Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(9)
「OTHERLAND」
『Orime no ue』
演出振付:アレッシオ・シルヴェストリン
出演:井関佐和子、宮河愛一郎、藤井泉、櫛田祥光、中川賢、青木枝美、真下恵、藤澤拓也、後田恵、計見葵、宮原由紀夫
『Stem』
演出振付:稲尾芳文&K.H.稲尾
出演:井関佐和子、宮河愛一郎、藤井泉、櫛田祥光、真下恵、藤澤拓也
『Psychic 3.11』
演出振付:金森穣
出演:井関佐和子、宮河愛一郎、藤井泉、中川賢、金森穣
初演:2011年5月27日
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館(新潟)、滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール(滋賀)
外部振付家招聘企画第4弾「OTHERLAND」。アレッシオ・シルヴェストリン振付作は『Orime no ue』で、2005年7月の『DOOR INDOOR』に続き2度目の招聘でした。
『DOOR INDOOR』のときとはメンバーがほとんど入れ替わっていて、そういう意味では私に委ねられる部分が多くありました。前回の作品ではセリフを話す方が多かったのですが、「SAWAKO、今回は踊ってもらうよ!」と言われ、このときは30分の作品を最初から最後まで踊り続けています。本当に大変でした。穣さんでさえ「よく頑張った」と言ったくらいです。
アレッシオの場合、振りをただ真似るのを嫌い、むしろ彼自身になってほしいといういう気持ちがあると思います。けれどアレッシオ自身特殊な身体の持ち主で、異様に脚が長くて、腕が長い。だからそう簡単にはいかず、その作業を必死にやっていた感じです。アレッシオもまたプッシュがすごくて、「ゴーゴーゴーゴー!」と追い込んできます。
作品は能の舞台がイメージされていて、動線にしてもそう。床にはテープが張ってあり、フィボナッチ数列に基づいた細かい指示が下されています。最初はなかなか理解ができなくて、とりあえず線に必死に沿って歩くところからはじめています。しかし求められる身体の軌道や動線を舞踊家が描き出すことができると、観る側の想像力を掻き立て、実際起こっている出来事以上のものを感じることができる。アレッシオの天才的なイメージを垣間見て、やっぱり彼は芸術家なんだなと改めて実感させられました。
稲尾振付作は『Stem』。2006年11月の『Siboney』に続き、やはり2度目の招聘でした。
稲尾さんは「気に入った人だけでつくります」ということで、最終的に出演者は6人だけになりました。ゲスト振付家としては珍しいことです。
稲尾さんにはオハッド・ナハリンの身体性が染みついていて、動きとしてはやはり全体的にバットシェバの雰囲気です。バットシェバはベイビーハンドといって、指先に力を入れず、手を軽く丸めて踊ります。一方Noismは薬指に負荷をかけて、腕にハリを持たせて踊る。そこはある意味対極です。
稲尾さんは肉食動物のよう。マグマ的で、肉感がすごい。彼の中にあるグツグツしたものが突然出てきて、「え、こんなこと舞台でするの?」「こんなポーズするの?」なんてことをさらっとさせてしまいます。
私自身オハッドが大好きということもあって、稲尾さんの創作はとても楽しい時間でした。ただ私が調子に乗ってやりすぎては、「サワちゃんね、動きすぎ。もっとシンプルでいいんやけどな……」とよく言われたものでした。それは今でもたまに穣さんに言われますね。舞踊家って動きたくなってしまうんです。悪いクセです。
同時上演は金森穣作『Psychic 3.11』。「ZONE」の一作です。
「ZONE」の『psychic』をもとに、3.11バージョンにつくり直しました。衣裳も変わって、初演は稽古着でしたけど、このときは中嶋佑一さんが手がけています。
初演のときは、穣さんが直感的に踊ったものを受け取って、私たち舞踊家があたかもその瞬間に動きが生まれたかのように踊っていました。完全に振付に合っていなくても、音に合っていなくてもいい。瞬時に衝動により生まれたような動きです。大変だったのが振り起こしです。私は自分の動きなので感覚的にわかるけど、初演に出ていなかった藤井泉と中川賢は苦労したと思います。藤井はこのとき初演で中野綾子が踊ったパートを踊っています。
『Psychic 3.11』では、最後に穣さんが出てくるシーンを加えています。ここでジェームズくんが再び登場しました。穣さんはジェームズくんと同じ格好をして出てくるので、改めて写真を見ると、どちらがどちらか混乱します。
