど今は、ある程度のクオリティをもって本気で向き合っていないと、お客さんもすぐにそれがわかって、もういいやと離れていってしまう。お客さんも経済的にキツければ何回も観には行けないし、そうしたら選びますよね。これはもう見なくていいけど、これだけは外せないと。

これだけはという集団になり続けていられるかどうか。我々だって新潟市がやろうと言ってくれたからやっているというよりは、お客さんが足を運び続けてくれているから存在意義がある。もしお客さんがどんどん減っていたら、我々がやりたいと言っても意味がない。次の公演も1人でも多くの方に来てほしいと思ってやるわけだし、観ていただいたお客さんにはこれからもNoismを観なきゃと思っていただけるように頑張っていかなければいけないし、実際そうしているつもりです。

『セレネ、あるいは黄昏の歌』リハーサル 撮影:遠藤龍

 

Noismの今後の行方、そして芸術総監督としてこの先の展望をお聞かせください。

新潟市、そして財団とどこまで協議をして、何を改善して、何を残していけるか。自分が残りの3年あまりで何をするかはもうそれに尽きますね。金森穣というひとりの振付家としてはいろいろな機会があるので、そういう機会をいかしつつ、新しい出会いを求めて動いてはいく。

ただ世の中の動向も含め、この先のことはわからない。自分としては劇場文化100年構想を言い続けてきた。20年前は実績がなかったけれど、同じことを言っていた。ただ、今は実績がある。20年前も今も言ってることは変わらなくて、この先も闘い続けていくでしょう。

『FratresⅡ』(2019) 撮影:篠山紀信

 

 

プロフィール

撮影:篠山紀信

金森穣
Jo KANAMORI

Noism Company Niigata芸術総監督
演出振付家、舞踊家 。17歳で単身渡欧、モーリス・ベジャール等に師事。ルードラ・ベジャール・ローザンヌ在学中から創作を始め、NDT2在籍中に20歳で演出振付家デビュー。10年間欧州の舞踊団で舞踊家、演出振付家として活躍したのち帰国。'03年、初のセルフ・プロデュース公演『no・mad・icproject ~ 7 fragments in memory』で朝日舞台芸術賞を受賞し、一躍注目を集める。'04年4月、りゅーとぴあ舞踊部門芸術監督に就任し、日本初となる公共劇場専属舞踊団Noismを立ち上げる。海外での豊富な経験を活かし次々に打ち出す作品と革新的な創造性に満ちたカンパニー活動は高い評価を得ており、サイトウ・キネン・フェスティバル松本での小澤征爾指揮によるオペラの演出振付を行う等、幅広く活動している。平成19年度芸術選奨文部科学大臣賞、平成20年度新潟日報文化賞、第60回毎日芸術賞ほか受賞歴多数。令和3年紫綬褒章。

 

公演情報

Noism Company Niigata 20周年記念公演 Amomentof

[新潟]2024年6月28日(金)〜6月30日(日)
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館〈劇場〉

[埼玉]2024年7月26日(金)〜 7月28日(日)
彩の国さいたま芸術劇場〈大ホール〉

問合せ:りゅーとぴあチケット専用ダイヤル
025-224-5521(11:00-19:00 / 休館日除く)
https://noism.jp/amomentof-20th/

 

 

 

 

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