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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(35)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

インターは義務教育にあたらず!?

学校に通うのが難しくなったとき、まず通信教育を考えました。けれどいざ問い合わせると、“日本の義務教育を終えていない人は受け入れられない”と言われてしまった。愕然とし、大事なことに気づきました。娘の通うインターナショナルスクールは日本の文部科学省に認可されていないため、日本では義務教育を受けていないということになる。バカロレアを取って日本の大学に進学し、無事卒業できればいいけれど、そうでないと中途半端な学歴になってしまいます。

学校法人自由学園はキリスト教系の学校で、その母体が発行している雑誌をずっと購読していました。自由学園も長い間日本で義務教育として認可されず、独自の教育を貫いてきたという歴史があった。そういう学校なら娘も受け入れてもらえるかもしれません。校長先生との三者面談を経て、試験を受け、無事入学できることになりました。娘は本来なら高校の年齢でしたが、中学3年に入学させてもらっています。自由学園で中学を卒業し、義務教育終了課程をもらうことができた。本当に救われた想いでした。

自由学園の方針は独特で、クラスをどう運営していくか、全て生徒が管理します。例えば昼ご飯も毎回生徒たちが学校でつくり、庭の手入れや耕作も生徒たちが行います。昔は経理も生徒が担当していて、何にどのくらい予算が必要かと、銀行のように管理していたそうです。娘には自由学園が合っていたようです。友達もでき、泊まりがけで旅行に行くようなこともありました。

高校に進学してほっとしたものの、夏を過ぎたころから高熱が出て、学校を休むことが多くなりました。原因は鼻前庭嚢胞という鼻と口の間に起こる炎症で、春休みに補習をしてなんとか進級したりと、勉強もギリギリの状態です。たまに学校へ行けたとしても、体力がなく続かない。このまま無理をして通うより、通信で学んだ方がいいのではという話になり、結局高校2年から通信教育に切り替えています。

通信は基本的に生徒の自主性に任され、自分で計画を立てて勉強します。娘も先生と直に連絡を取り、勉強の計画を立て、単位を取っていきました。不安定だった体調も徐々に上向きになり、高校3年になるとアルバイトもはじめました。高校卒業後もそのアルバイトを続けています。

父としてのキリアン

教育方針について、キリアンと大きな意見の違いを経験したことはありません。そういう意味では価値観が似ているのでしょう。

キリアンは私の23歳上で、娘は彼が50代後半になってできたはじめての子どもでした。娘をとてもかわいがり、何かにつけ電話をかけきては長話をしています。キリアンは幼いころ父親がチョコをくれなかったと言っていて、それがトラウマになっているのか、いつも娘にチョコをたくさんあげようとする。娘は大の甘いもの好きで、もしかするとそこからはじまっているのかもしれません。

キリアンは“絶対にサポートするから”と言ってくれていて、実際に経済面も含めたくさん支援してくれました。なので子育て中も不安を感じたことはありません。オランダにいたころは、私が公演で切羽詰まっているとキリアンが食事をつくってくれたり、キリアンのお母さまが託児所まで娘を迎えに行ってくれることもありました。みんなダンサーなので、やはり公演で大変な時期というのはわかります。

娘がインターナショナルスクールに通っていたときは、夏休みと冬休みはオランダで過ごしていました。オランダに行くといつも三人で海に出かけます。ハーグに有名なビーチがあって、遊歩道があり、馬がのんびり歩いてる。とてもきれいな海で、近隣の国々の人たちの避暑地として親しまれています。私も横浜で海の近くで育ってきたので、やはり海には惹かれるものがあるようです。

 

娘も小さいころバレエの稽古をしています。NDT時代のボーイフレンドのユーリのお母さまが元NDTのダンサーで、彼女が運営するスタジオに“習いにおいで”と娘を誘ってくださいました。

日本に帰国後は、私が教えていた子どもバレエのクラスに娘も参加しています。けれど娘が小学校4年のときインターナショナルスクール転入のため補修を受けることになり、私自身も新国立劇場で『Shakespeare THE SONNETS』のクリエイションに取りかかったりと慌ただしくなり、身動きができなくなってしまった。このまま教えを続けても中途半端になってしまう。そこで生徒さんを知り合いの先生に紹介して、子供バレエを手放すことになりました。

クラスがなくなった後も、娘と二人で自宅のスタジオでレッスンをすることがありました。ただ私が手本を見せると、“ママ膝が曲がってるよ、ちゃんと伸ばしてやってやってごらん、軸がブレてる”ーーと散々直され、まるで私の方がレッスンされているような状態でした。

娘をダンサーにしたいと考えたことはありません。私の姉は生まれたときからバイオリンの道へ進むよう親の期待を背負わされていて、大変そうだなと思って見ていました。一方妹の私は自由に好きなことをやってきて、誰か自分以外の人間に人生を決められるということがまず想像つきません。

キリアンはその逆でした。キリアンのお母さまも元ダンサーですが、子どもの頃から有名なスター・ダンサーで、十歳のときにはオーケストラを連れてヨーロッパツアーをしていたといいます。ただ戦争が起きダンスをするような時代ではなくなってしまい、ダンサーを引退して結婚をした。女の子が生まれたら絶対にダンスの道を継がせようと思っていたけれど、一人目が男の子で、二人目が生まれたらまた男の子だった。これは男の子だろうとダンスをさせるしかないということで、実際キリアンにバレエを習わせた。“絶対にダンスを継がせる”という親の想いと共に育ったので、キリアンは自分の子どもに同じことをさせるのは抵抗があったのでしょう。子どもが望んでするなら全力でサポートするけれど、親が強制的にさせたり、夢を押し付けるのはよくないと考えているようです。

実際、娘はバレエの道には進みませんでした。ただいつも私の舞台を観てくれていて、「ママがNDTで現役で踊っているときの作品を観てみたかった。その当時生きてなかったことがすごく悔しい」と言っています。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(36)につづく。
 

インフォメーション

貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター 
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml

草刈民代プロデュース
『Infinity Premium Ballet Gala 2023』
2023年7月29日・31日
オーバード・ホール(富山公演)
新宿文化センター(東京公演)
https://classics-festival.com/rc/performance/infinity-premium-ballet-gala-2023/

横浜能楽堂 
『芝祐靖の遺産』
2023年8月5日
https://yokohama-nohgakudou.org/schedule/?cat2=7

神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール 
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp

<クラス>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。
 
 
 
 
 
 

 

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