最後にみんなが倒れていき、私ひとり立ちつくす。バッハのうつくしい音楽が流れて、穣さんと私はお互い1度も触れずパ・ド・ドゥを踊る。見えないものと踊る。そこにはメタファーが入っていて、3.11への追悼の意味が込められています。
穣さんと私は、身体の構造も重心の使い方も違い、身体の柔らかいところも違う。でもユニゾンを二人で踊ると驚くほど合うんです。写真で見ても同じような形をとっています。穣さんとユニゾンを踊ると、自分がすごくいいダンサーだと思えてしまう。穣さんはよく「俺、佐和子に合わせているから」と言うけれど、私は「いやいや、私が穣さんに合わせているから」と言う。ただ動きをよくよく見ると、ぴたりと合っているわけではなくて、一方はかかとで回り、一方はつま先で回っていたりと、ちょっとした違いはところどころ出てきます。二人が合って見えるのは、きっと曲線や螺旋の描き方が似ているから。隣で動いている穣さんから出る風やエネルギーが見えるんです。それはたぶん合わせようと思ってもまずできません。
「サイトウ・キネン・フェスティバル松本2011」
『青ひげ公の城』/『中国の不思議な役人』
オペラ『青ひげ公の城』op.11
演出・振付:金森穣
指揮:小澤征爾
管弦楽:サイトウ・キネン・オーケストラ
出演:マティアス・ゲルネ(バリトン)、エレーナ・ツィトコーワ(メゾ・ソプラノ)、アンドラーシュ・パレルディ、
井関佐和子、宮河愛一郎、藤井泉、櫛田祥光、中川賢、青木枝美、真下恵、藤澤拓也、計見葵、宮原由紀夫、亀井彩加、角田レオナルド仁、廣川沙恵、堀川美樹、池ヶ谷奏、梶田留以、菅江一路、鈴木奈菜、関祥子、平間文朗
バレエ『中国の不思議な役人』op.19
演出・振付:金森穣
指揮:沼尻竜典
管弦楽:サイトウ・キネン・オーケストラ
出演:井関佐和子、宮河愛一郎、藤井泉、櫛田祥光、中川賢、青木枝美、真下恵、藤澤拓也、計見葵、宮原由紀夫、亀井彩加、角田レオナルド仁、廣川沙恵、堀川美樹、池ヶ谷奏、梶田留以、菅江一路、鈴木奈菜、関祥子、平間文朗
初演:2011年8月21日
会場:まつもと市民芸術館〈主ホール〉
『青ひげ公の城』はオペラ作品で、小澤征爾さんが指揮しています。小澤さんとの共演はいかがでしたか?
今でも忘れられません。世界の小澤はものすごく怖いものがありました。音楽だけがどうこうではなく、小澤さんの存在自体全てが怖かったのです。彼自身演出家のような目を持っていて、小さい埃ひとつ見逃すことはない。そんな印象を受けました。
舞台上に大きなミラーを置いています。私たちは1枚の大きなミラーを頼んでいたけれど、予算の関係で、現地に着いたら3枚のミラーが用意されていた。つなげても線が入ってしまいます。それを見た小澤さんが、「何だあれは! その線はなんだ!」と言い、そこからもう大騒ぎ。ミーティングを重ねて、きれいに見せる方法を考えて、クリエイターのみなさんが徹夜でずっと作業をしてーー。穣さんと舞台美術デザインの田根剛さん、照明の伊藤雅一さんは本当に大変だったと思います。田根さんなんて、最後の日には坊主になっていましたから。坊主にでもしないとやっていられない、というくらいの心境だったのでしょう。
後に「サイトウ・キネン」のツアーで中国に行き、『青ひげ公の城』を上演しています。私たちの出番の前にチャイコフスキーのセレナーデのオーケストラ演奏があり、袖で聴いていたら、あまりのうつくしさに泣けてきた。自分の本番前です。そのとき、小澤さんの存在の偉大さを肌で感じた。全てのオーケストラ奏者が小澤さんに向かう集中力がすごいんです。真のカリスマです。
キャストも一流のアーティストがそろいました。
『青ひげ公の城』に主演したオペラ歌手の男性は海外ゲストで、世界的にも名の知れた方でした。事前に「一流のオペラ歌手は演出家の言うことを聞かない人が多いから気を付けろ」と忠告があり、私たちも少し身構えていたんです。ただ彼は穣さんの意図をきちんと聞いてくれたようです。大変だったのが主演の女性でした。「サイトウ・キネン」に出ること自体アーティストにとって栄誉であり、彼女自身プリマとして評価されていた。でも穣さんは、彼女たち歌手に対して、「なるべく演じてほしくない」と抑制した。穣さんとしては、私たち舞踊家の身体があり、そこに歌い手がいて、相対的に持っていきたい、という考えがあった。でも彼女にしてみれば、せっかく自分の表現を見せられる場なのに、日本人の若い演出家が「動くな」と言う。不満があったのでしょう。
