リアル動画で話題沸騰! 谷桃子バレエ団芸術監督・髙部尚子インタビュー <後編>
YouTubeの撮影を手がけているのは、チャンネル登録者数138万人・ローランドの『THE ROLAND SHOW』制作で知られるソンDチーム。彼らの制作条件は「包み隠さず全てを話すこと」で、実際YouTubeでは経営に苦しむバレエ団の実情が赤裸々に語られています。これまであまり公にされてこなかった日本バレエ界の影の部分でもありますが、そもそもどうしてこうした動画を配信しようと考えたのでしょう。
髙部>4年前に経営陣が変わり、2年ほど前から本格的にバレエ団内改革をはじめました。YouTubeはその一貫です。
今回撮影チームが参加するにあたり、「こういう番組づくりですから覚悟してください、ハラを決めてください」と言われています。「ある程度いろいろ言われるようなことは必ず出てきます。だけどそれをすることに意味があるんです」と。我々としては戸惑いもあったけど、これがひとつの突破口になれば、という想いもありました。公演のたびチケットを売る苦労がつきまとってきたけれど、そこを変えない限りダンサーも辛い。「今回の公演もなんとかできたね」という自転車操業では、いつかどこかで息絶えてしまう。
経営の厳しい状況はコロナ禍の影響も多少あると思います。ただやはり谷先生の時代からかなりあったと聞いています。とはいえ谷先生の生前は谷先生個人のバレエ団でしたから、その都度先生が何とかされていたようです。
ただ現在の経営陣は違いました。彼らに最初に言われたのが、「赤字だけは出したくない。1円でもいいから黒字にしたい。そこから徐々に黒字を大きくしていきたい」ということでした。実際彼らが携わった70周年記念公演『リゼット』では赤字を出しませんでした。そこから一回一回の公演について採算がとれるようになり、最近は過去から脱却しつつあります。これは本当にすごいことだと思います。
経営会社は飲食業やIT事業、フィットネス事業などさまざまな事業を展開しているベンチャー企業で、我々が「赤字経営で大変だ」という話をしたら、「私たちもバレエは好きだし手伝いましょう」と言って、何千万円もの資金を出してくださいました。最初はどうして彼らがここまで協力してくださるのか私も不思議に思っていましたが、聞けば経営陣の理事がいろいろなことに興味を持たれている方で、困っている人がいたら助けてあげたいという想いがあるそうです。だからといって誰でもいいというわけではないでしょうし、どれだけ熱意を持って頑張っているかというのはご覧いただいていると思います。私たちもそこまで想ってもらえるなら応えないわけにいかないし、お互いに力を尽くし、いいものができたらすごくうれしい。
海外のバレエ団ではパトロン的な企業の存在はとても大きく、そこで運営が成り立っているところも多くあります。我々を助けてくださる企業さんがいる。そこで我々が適当なことをしていたら縁も途切れてしまうでしょうし、私たちもそこに甘んじていてはいけない。いつか恩返ししたいんですよね。そのためにも、私たちもみなさんの意見を聞いて変わらなきゃいけない。迷いながらではあるけれど、そこでどういう形になっていくか楽しみでもあります。
ありがたいことに、現在は少しずつお客さまが増えてきている手応えがあります。それが今年1月の新春公演『ドン・キホーテ』でようやく花開き、チケットも完売までこぎつけました。この8月には『くるみ割り人形』を上演しますが、こちらも全て売り切れました。『ドン・キホーテ』が売り切れたのは本番2〜3週前でしたが、今回の『くるみ割り人形』は本番2ヶ月前の完売でした。こういうケースはなかなかないことで、やはりYouTubeの影響だと思います。
バレエ団内改革では具体的にどのようなことに取り組んできたのでしょう?
