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リアル動画で話題沸騰! 谷桃子バレエ団芸術監督・髙部尚子インタビュー <前編>

「プロのバレエ団のリアルを見せます」を謳い文句に、バレエ団の経済事情からダンサーの私生活まで包み隠さず公開し、今巷で話題沸騰中の谷桃子バレエ団の公式YouTubeチャンネル。74年の歴史を持つ老舗バレエ団が、なぜこの動画配信に踏み切ったのか。バレエ団が目指すものは何なのか。髙部尚子芸術監督にお話をお聞きしました。

公式YouTubeが大きな話題を集めています。撮影をチャンネル登録者数138万人・ローランドの『THE ROLAND SHOW』制作で知られるソンDチームが手がけ、今年6月にリニューアル。『【批判覚悟】バレエ監督の告白……』と題した一番人気の動画は40万回再生され、大きな反響を呼びました。

髙部>この反響は想像もしていませんでした。「ローランドさんを撮っているチームが制作するのでバレエに興味がない方もご覧になりますよ」とは聞いてはいましたけど、まさかここまでとは……。2年ほど前からYouTubeに力を入れてきて、リニューアル前も6〜7万人の方が見てくださっていました。それでもすごいなと思っていたので、もう本当に驚きです。

撮影チームが変わって、撮り方も大きく変わりました。以前は台本のようなものがあり、「この流れで撮影をして、髙部さんにはこのタイミングでインタビューをしますので話すことを考えておいてくださいね」と事前に説明があったので、私も頭を整理した上でお答えすることができました。けれど今は台本は一切なし。一日中カメラが密着し、こちらが身構えるヒマもなくポンと質問が飛んでくる。質問もド直球なんですよね。そこで思わずポロッっと言っちゃうようなことも度々です(笑)。

谷桃子バレエ団公式YouTubeより

撮影チームの渡邉さんという方がいつも密着してくれていますが、本当に一生懸命で、彼は彼で「谷桃子バレエ団を絶対になんとかするぞ」という強い想いでやってくださっている。「谷桃子バレエ団が世の中にもっと広まるように」という彼の想いもうれしくて、それに応えたいという気持ちもあります。ただ我々も74年の歴史があるので、ずっと支えてきてくださった方々が悲しい思いをするようなことになるのはよくない。そのせめぎ合いもありつつ、だからといって何もしないでいると今までと同じことになってしまう。

最近はタレントさんもお家を紹介したりしていますから、自宅を撮るようなことも必要なのだろうなとは思っていました。でもまさか我が家までとは(笑)。「いやいやちょっと待ってください、私の家をお見せして団員ががっかりしたらかわいそうなので」とお話したけれど、撮影チームは「それをしないと髙部先生のパーソナリティが見えてこない」と言う。団員の自宅も撮っているので私だけ嫌ですとは言えず、お恥ずかしながらという感じです。主人(バレエダンサー/振付家・坂本登喜彦)も最初は「ウチは勘弁してよ!」なんて言ってましたけど、「撮影チームのこういう気持ちがあるから」と話したら、「じゃあわかった」と言ってくれました。

私の家はサラリーマン家庭で、とりわけ豪勢な住まいではありません。自宅の一階にスタジオを作ってそこに力を注いでいるので、どうしても居住スペースは狭くなってしまっています。でもそれはしょうがないですよね。バレエのために生きてるのだから。そういう面も含めてみなさんに見ていただいて、そういう人間がバレエ団を率いているんだとわかっていただくことも大切なのかもしれません。

YouTubeをスタートした当初は胃が痛くて、本当にこれで良かったのだろうかという迷いもありました。実際これが果たして正しいことなのかどうかはまだわからないけれど、やっぱり何かしないといけないという想いが強くあります。

谷桃子バレエ団公式YouTubeより

団員のギャランティは公演ごとの歩合制、かつ団費の支払いが必要で、日々の生活費をバイトで工面するダンサーの奮闘にカメラが密着。さらに髙部監督ご自身も個人経営のスタジオでの教えが収入の大半を占めていると明かされています。

髙部>6年前の芸術監督就任時、ギャランティは0円でした。バレエ団のレッスンで指導をすると、一クラスごとにギャランティは支払われます。けれどそれも微々たるもの。経営陣もそれはさすがにマズイということで、以前よりいただけるようになりました。私だけでなく、バレエ団のために働く人にギャラが支払われるようにしなければいけないと、徐々に変わりつつある状況です。

谷桃子バレエ団では、外部の仕事も自由に引き受けていいことになっています。もちろん「この公演に出ます」という申請は事前にしてもらいますが、バレエ団の公演と重ならない限り、基本的に私たちが口を出すことはありません。他のバレエ団さんだと、「このダンサーを出演させたい」というオファーがまずバレエ団側にきて、バレエ団にギャラが支払われ、そこからいくらかバレエ団が差し引いた残りをギャランティとしてダンサーに渡すというのが一般的です。けれど我々はそれがなく、全部本人が受け取ります。また外部の仕事の際は谷桃子バレエ団所属という肩書きがついてまわるので、ダンサーにとってはある意味看板にもなる。なので団費はひとつの登録料と考えていただければと思っています。