後々イタリアで『青ひげ公の城』を再演していますが、そのときは彼女のアンダースタディだった女性が主役を演じています。その女性はすごく意欲的で、穣さんの演出を「理解できる」「すごく挑戦的で楽しい」と言っていた。やっぱり人によって全然違います。
あのとき穣さんは、「オペラはもう2度と嫌だ、もう絶対に無理だ」と思ったそうです。でも「今ならもう少し歌手の気持ちも理解できるかもしれない、もう1回試してみたい」と言っています。チャンスがあれば、また挑戦するかもしれません。
『中国の不思議な役人』にはNoism1とNoism2が総出演しています。
新潟で創作をして、松本に持って行きました。松本には2ヶ月弱滞在しています。舞台装置も大掛かりで、大きい空間で、スタッフさんがたくさんいたからできた作品でした。私自身もやりがいのあった作品です。
穣さんが台本を書いています。ベジャールさんの有名な同名作がありますが、それとは解釈が違っていましたね。
私は売られてしまう少女の役で、名前はミミ。中川賢が役人を踊っています。役人は人形という設定で、それもすごく穣さんらしいところ。役人が首を吊られるシーンでは、賢の後ろに黒衣役の櫛田祥光がいて、二人ともハーネスをつけて浮かんでいます。賢も大変だったけど、祥光はもっと大変でした。黒衣はお面を被っているので息がしにくく、その上激しく踊った直後に吊られていく。ハーネスは股の根元につけるので、動脈がどんどん締め付けられて、息が上がっているからなおさら苦しい。かなりハードな役でした。
Noismが生演奏で踊ったのはこれがはじめてで、しかもサイトウ・キネン・オーケストラは一流の音楽家が集まっています。やはり特別でした。
私のミミ役はクラリネットでソロを踊ります。あるときひとりでスタジオで練習をしていたら、ボストン交響楽団の首席クラリネット奏者の方がやってきた。ビルさんという方で、「一緒に練習しよう」と声をかけてくださいました。生演奏だとやっぱり踊りも変わってきます。稽古開始当初は、ビルさんの演奏はすごくゆっくりで、それに合わせている感じでした。この2人だけの稽古で、私の意図や彼が求めるシーンの解釈などを理解し合い、本番では彼と一緒に呼吸をしている感覚でした。最初の一音が出たとき、心が震えた。言葉では表現できない、繋がりを感じたんです。すごく刺激的でした。生演奏で踊る醍醐味を味わいました。
Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(10)につづく。
プロフィール
井関 佐和子
Sawako ISEKI
Noism Company Niigata国際活動部門芸術監督 / Noism0
舞踊家。1978年高知県生まれ。3歳よりクラシックバレエを一の宮咲子に師事。16歳で渡欧。スイス・チューリッヒ国立バレエ学校を経て、ルードラ・ベジャール・ローザンヌにてモーリス・ベジャールらに師事。’98年ネザーランド・ダンス・シアターⅡ(オランダ)に入団、イリ・キリアン、オハッド・ナハリン、ポール・ライトフット等の作品を踊る。’01年クルベルグ・バレエ(スウェーデン)に移籍、マッツ・エック、ヨハン・インガー等の作品を踊る。’04年4月Noism結成メンバーとなり、金森穣作品においては常に主要なパートを務め、日本を代表する舞踊家のひとりとして、各方面から高い評価と注目を集めている。’08年よりバレエミストレス、’10年よりNoism副芸術監督を務める。22年9月よりNoism Company Niigata国際活動部門芸術監督。第38回ニムラ舞踊賞、令和2年度(第71回)芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
Noism
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館を拠点に活動する、日本初の公共劇場専属舞踊団。プロフェッショナル選抜メンバーによるNoism0(ノイズムゼロ)、プロフェッショナルカンパニーNoism1(ノイズムワン)、研修生カンパニーNoism2(ノイズムツー)の3つの集団があり、国内・世界各地からオーディションで選ばれた舞踊家が新潟に移住し、年間を通して活動。2004年の設立以来、りゅーとぴあで創った作品を国内外で上演し、新潟から世界に向けてグローバルに展開する活動(国際活動部門)とともに、市民のためのオープンクラス、学校へのアウトリーチをはじめとした地域に根差した活動(地域活動部門)を行っている。Noismの由来は「No-ism=無主義」。特定の主義を持たず、今この時代に新たな舞踊芸術を創造することを志している。https://noism.jp/







