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バレエ、ダンス、舞踏、ミュージカル……。劇場通いをもっと楽しく。

93歳のバレリーナ 雑賀淑子(10)

戦時中にダンスをはじめ、パリ留学を経て、小牧バレエ団のプリマとして活躍。サイガバレエを主宰し、93歳となった今なお現役を続ける雑賀淑子さん。そのバレエへの愛と半生を語ります。

バレエだけをみつめて生きる

パリの劇場は開演が夜の8時~8時半で、終わるのが11時くらい。アパートに帰るのは12時過ぎです。帰宅するころにはもう何をする気力もなくなっていて、角砂糖を舐めて、水を飲んでそのままベッドに入る。翌日もまたレッスンです。そんな日々が続きました。

部屋を貸してくれたフランス人のおばあさんが、私の食生活のあまりのひどさにあきれ、朝ごはんをたびたび用意してくれました。焼きたてのクロワッサン2つと紅茶のセットです。クロワッサンを食べたのはパリがはじめてで、あれは本当に美味しかった。何しろ戦時中の育ちで、お腹が満たせるのなら何でもいい、食べられるものなら木の根まで食べていた世代です。だから食には無頓着だったのかもしれません。

レッスンのしすぎと夜ごとの劇場通いで、疲れがピークになっていました。12月、オペラを観た帰りのことです。パリの冬はとてつもなく寒く、劇場の外は冷え切っていました。しかも、冷たい雨がびしゃびしゃに降っていて、靴の中に水がどんどん入ってきます。急ぎ足で地下鉄の駅に向かっていたら、突然左の膝がガクンとなって、鋭い痛みが走りました。しばらく動けず、その場に立ち尽くすばかりです。激しさを増した雨の中、なんとか足を引きずってアパートに帰り、ベッドに倒れ込みました。

翌朝起きると、足が痛くてとても歩けない状態です。左の膝が完全に壊れていました。

数日間、ただひたすら寝て痛みをやり過ごしました。けれど膝は一向に良くなる気配がありません。知り合いの日本人留学生に連絡して、窮状を訴えました。彼は東京の北里大学研究所からパリのパスツール研究所に留学してきた医学生でした。私の訴えを聞き、彼は親切にもノートルダム大聖堂に隣接する病院「オピタル・オテル・デュー(神の宿)」に連れて行ってくれました。

レントゲンを撮ると、お医者さまから「膝の中の軟骨が傷んでいる」と告げられました。膝は腫れて盛り上がっています。

お医者さまは、医学生を数人引き連れ、私の膝を見せて何やら説明しています。珍しい症例なのでしょうか。そして当時としては最先端だった新薬のコルチゾンを膝に注射してくれました。きっと高額な治療費を請求されるのだろうとびくびくしていたら、お医者さまは「お金はいりません」と言います。「医学生を治療に同席させて、授業の一貫ということにしたから無料です」ということです。

遠い外国から来た留学生の私のことを考えて、あえて医学生の勉強の場にしてくださったのです。さらに、週1回のコルチゾンの注射を続けるには「オピタル・オテル・デュー(神の宿)」は遠すぎるからと、紹介状を書いてアパートの近所の病院を紹介してくれました。

療養には3ヵ月必要だと言われました。何もできず、ベッドでゴロゴロするばかりです。私の状況を伝え聞いた知人が心配してロンドンからやってきました。そして「膝を傷めたならもうクラシック・バレエは無理だろう。モダンダンスに転向したほうがいい」と言って帰っていきました。

「バレエだけをみつめて生きる」というオルガ先生の生き方に感動して、私自身その生き方を貫こうと決めたところでした。踊れなくなって、もう生きる意味がないと思った。絶望し、この世を去ろうと思い詰めました。セーヌ川を眺めては、いつ飛び込もうかと考える毎日です。

年明けの1月末、日本大使館が遅い新年パーティーを開き、現地にいた日本人が招かれました。外務省の私費留学試験にパスした私は、参加しなければなりません。当時、パリにいた日本人留学生はごくわずか。大使館に呼ばれたのも、ソルボンヌ大学に通う留学生に私を含めた数人です。足を引きずりながら大使館に出向きました。お寿司とシャンパンの立食パーティーでした。

大使館の方と雑談をしていたら、彼が「いや、困っちゃって」と言い出した。「ソルボンヌ大学に留学していた男性がうつ病になってしまって、この前やっと船に乗せて日本へ送り返したんです。そういう人がひとりでも出ると、外務省としては次の留学生を募集することができなくなるかもしれません」と、シャンパンを飲みながらこぼします。人ごとではありませんでした。

もし私がセーヌ川に飛び込んだら、次にフランスを目指す留学生の可能性を潰してしまうかもしれない。これから留学しようとしている人たちにどれだけ迷惑がかかることか。当時は勝手に外国へ行くことは許されておらず、外務省の試験を受けるか、特別な仕事がない限り許可は出ない。死ぬに死ねない、とにかく生きていなきゃダメだと決めた。思いとどまるしかありませんでした。

 

93歳のバレリーナ 雑賀淑子につづく。

 

プロフィール

photo:Ayano Tomozawa

雑賀淑子(さいが・としこ)
1932年8月11日生まれ。9歳より彭城秀子のもとでモダンダンスをはじめる。戦後小牧正英バレエ学園でバレエを学び、小牧バレエ団入団。その間パリへ留学し、オルガ・プレオブラジェンスカ、ビクトル・グゾフスキー、ルネ・ボン等に師事。振付をネリー・ブーシャルドに学ぶ。小牧バレエ団を退団後、サイガバレエ研究所及びサイガバレエを設立。ステージ・テレビ等で古典及び創作バレエの上演、また各地で様々なパフォーマンスを繰り広げている。サイガバレエ研究所主宰。舞踊作家協会理事、(一社)青少年音楽協会理事。https://www.saiga-ballet.com

 

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