93歳のバレリーナ 雑賀淑子(7)
エトワール・クラスで学ぶ
地下鉄のクリシー駅で降り、大通りからドゥエ通りを少し入ったところに、「スタジオ・ワッケー」はありました。各階に大中小とスタジオがあって、オルガ先生の教えるスタジオは4階です。広々としていて、ちょっとへこんだところに椅子が置かれ、見学席になっています。クラスは、エトワール・クラス、中級クラス、初級クラスの三つ。私は小牧バレエ団に出入りしていた男性からの紹介状を持っていたので、エトワール・クラスに入れてもらえました。男性はヨーロッパの小さな国からニューヨークに移り住み、コンサートやバレエのプロデューサーを目指して勉強していた方で、小牧バレエに来たときに私の話を聞いて紹介状を書いてくれたのです。オルガ先生は当時80代で、私は20歳になるころでした。
生徒たちは先生をオルガと呼び、私たち外国人はマダム・プレオと言っていました。マネージャーのニコラはやはりロシア人で、レッスンが終わると出口に立ち、その日のレッスン代を生徒たちから集めます。レッスンピアニストはフランス人のおばさんと、ロシア人のおばさんの二人。ロシア人の女性はあまりピアノが上手とはいえないものの、気品があって、ちょっぴり偉そうな雰囲気です。当時は革命を逃れパリにやって来たロシア人貴族が大勢いた時代でした。貴族の娘たちが習い事として身につけていたピアノで生計を立てていたのはよくある話で、彼女もそのひとりだったのだと思います。
オルガ先生のレッスンは11時からはじまります。先生はいつも白いニットに紺のジャンパースカート姿でした。レッスン前に窓からハトにえさをやり、ブリキのじょうろで教室に水をまきます。生徒がすべらないよう、床をしめらせておくのです。生徒は20人くらい。稽古場が混み合ってくると、ピアノの横にある椅子の上に立ち、後ろの方にいるダンサーも丁寧にみてくださいました。
オルガ先生は金髪でハンサムな男性がくると、とたんに優しくなりました。マネージャーのニコラいわく、「昔オルガ先生はオーストリア人のダンサーの彼氏がいて、彼に似た金髪のダンサーがいると優しくなる」のだそう。そんな愛らしい一面もありました。
出て行け!と言われて
先生ご自身がパリではエトランジェ(外国人)ということもあって、外国から来た生徒たちをとても可愛がってくださいます。私のことも「遠い日本から自分のレッスンを受けに来てくれた女の子」と目をかけてくれました。あこがれのオルガ先生のレッスンを受けられるのがうれしくて、毎日ドキドキしながら稽古に通っていました。
緊張のしすぎか、バーにつかまると顔が固まってしまい、ほとんど口もきけない状態です。先生に注意されると、よくできない自分が申し訳なく、おどおどし、落ち込み、どんどん暗くなっていく。そんな私を見て、先生の態度はだんだん冷たくなっていきました。
バーレッスンの最中、オルガ先生に脚の位置を注意されました。言われた通りに直したつもりでも、先生はまだ気に入らない様子です。私としては一生懸命やっているつもりでした。私は落ち込み、つい涙ぐんでしまいました。
「なに泣いてるんだ!」
先生の声が飛んできました。私が必死に微笑むと、今度は「なに笑っているんだ!」と言われます。泣いても笑ってもダメで、私はいったいどうしたらいいかわかりません。
「アラポルト!」
オルガ先生が言い、教室がシーンとなりました。「アラポルト」は、フランス語で1番強い「出て行け」という意味の言葉です。
「お前が嫌いだ。そんな陰気な顔は見たくない」
オルガ先生が言い放ちます。
泣きながらスタジオを出で行きました。あこがれの先生にあそこまで言われ、絶望し、その瞬間生きる気力を失いました。これからどうしたらいいのだろう。日本に帰るべきか。けれど外務省から2年間のフランス滞在を許されている私費留学生の私は、勝手に帰ってはいけないのではないか……。とぼとぼと歩く私の背に、ニコラの声が飛んできました。
「帰れといわれて帰るバカがいるか!! マダムが許すまで待つんだよ!!」
許されるまで待つ、という発想は私にはありませんでした。
ドアの前にしばらく立っていると、「入れ! ニャーオ」とオルガ先生が扉を開けました。オルガ先生は機嫌の良いときと悪いとき、猫の鳴き真似をするのです。そのときはもちろん後者です。再びレッスンに参加したものの、私は最後列でおどおどしっぱなし。いたたまれないものがありました。
93歳のバレリーナ 雑賀淑子(8)につづく。
プロフィール
雑賀淑子(さいが・としこ)
1932年8月11日生まれ。9歳より彭城秀子のもとでモダンダンスをはじめる。戦後小牧正英バレエ学園でバレエを学び、小牧バレエ団入団。その間パリへ留学し、オルガ・プレオブラジェンスカ、ビクトル・グゾフスキー、ルネ・ボン等に師事。振付をネリー・ブーシャルドに学ぶ。小牧バレエ団を退団後、サイガバレエ研究所及びサイガバレエを設立。ステージ・テレビ等で古典及び創作バレエの上演、また各地で様々なパフォーマンスを繰り広げている。サイガバレエ研究所主宰。舞踊作家協会理事、(一社)青少年音楽協会理事。https://www.saiga-ballet.com


