Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(11)
「ZAZA―祈りと欲望の間に」
『A・N・D・A・N・T・E』
演出振付:金森穣
出演:宮河愛一郎、藤井泉、中川賢、真下恵、青木枝美、藤澤拓也、宮原由紀夫、亀井彩加、角田レオナルド仁、石原悠子(準メンバー)
『囚われの女王』
演出振付:金森穣
出演:井関佐和子
『ZAZA』
演出振付:金森穣
出演:井関佐和子、宮河愛一郎、藤井泉、中川賢、真下恵、青木枝美、藤澤拓也、宮原由紀夫、亀井彩加、角田レオナルド仁、石原悠子(準メンバー)
初演:2013年5月24日
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館(新潟)、KAAT神奈川芸術劇場(神奈川)、静岡芸術劇場(静岡)
3部作で構成された「ZAZA―祈りと欲望の間に」。『ZAZA』のテーマになったものとは?
副題にある通り、欲望をテーマにした作品です。穣さんがみんなに「舞台上でしたいことを書いて」とアンケートをとり、それを作品に反映しています。誰かは「歌を歌いたい」と言って『リンゴの唄』を歌ったり、誰かは「下着姿で踊りたい」「落書きしたい」「エカテリーナになりたい」と言ったりと、みんなのしたいことをぎゅっと詰め込んだ。だから、とにかくカオスでした。
私は「舞台上でタバコが吸いたい」と書きました。そうしたら実際に吸うことになって、私の周りで全員が一気にマッチで火をつけるシーンができた。ちょっとしたホストクラブのようです。客席からも火が見えるようにと、普通の2倍くらいの大きさのマッチにしたので、正直すごく熱かったのですが。「ジゼルを踊りたい」とも書いています。私、子どものころからジゼルが大好きなんです。作中に宮河愛一郎とパ・ド・ドゥを踊るシーンがあって、ずっと持ち上げられたまま。このシーンは何だろうと思っていたら、穣さんに「これジゼルだよ」と言われて、これかと(笑)。音楽もジゼルとは全く別物でした。
もうひとつ、アンケートに「カルメンを踊りたい」と書いています。このときは採用されなかったけれど、穣さんの中で引っかかっていたようで、その後原作を読み、Noism設立10周年記念作品として『カルメン』をつくることになりました。
『囚われの女王』はNoism設立後はじめて井関さんに振付けられたソロでした。
舞台上には椅子があり、背後に壁があるだけのシンプルな空間でした。まず穣さんと色紙を買ってきて、壁と床を何色にするか模型をつくるところからはじめています。音楽はジャン・シベリウスの作曲で、フィンランド語で物語が歌われています。塔に女王がいて、青年が助けに行く。そこで門番と出会い、闘い、悪魔が出てきて、最終的に青年が姫を助ける。
当初は物語を字幕にして流す予定でした。でも説明しすぎるのは良くないということになり、結局本番直前になくなっています。私はひとりで4人のキャラクターを踊りわけなければいけません。それも衣裳はタイツだけ。振付は女性振りから男性的な振りまでありハードでした。見返してみると、今では考えられないくらい本当に動きがいっぱいありましたね。
最後に青年が踊るシーンで、ベジャールの『ボレロ』を踊るジョルジュ・ドンのような振りが出てきます。穣さんも私もドンさんのことを心から尊敬していて、彼の踊りが大好きです。でも彼の力強さとエロスの融合を出すのは私の身体では難しい。あの振りをどう表現したらいいか、どうしてもわからない。
公演の昼休憩に穣さんと楽屋でご飯を食べていたときのことです。「穣さん、ちょっとあの振りやってくれない?」と言ったら、穣さんが「わかった」とそれまで食べていたおにぎりをぽんと置いて、私の目の前でおもむろに踊りだした。それがもうすごすぎた。まさに私がやりたいことだった。形はもちろん、力強くて、出てくるオーラにしてもそう。目の前で見た瞬間、「これだ!」と思った。それが間違いでした。
そのすごすぎたものをなぞろうとしてしまった。穣さんを模倣すればそこにいけると思ったのでしょう。でも必死になって踊っても全然違う。力強くやろうと思ったら、堅くなってしまった。でも穣さんに堅さはなかった。しなやかで、ものすごいエネルギーだった。結局最後の最後まではっきりと掴んだものはありませんでした。悔しかったですね。何より4人の役の使いわけが全然できていなかった。もし今やれと言われたら、もっと追求してみたい。いろいろな意味で、自分にとって大きな体験でした。
『A・N・D・A・N・T・E』で印象に残っていることは?