髙部>まず公演時に物販を充実させ、さらにその日踊るダンサーの大型ポスターを掲げて一緒に写真を撮れるようにしたりと、お客さまがロビーでも楽しめるような状況をつくり出していきました。
ファンクラブもつくって、会報誌を発行しています。私たちの時代は完全に踊りが上手い人がスターで、“技術力がある人でないと絶対に舞台には出しません!”という考えでしたが、そこは私が変わらなければいけないことのひとつ。今の時代はやはりビジュアルなど別の部分で人気がある人も舞台に出していかなければと考えています。お気に入りのダンサーを目当てに足を運んでいただくというのもバレエの入り口としては非常に大切で、ファンクラブで誰が人気があるのかというのは気にとめるようにしています。
ダンサーとの個別面談もはじめています。バレエはやはり特種な世界で、そこだけに通用する常識というものがあったけど、今の時代はもう少し一般社会にそった目線が必要になってくる。従来は入団したら稽古をする姿だけ把握していればいいという認識でしたが、やはり普段の苦労がわかっていないといけない。何か問題が起こったときに対処できるよう、どこに住んで、どういうバイトをしてと、個々のダンサーについてある程度把握するよう務めています。
ダンサーへのチケットノルマも廃止しました。私たちの時代は“踊る人は観てもらいたいからチケットを売るのは当たり前”という意識がありました。けれど今は海外の学校やバレエ団を経て入団する人も多く、若い子のなかにはそれが当たり前とは思えない人もいるでしょう。彼らに対して日本のバレエ団では常識だからと無理強いするのではなく、私たちが変わろうと考えました。ノルマは廃止したけれど、なかには何百枚と売る人もいます。やっぱりせっかく踊るのなら、多くの人に観てもらいたいというのはダンサーの心情です。
バレエを学ぶ子どもたちに団員と一緒に舞台に上がるチャンスを提供しようと、一昨年『ドリームプロジェクト』をはじめました。今までバレエ団の公演に出る子役は併設のアカデミーの生徒が主で、あとは系列のスタジオの生徒さんのなかから選ばれた人が出演していました。けれどもっと門戸を広げようということで、一般を対象にオーディションを実施しています。どのスタジオに所属していても先生が許可さえすればオーディションに参加可能で、実際に全国各地から多くの方が参加してくださっています。このプロジェクトは大切に育て、継続していきたいと思っています。
さらに昨年4月にセカンドカンパニーを本格的に立ち上げ、本団と平行して活動をはじめています。そうなるとダンサーもこれまで以上に必要で、今年の入団オーディションでは109名の応募者のうち30名を採用しています。従来は入っても5、6名だったので、かなり規模が大きくなりました。30名のうち本団に合格したのは2名で、あとはセカンドカンパニー、または研修生での入団です。セカンドにいると舞台に立つ回数も多く、そこで成果をあげた人がこの先本団にあがっていくチャンスもあるでしょう。セカンドは本公演に参加したり、学校公演などで実績を重ねているところで、今後はセカンドだけの本公演ができればとも考えています。セカンドは日原永美子(谷桃子バレエ団バレエミストレス)さんが主任を務めていて、これらどんどん活動を充実させていく予定です。
今後の活動予定をお聞かせください。
髙部>この夏は学校公演のツアーをしていて、10人程度のチームにわかれて各地の学校を訪れています。第一部はワークショップで生徒さんにバレエのポジションやマイムを体験していただき、第二部ではチャイコフスキー三大バレエのパ・ド・ドゥを披露しています。飛び散る汗が見えるほど間近でダンサーの踊りを観ることで、子どもたちにバレエに興味を持ってもらえたらと考えています。実際に男性がわっと女性を持ち上げたりすると子どもたちもすごく喜んでくれますね。学校公演は『ドリームプロジェクト』と並ぶ大切な事業のひとつだと考えています。
10月にもやはり学校公演を予定していて、滋賀県や京都府、石川県を周ります。こちらはダンサーが35名、スタッフも入れると約60名の大所帯。『白鳥の湖』の第二幕と第三幕を約2週間にわたって旅公演する予定です。
8月の『くるみ割り人形』に続き、11月には東京タワーで公演を企画しています。舞台は東京タワーの三階にあるイベントスペースで、映像がステージに投影されて浮き出る仕組みになっています。東京タワーの方は“Perfume方式”と言っていましたが、実のところ私自身Perfumeやサカナクションが大好きで、彼らの映像や音響は最先端で本当にすごいし面白いんですよね。普段バレエをご覧にならない方に足を運んでいただくためにも、今の時代はバレエもこういうことをしていかないといけないのではと考えました。振付はエンタメ系の方にお願いする予定で、18回公演を目指しています。
来年は1月の75周年記念新春公演で『白鳥の湖』を全3回公演で上演します。
公演回数を増やしたい、欲を言えば本公演の回数を増やしたいというのが今の目標としてあります。本公演は通常2回公演ですが、来春は3回に増やし、徐々に4回、5回と増やしていければと……。それにはやはりお客さまに集まっていただかないといけないので、我々もそのためにできることをしていくつもりです。
谷桃子バレエ団が変わらず大切にしているもの、ダンサーに求めるものとは?
