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笠井瑞丈×笠井叡『花粉革命』インタビュー!

舞踏家・笠井叡さんの代表作として知られるソロ作品『花粉革命』。日本国内はもちろん海外でも高い評価を受け、各地で上演を繰り返してきた本作を、実の息子である笠井瑞丈さんが再演。父・叡さんの演出・構成・振付のもと、新たな『花粉革命』を発表します。上演に先駆け、瑞丈さんと叡さんのおふたりに本作への想いをお聞きしました。

舞踏界の大御所を父に持つ瑞丈さん。幼少のころからダンスの英才教育を受けていたのでは?

瑞丈>僕は5歳から5年間ドイツのシュトゥットガルトで暮らし、1985年に日本に帰ってきました。叡さんの1970年代の活動は記憶にないし、1980年から1994年まで叡さんはダンス活動をしていなかったので、僕の中ではダンス界の大御所という感覚はなかったですね。ただそのころはオイリュトミーをやっていたので、オイリュトミーの人だと受け止めていたように思います。あとドイツ滞在中にフランスで舞踏のフェスティバルがあって、大野一雄さんなど錚々たる方たちが出ている舞台を観に行ったことがありました。そういう空気に触れてはいたから何となくわかってはいたけれど、実際に叡さんが踊っているのを観てはいないんです。

僕が踊りを始めたのは23歳のころ。昔『天使館』でワークショップをしていたときに僕も参加したことはあったけど、いわゆるダンスのテクニックを叡さんに習いましたという感じではない。実際に教わったのは山崎広太さんや木佐貫邦子さんであり、叡さんからは作品を通して学んだことが多かったように思います。作品に何度か出させてもらい、そこでリハーサルを通して教わった感じです。

 

(C) TOKIKO FURUTA

(C) TOKIKO FURUTA

 

叡>私自身は大御所でも何でもなくて、一介の駆け出しだと思っています。ダンスの大御所なんて私はいないと思います。身体を持つというのはすごいことで、年齢がないということ。しかし大御所には年齢がある。身体というのは年齢がないと思っているし、年齢にふさわしいことなんて絶対にしたくない。年齢にふさわしくないことしかやりたくない。身体を持って生まれたということは、年齢を持って生まれたということとは全然違う。年齢を超えたものが身体なんです。

 

(C) TOKIKO FURUTA

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瑞丈さんにご自身の道を継いで欲しいというお気持ちはありますか?

叡>いいダンサーになって欲しいとは全く考えてないし、受け継いで欲しいとも思っていません。一番の望みは、ひとりの人間として生まれてきて、身体を持ったことを納得して欲しいということ。身体を持って生まれてきたことを全うして欲しい。抽象的に“生まれてきたことを全うして欲しい”ということでもなければ、“立派な人間になれ”ということでもない。身体を持っているということが生まれてきたことであり、身体を持って生まれてきたんだからそれを全うしてくれという願いが絶対的にある。

どうすれば全うできるか、そこからはわからない。瑞丈が身体を持って生まれてきたきっかけをつくったのは私で、だからこそ彼はここに存在してる。私には全責任がある。“お前の好きにやれよ”とは言っても、きっかけをつくるというのはすごいことをしてしまった訳であり、年齢を超えて身体を持つことの意味を全うしてくれるといいなという願いはあります。そのためのお手伝いなら私は喜んでします。それは彼に対してだけではない。怠け者だから自分の身体を全うすることに関しては興味はないけど、人に対しては燃えるんです(笑)。

 

(C) TOKIKO FURUTA

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瑞丈>もしかしたら僕にダンスをやって欲しいと思っていたのか、それはわからない。きっかけはいろいろつくってくれたけど、ダンスをやりなさいという感じではなかった。意外とフラットな関係なんですよね。だから叡さんが周りに大御所と言われても自分がやっていけるんだと思うし、僕も実際ダンスが好きですから。いやいやダンスをやっている訳ではないし、叡さんのダンスとは違うところから入れたから続けてこれたのかもしれない。

ただ踊りの世界でやっていこうと思ったことはないし、今でもどうやっていけばいいのかと考えるくらい。やっていこうと思ったらやってこれなかったかもしれないし、やっていこうとは思ってない。そう思い続けていたら今になっちゃった感じ。いつだって興味がなくなったら辞めてもいいやと思っていて、逆にそれくらいでなければやっていけないですよね。

 

(C) TOKIKO FURUTA

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もうすぐ初演を迎えます。手応えのほどはいかがですか?

瑞丈>去年の8月から準備をはじめて、3月には通しができるような状態でした。たいてい通しができるのはいつももっと後だけど、そういう意味ではかなり早い段階ではありますね。

叡>作品はできてないんですよ。通しができているのと作品ができているのは違いますから。

瑞丈>そうですね。だからこれから作品をつくる感じです。

 

(C) TOKIKO FURUTA

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叡>即興ってその場でやるものではなくて、それこそ一年くらい準備をしなければいけないものなんです。準備が全て。そういう意味でいうと3月に通しができるというのは普通ですよね。振付と即興の違いというのもそれほど厳密ではなくて、回数の問題であり、即興を10回すれば振付になってくる。即興だけど振付になる。

何が準備かというのも難しいところで、稽古場に一年前から入ってリハーサルをするのが必ずしも準備ではない。生まれてくる子供だって10カ月はお腹のなかにいる、そんな感じです。厚さ10mの岩を掘って向こうまで貫通させたとする。それは作品ではなくて笛で、そこに風が通ったときにいろいろな音色が生まれてくる。その音色を私は聞きたい。本番の一週間前に音色を聞いたのでは遅い。もっといろいろな音が出るはずなのに……、というのは非常に大事な部分です。

 

(C) TOKIKO FURUTA

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瑞丈>毎回同じように通しをしていても、10回通すと10回違う通しになる。じゃあいつその通しを舞台に乗せたらいいんだろうと考えてしまう。でも10回通しをやっておかないと舞台で新しいものが出ないだろうなという感覚はあって。

新しいことを常にやりたいという想いがあります。それは動きを変えるということではなくて、新しい発見をしていこうということ。あとは本番に向けて一番いいコンディションをつくる必要がある。毎回発見です。これでOKということがない。でも本番というのは絶対に決まっているから、そこを目指していくしかない。それはダンスでなくてもそうだと思うけど……。だから今は毎回スパーリングをしている心境です。

 

(C) TOKIKO FURUTA

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