3部作で最後につくったのが『A・N・D・A・N・T・E』。音楽はバッハのヴァイオリン協奏曲 第1番イ短調第2楽章Andanteです。まず普通のスピードで振りをつくって、そのあと音楽を4倍に引き伸ばしていきました。伸びた音楽に合わせて動くので、妙にゆっくりとした違和感のある動きにになる。実験的な作品でした。
テクニックが必要で、特に大変なのが男女のパートナリングです。当初私は出演する予定はありませんでした。ただ穣さんはパートナリングのシーンの創作に私をパートナーとして使うことが多く、このときも全てのパートナリングのリハーサルに付き合っています。
最後のシーンをつくるとき、穣さんは「何か足りない、足りない」と言っていた。本番直前に「佐和子は座れ」と言われ、急遽出演することになりました。「これを読んでいろ」と白い本を渡され、みんなが踊っている後ろで、ひとりプーシキンの詩『花』を読んでいます。エキストラのような形です。座っているだけだったけれど、踊っている人たちのエネルギーを感じるせいか、意外と疲れを感じましたね。
舞台上には軽い紙片が降ってきます。Noismではいろいろ降らせていて、砂も水も米も降ってきた。そういう意味では紙片はまだマシな方です。天から何か降ってくるのは、本当にうつくしい。シンプルに重力を感じ、それに抗うように、寄り添うように舞踊家がいる画が、私は大好きです。
ツアー最終地の静岡公演が終わると、みんなで夜中にスーパー銭湯へ行き、宴会場で宮河愛一郎と藤井泉のさよならパーティーをしています。これで初期メンバーがいなくなった。泉ちゃんとはすごく仲が良かったし、愛一郎とはいいも悪いも含めて一緒にずっとやってきた大切な仲間だった。寂しくて、泣き叫びました。舞踊家の人生は短いので、外へ出て試したくなるのでしょう。それは理解できるけど、何かが抜けちゃった感はすごくありました。落ち込みました。穣さんもそうだったと思います。当時は誰かメンバーが辞めるたび、毎回穣さんと二人で涙を流していました。
『PLAY 2 PLAY―干渉する次元(ver. 2013)』
演出振付:金森穣
出演:井関佐和子、中川賢、真下恵、青木枝美、宮原由紀夫、亀井彩加、角田レオナルド仁、簡麟懿、石原悠子、池ヶ谷奏、吉﨑裕哉 + 金森穣
初演:2013年12月20日
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館(新潟)、KAAT神奈川芸術劇場(神奈川)
『PLAY 2 PLAY』の6年半ぶりの再演となりました。改訂版での上演ですが、初演との違いとは?
初演メンバーが誰もいなくなりました。みんなが去っていく悲しみが強くあったのでしょう。初演は穣さんは出なかったけれど、この再演では自ら舞台に立った。これは大きな変更でした。穣さんが出る時点で、その存在自体が別次元の人物という設定になった。みんなが去っていくという構造ではあるけど、そこに穣さんが踊る男がメタファーとして存在するようになった。去っていくメンバーに対する想いを、感傷的にではなく、形として、構造として見せていこうとしたのだと思います。
初演時は私自身、去っていく人たちを追っている、という感覚はありませんでした。ただ単純に私自身もその渦の中にいて、最終的にみんながいなかった、という認識です。でも再演ではみんなと一緒に行こうとしている自分がいて、それを黒い男が止めている。そして気がついたらみんなが去っていた、という構造になっていた。どのシーンであっても、常に黒いスーツの男が側にいる。言いかえれば、見守ってくれている。私の解釈では、初演時は哀しみのまま静かに終わるのに対し、再演は希望を持って進むというポジティブなものが残る作品になりました。
どちらかというと、初演の方が穣さんがリアルに思ったことを作品としてつくったように感じます。再演の方が客観的になり、作品に普遍性が生まれ、もっと観客に届くようになった。踊り手にしても作家にしても、表現する側が想いを込めすぎるとあまり伝わらないことが多い。線を引くことで、より届くことがある。そういう意味でも忘れられない作品です。
Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(12)につづく。
プロフィール
井関 佐和子
Sawako ISEKI
Noism Company Niigata国際活動部門芸術監督 / Noism0
舞踊家。1978年高知県生まれ。3歳よりクラシックバレエを一の宮咲子に師事。16歳で渡欧。スイス・チューリッヒ国立バレエ学校を経て、ルードラ・ベジャール・ローザンヌにてモーリス・ベジャールらに師事。’98年ネザーランド・ダンス・シアターⅡ(オランダ)に入団、イリ・キリアン、オハッド・ナハリン、ポール・ライトフット等の作品を踊る。’01年クルベルグ・バレエ(スウェーデン)に移籍、マッツ・エック、ヨハン・インガー等の作品を踊る。’04年4月Noism結成メンバーとなり、金森穣作品においては常に主要なパートを務め、日本を代表する舞踊家のひとりとして、各方面から高い評価と注目を集めている。’08年よりバレエミストレス、’10年よりNoism副芸術監督を務める。22年9月よりNoism Company Niigata国際活動部門芸術監督。第38回ニムラ舞踊賞、令和2年度(第71回)芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
Noism
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館を拠点に活動する、日本初の公共劇場専属舞踊団。プロフェッショナル選抜メンバーによるNoism0(ノイズムゼロ)、プロフェッショナルカンパニーNoism1(ノイズムワン)、研修生カンパニーNoism2(ノイズムツー)の3つの集団があり、国内・世界各地からオーディションで選ばれた舞踊家が新潟に移住し、年間を通して活動。2004年の設立以来、りゅーとぴあで創った作品を国内外で上演し、新潟から世界に向けてグローバルに展開する活動(国際活動部門)とともに、市民のためのオープンクラス、学校へのアウトリーチをはじめとした地域に根差した活動(地域活動部門)を行っている。Noismの由来は「No-ism=無主義」。特定の主義を持たず、今この時代に新たな舞踊芸術を創造することを志している。https://noism.jp/








