93歳のバレリーナ 雑賀淑子(8)
舞台人とはどういう存在であるべきか
先生のレッスンに行くのはとても勇気がいりました。それでも重い脚を引きずりながら稽古場に向かい、バーにつく。なぜ先生に嫌われたのか、わからないまま3ヵ月が過ぎました。そこで、周りの生徒を観察してみました。やがて先生に好かれるタイプの生徒と、嫌われるタイプの生徒の違いがわかるようになりました。
先生が可愛がっているダンサーは、「おはよう!」と元気に稽古場へ入り、バーにつく。そのとたん、辺りがパッと明るくなります。前向きなオーラが出ているのです。叱られてもめげずに「何くそ!」とやってみせ、上手くいくと「どうだ!」といわんばかりに先生の顔を見ます。オルガ先生はうれしそうに「ニャーオ」と言い、その生徒の顔を引っかく真似をする。そこでまた稽古場に笑いがあふれます。
先生に冷たくされているアメリカ人の男の子がいました。彼をよく観察していると、先生に注意されるたびどんどん落ち込み、暗くなっていく。ひとりでいじけて、それまでできていたことまでできなくなっていく。まるで自分を見ているようでした。他の生徒もそう。冷たくされている子たちには、共通した性質がありました。
稽古終わりに、アメリカ人の彼を誘い、カフェでコーヒーを飲みました。彼は陰気な様子で、「マダム・プレオなんて嫌い! もうやめた! 明日から別の先生の教室へ行く!」と言い、オルガ先生のもとを去っていきました。
私は、変わろうと決めました。好かれる子たちを見て、自分もそうなれるよう努力しました。まず、おどおどするのをやめた。何も言わなくても相手はこちらの気持ちをわかってくれるだろう、想いを汲んでくれるだろう、という甘い考えを捨てた。相手によく思われようと、無意味に微笑むのもやめた。朝は元気よく稽古場に入り、明るく挨拶をして、バーにつかまります。オルガ先生に注意されるとすぐやりなおし、「これでいいですか?」と先生の目を真っ直ぐに見る。どうせいじけておどおどするだろう、と思っていたオルガ先生はもうびっくりです。
「ハラショー! オーチン・ハラショー(よろしい、たいへんよろしい)!」
オルガ先生は私の変わりように驚き、私は先生に愛される生徒のひとりになりました。パリでの日々がとたんに楽しいものになりました。ホームシックになる暇などありません。
オルガ先生は、「舞台人とはどういう存在であるべきか」を教えてくださったのだと思います。叱られてもめげない心と、何よりまず明るいオーラを持っていなければいけないのだと。実際、オルガ先生のもとには煌めくエトワールたちが通っていたけれど、彼らがあらわれると、稽古場がとたんにパーッと明るくなるのです。
私自身指導者の立場になって、優れたダンサーの中には、人間としても魅力を持つ人が多くいることに気づかされます。オルガ先生の教えが正しかったことをしみじみ実感しています。この教えは私の一生の宝になりました。
主役を踊るためのレッスン
オルガ先生の教え方は独特で、バーレッスンは毎回同じ。私は2年半先生のレッスンに通ったけれど、同じことの繰り返しでした。みんなに聞いたら、2年半どころか、何十年も全く変わってないそうです。
バーレッスンではオルガ先生はほとんど座ってみんなを見ていて、たまに直しに来るくらい。ターンナウトがどうのといった細かい注意はほとんどありません。センターレッスンになると、ようやく本格的な指導に入ります。オルガ先生のレッスンは踊り方の指導で、舞台で踊るためのもの。呼吸の仕方や、身体の運びなど、エトワールとして主役を踊るために必要なコツを教えてくださいます。
世界中のエトワールたちは、パリに来ると、オルガ先生の稽古場に寄り、ときにはレッスンを受けていきました。テクニックを磨くのはもちろん、踊りのエッセンスを学んでいくのです。マーゴ・フォンテイン、ロゼラ・ハイタワー、マルジョリー・タルチェフ、ミア・スラヴェンスカ……。私たち生徒は、うつくしく踊るエトワールを間近で見て、感心し、そしてあこがれを募らせていきました。
あるときレッスンに来た女性を、オルガ先生が「タチアナ」と呼びました。もしやと思い、ピアニストに「あの人、タチアナ・リアブーシンスカ?」と聞いたら、「そうだよ」と言うではないですか。私はもうびっくり。バレエ『金鶏』で初演を踊ったバレリーナでした。私は以前タチアナの本を読んでいて、大きな感銘を受けていたのです。そんなことパリでは日常茶飯事で、あこがれの名ダンサーを目にする機会にたびたび恵まれました。
なかでもオペラ座のエトワールは特別です。パリ滞在中、オペラ座の昇格試験を見学する機会に恵まれました。群舞のコール・ド・バレエから主役を踊るエトワールまで、パリ・オペラ座のダンサーはそれぞれ階級が明確にわけられています。それを決めるのが1年に1回の昇格試験。ダンサーの家族が手にするチケットを親友がどこからか手に入れてきて、私を誘ってくれたのです。たまたまオペラ座が工事中で、シャンゼリゼ劇場が会場でした。ダンサーはひとりずつ舞台でソロを踊り、オペラ座のディレクターとエトワールたち、数人の舞踊評論家が採点していきます。パリ・オペラ座のダンサーにとって、階級はとても重要で、それこそ命がけで上を目指しています。試験を受けるダンサーはみな緊張していて、反対側の袖に引っ込んでみんなを笑わせたり、なんてこともありました。
93歳のバレリーナ 雑賀淑子(9)につづく。
プロフィール
雑賀淑子(さいが・としこ)
1932年8月11日生まれ。9歳より彭城秀子のもとでモダンダンスをはじめる。戦後小牧正英バレエ学園でバレエを学び、小牧バレエ団入団。その間パリへ留学し、オルガ・プレオブラジェンスカ、ビクトル・グゾフスキー、ルネ・ボン等に師事。振付をネリー・ブーシャルドに学ぶ。小牧バレエ団を退団後、サイガバレエ研究所及びサイガバレエを設立。ステージ・テレビ等で古典及び創作バレエの上演、また各地で様々なパフォーマンスを繰り広げている。サイガバレエ研究所主宰。舞踊作家協会理事、(一社)青少年音楽協会理事。https://www.saiga-ballet.com