団費はダンサーはもちろん私も含めた指導者まで、バレエ団に関わる全員が支払っています。団費は谷先生のころからの伝統で、私も入団からずっと払ってきました。けれどこれもいつまで残すのか。何よりまずはダンサーたちの生活がきちんと成り立つようにしなければいけない。少しずつでもダンサーにお給料を払える状況にしていけたらという想いもあります。

髙部監督主演『リゼット』

動画の中で髙部監督が口にする、「(バレエ団が生き残っていくためには)私自身がもっと変わらなければ」という言葉が印象に残っています。

髙部>変わらなければと思った一番のきっかけは、昨年8月の公演『Les Miserables レ・ミゼラブル』でした。お客さまの反響はものすごく良くて、たくさんの拍手をいただきました。我々としてはこの作品を再演できたということも含めてうれしく思っていたけれど、関係者の方から「君たちは自己満足で盛り上がっているけれど、私たちにはわかりにくかった」という声が挙がった。お客さまのなかにもやはり「わかりにくい」という声があり、主人はバレエ界の人間ですが「みんなすごい拍手をくださるね。すごくありがたいけど、僕はよくわからなかった」と言われました。

バレエにセリフはないけれど、身体がセリフを言う。それこそがクラシック・バレエの魅力であり、ダンサーを磨き、本当の舞踊劇をお見せしたい。私自身子どものころ“バレエってきれいだな、ステキだな”と憧れてこの世界に入り、そこで“人間ってこんなにも踊りで表現できるんだ”ということを知り、バレエにどんどん魅せられていった。それをお伝えしていきたいという気持ちがあり、そこは芸術監督としてブレたくない部分です。

谷桃子バレエ団『Les-Misérables』

ただ私たちはわかるであろうと思って提供していても、YouTubeの取材陣やバレエを知らない方には「よくわからなかった」「もっとこうすればわかるのに」と言われてしまう。

すごく落ち込みもしましたし、反省もしました。自己判断は本当に危険だと思いました。自分の周りだけを見て、上手くいったと思ってはいけない。その周りでそうではないと言う人がいる。その方々に「良かった」と言われるものをつくっていかなければいけない。100人のお客さまがいたら、100人のお客さまに「わかった」といってもらえるものをつくらないと、お客さまは増えないのだと気づきました。

バレエのすばらしさを伝えたいと思ってずっと頑張ってきたけれど、バレエをご覧になるお客さまの数というのは私の若いころとそれほど変わってはいない。このままだといつか頭打ちになるでしょう。「これがバレエですからこれを観てください」と言っていたらお客さまは増えない。このまま頑張って続けることも大事だけれど、やっぱりお客さまを増やしたい。私が今掲げているのは、チケットの取れないバレエ団にすること。そのためには発信の方法を変えないといけない。お客さまに寄り添った公演なり作品づくりをしないといけない。そのためには頑固に“こうしなきゃ”という部分を譲らなければいけないと考えました。

みなさんの意見を聞こうと、YouTubeのコメント欄もあえて解放しました。やはりなかにはズキンとくる声もあります。でもそこもちゃんと読まなければといけないと思うし、いろいろな意見を伺うのも突破口のきっかけになるのではないかと思っています。こういう風に受け止められるんだという発見もあるし、そうだよなと思うこともあるし、賛同してくださるんだと思うと力になる。「バレエがわからないんです」という言葉に対しては、どうすればみなさんに伝わるのか工夫しなければと考える。やはり一回観に来て「わからない、面白くない」となったら足を運んでもらえないので、そこは変えていきたいところです。

谷桃子バレエ団『ジゼル』

 

髙部尚子インタビュー <後編>へ続く。

 

プロフィール

髙部尚子
Hisako Takabe

4歳より小野正子に師事。1979年谷桃子バレエ団研究所入所。1983年東京新聞全国舞踊コンクール ジュニア2位、同年日本バレエ協会第1回全日本バレエコンクール第1位。1984年第12回ローザンヌ国際バレエコンクールにおいて、プリ・ド・ローザンヌ受賞。スカラーシップにて英国ロイヤル・バレエ・スクール留学。帰国後、谷桃子バレエ団入団、プリンシパルとして『リゼット』を皮切りに『白鳥の湖』『ジゼル』『ドン・キホーテ』『シンデレラ』『くるみ割り人形』『令嬢ジュリー』『テス』などすべての公演の主演を踊る。1994年文化庁派遣在外研修員としてカナダ、イギリスにて研修。1997年から2004年まで新国立劇場バレエ団において登録ソリストして、バランシン振付『テーマとバリエーション』プリンシパル、ナチョ・デュアト振付『ドゥエンデ』などを踊る。バレエ団公演以外にも出演作品は数多くその活動は多岐にわたる。1988年に松村賞、1990年に芸術選奨文化大臣新人賞、1992年にグローバル森下洋子・清水哲太郎賞、1992年に服部智恵子賞、1995年に橘秋子優秀賞を受賞している。2017年5月谷桃子バレエ団芸術監督に就任。

 

谷桃子バレエ団公式HP
https://www.tanimomoko-ballet.or.jp

谷桃子バレエ団公式YouTube
@tmbcompany

 

 

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