髙部>バレエを観て、きれいだな、ステキだなで終わるのではなく、この物語を観たなという気持ちで帰っていただきたい。そのためには踊りの中から演劇を出していかなければいけません。演劇的なバレエをして、他のバレエ団と差別化を図る。作品も演劇的要素が強いものを打ち出していきたいし、押していきたい。そこがまた我々の特徴だと考えています。
ダンサーに求めるものもやはり演劇的な部分です。バレエの上手い下手に関わらず、どんと板に立っていられる人、存在感のある人っていますよね。そういう人は自然と目がいくし、そういう人はたいてい演劇的にも長けていたりもする。なのでダンサーを選ぶときもその辺りをすごく重要視しています。
ダンサーでありつつ俳優であり、表現者の部分に力を入れる。私自身それがとても楽しくて、そういう仕事ができているというのが生きがいであり幸せでした。私が現役のころはバレエ団の公演と平行して外部の先生方とお仕事をする機会も多く、そこでの経験がとても勉強になりました。なかでも大きいのは佐多達枝先生との出会いです。基礎にクラシック・バレエがあって、それでいて演劇的な要素が求められる。人間の奥底に入り込んで表現する部分に面白みを感じて、そこでどういう佇まいだとそう見えるのか研究もしたし、やっぱりわかるようになってきました。
演技にだんだん興味がシフトしていって、次はどんな役が来るだろう、どんな役を演じられるだろう、といつも楽しみにしていました。ただそのぶん若い頃はクラシック・バレエのお姫様役にあまり魅力を感じられない時期もあって、谷先生に「尚子ちゃんは表現に走りすぎるからクラシックの型が崩れてきたじゃない」なんて言われましたけど。もちろんクラシックの型は大事にしなければいけない部分で、ダンサーには技術的な面と立ち居振る舞いも含めた演劇的な内面の部分の両方をきちんと指導するようにしています。そこでより深い作品づくりをして、セリフがなくてもわかっていただけるような古典作品の舞台を目指したいという気持ちがあります。
私が芸術監督に就いたとき第一に考えたのは、谷先生のおつくりになった古典を守っていきたい、ということでした。『白鳥の湖』や『ジゼル』『ドン・キホーテ』をはじめ、谷先生のつくり出した作品は絶対に残したいし、残すべきだという思いのもとにある。そのためにもバレエ団を潰すわけにはいかない。バレエ団がなくなったら、それらの作品もなくなってしまいますから。そこは頑張らなければいけません。
ただ当初と今で変わったのは、エンタテインメントとして打ち出す、という意識を持つようになったこと。谷先生のつくり出した古典作品をより身近にするにはどうしたらいいか。例えば歌舞伎のようにイヤホンガイドをつけたり、字幕をつけたり、何かお客さまにわかりやすい工夫をしていく必要もあるかもしれない。古くからのお客さまのなかには、「え、そんなことするの?」という方もいるかもしれません。けれどまずはバレエの入り口として楽しんでもらえる舞台や作品をつくり、お客さまを増やすのが今の課題。そこから少しずつでもいい、古典作品を観ていただけるような道筋をつくっていけたらと思っています。
髙部尚子インタビュー <前編>はこちら。
プロフィール
髙部尚子
Hisako Takabe
4歳より小野正子に師事。1979年谷桃子バレエ団研究所入所。1983年東京新聞全国舞踊コンクール ジュニア2位、同年日本バレエ協会第1回全日本バレエコンクール第1位。1984年第12回ローザンヌ国際バレエコンクールにおいて、プリ・ド・ローザンヌ受賞。スカラーシップにて英国ロイヤル・バレエ・スクール留学。帰国後、谷桃子バレエ団入団、プリンシパルとして『リゼット』を皮切りに『白鳥の湖』『ジゼル』『ドン・キホーテ』『シンデレラ』『くるみ割り人形』『令嬢ジュリー』『テス』などすべての公演の主演を踊る。1994年文化庁派遣在外研修員としてカナダ、イギリスにて研修。1997年から2004年まで新国立劇場バレエ団において登録ソリストして、バランシン振付『テーマとバリエーション』プリンシパル、ナチョ・デュアト振付『ドゥエンデ』などを踊る。バレエ団公演以外にも出演作品は数多くその活動は多岐にわたる。1988年に松村賞、1990年に芸術選奨文化大臣新人賞、1992年にグローバル森下洋子・清水哲太郎賞、1992年に服部智恵子賞、1995年に橘秋子優秀賞を受賞している。2017年5月谷桃子バレエ団芸術監督に就任。
谷桃子バレエ団公式HP
https://www.tanimomoko-ballet.or.jp
谷桃子バレエ団公式YouTube
@tmbcompany