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森山開次『HANAGOー花子ー』インタビュー!

セルリアンタワー能楽堂を舞台に、気鋭の振付家によるコンテンポラリー作品を上演してきた“伝統と創造シリーズ”。第10回目となる今回は、森山開次作『HANAGOー花子ー』を上演。能の名作『班女』と『隅田川』を題材に、能楽師の津村禮次郎とバレエダンサーの酒井はなをキャストに迎え、新たな作品世界を創造します。開幕に先駆け、演出・振付を手がける森山開次さんにインタビュー! 創作の様子と作品への想いをお聞きしました。

能の名作『班女』と『隅田川』に材をとったという新作『HANAGOー花子ー』。このふたつの演目に着目した理由をお聞かせください。

森山>まず、酒井はなさんに合う作品を選びたいという気持ちがありました。はなさんと共演するのは初めてです。日本を代表するバレリーナなので、僕が彼女をどう演出できるかいろいろ思い描いています。

『隅田川』は『班女』の後日談とされていて、両方の作品に花子(はなご)という女性が登場します。別にはなさんだから花子を題材に選んだ訳ではないけれど(笑)、それも何かの縁なのかなと思いながらつくっています。いろいろなことがリンクしてこのふたつの作品を選ぶ経緯になったのですが、今の彼女にとても合っていると思います。

『班女』はハッピーエンドですが、一方『隅田川』は悲しすぎる悲劇です。『HANAGO』は主人公である花子がこの両方の物語を繋げているともいえますし、融合させているともいえるでしょう。本来はそれぞれ単独で上演される作品ですから、欲張ってしまってはいるんです。でも人間には二面性があるじゃないですか。いつも演出するときはそういう人間のふたつの側面を見せられたらという気持ちがあって、無謀だけどふたつ繋げてみようと考えました。その大変さに今ようやく気付いたところです(笑)。

 

(C)Miki Sato

 

はなさんが花子だとすると、津村禮次郎さんと森山さんが演じる役柄とは?

森山>僕と津村先生は後見だと思っています。ふたりは後見としてそこにいて、はなさんと物語を支えていく。役柄はないけれど、隠れもせずにそこにいる。着物が崩れたらすっと出てきて直したりと、何か起こったとき助けるためにいる、僕が能で好きな後見というあり方です。

津村先生にはまた違う役として舞台に立ってもらう場面もありますが、基本的にはなさんがひとり花子として存在しており、僕らは後見としてそのときどきで役割を担っていきます。

 

(C)Miki Sato

 

『隅田川』と『班女』は“狂女物”といわれています。はなさんに“狂い”を見出すような部分があったのでしょうか?

森山>狂うというのは僕たち舞踊家にとっては大きなテーマだと思っていて、狂う=舞いと捉えています。これは以前津村先生に教えていただいたことですが、狂うというのは能では舞うということ。舞うこと、演じること、舞台に立つということ自体が、狂うという言葉と繋がっている部分があると思います。能の演目にはいろいろな狂うがあり、例えば女性が“もの狂う”ときは、身を守るためにあえて狂ってみせます。

数年前にバリ島へ行き、トランスダンスを見てきました。あれも狂うダンスではあるけれど、能の狂うとはまた違う。能の場合は霊的な何かが憑依した狂うではなく、心の中にある強い想いが人を狂わせる。それがまたステキに思えるのです。

 

(C)Miki Sato

 

『ロミオとジュリエット』もそうですが、ひとりの男がひとりの女性に心を強く奪われ、物語の悲劇を生み、狂うということに繋がっていく。人は狂いに美しさを見出すだろうし、そこに惹かれ、感動すると思う。狂うというのは踊る上でひとつの課題であり、はなさんもずっと取り組んできていると思うのですが、彼女はもともと狂うという表現に長けた人ではないかと感じています。

今回は『班女』と『隅田川』というふたつの狂いものですが、それぞれの狂いには大きな違いがあって。『班女』の狂いは取り乱すような狂いではなく、想い伏せるような狂い。『隅田川』の狂女になる狂いというのはもう少し悲劇的なもの、悲しみを含んだ狂いなので、そのふたつの狂いをいかに表現できるかというのは大きな課題です。

僕自身ずっと狂いをテーマに踊ってきました。舞台上では“狂ってみせるぞ”という想いが強くあり、自分が踊るときの感覚は何か特別なようにも感じていました。でも最近は狂うということ自体は特別なことではないようにも感じています。それは誰の内にも潜んでいることで、いい意味でみんな狂うということを含み持って生きているんじゃないかという気がします。

 

(C)Miki Sato

 

能舞台に異なるジャンルのダンサーが集う本作。その創作のはじまりとは? どこから作品にアプローチされていますか?

森山>つくり手によっていろいろな手法があると思いますが、自分のやり方は理想的ではないかもしれません。というのも、稽古に時間を贅沢にかけることができない分、自分ひとりで考えている時間がべらぼうに長いんです。

本当は稽古に時間をたっぷりかけて、“ああでもない、こうでもない”というのを繰り返し、もがき苦しみながら生まれたものが作品になればと思ってはいるけれど、なかなかそうはいかなくて。だから稽古場に入る前に、ある程度自分の中で完成させていく必要があるんです。

最初の取りかかりとしては、どんなイメージにするかひたすら空想するところからはじめます。作品を自分の中にいったんガッと入れて、そこからずっと考え続けていくので、常に身体の中に作品が残っている感覚があります。オン・オフの切り替えがすごく苦手なので、周りからするとずっと考えているように見えるかもしれません。

 

(C)Miki Sato

 

いろいろなプロジェクトが同時進行していると、考えているものが頭の中に何個もあって、そのときどきで比重がぐわっと変わっていきます。実際つい最近まで『HANAGOー花子ー』と並行して『ドン・ジョヴァンニ』をつくっていましたが、モーツァルトの曲がずっと頭の中に流れてて、同時に能を考えている、という状態でした。演出だけだとずっと考えてばかりですが、自分はダンサーでもあるので、身体の感覚を通して発想するところがあって、そこは救いかもしれません。常に考えながら、同時に体感している感じでしょうか。

イメージをもとに具体的なシーンを書いた構成表をつくり、それを稽古場に持っていきます。昔は絵に描いてみたり、音楽家には波形を書いて“こういう感じで”と渡してました。かなり抽象的だったと思いますが、それが自分としても楽しかった。でも最近は真逆で、きちんと流れができている状態で、シーンやセクションごとに言葉にして、ワードの資料にまとめたものをみんなに渡しています。あまりに具体的すぎて、そんなことをしている自分にびっくりします(笑)。

 

(C)Miki Sato

 

僕の父と母は真逆のタイプで、その両方の要素が僕の中にあるのを感じます。母はものすごく感覚的な人で、父は設計技師だったので具体的に表現することが得意な人。僕の中にもびっくりするほど緻密に計算するところと、びっくりするほどアバウトに感情だけで進めていくという相反する面がある。

人の二面性を表現したいという気持ちがありますが、僕自身表現したり話したりするときに真逆の自分がいるように感じます。自分は弱いし、でも強い。僕の意見、真実、夢すらも、真逆の意志があると思っていて。感覚人間であれと自分で思っているけれど、一方でしっかり計画を立てたりと、全てにおいて真逆のことを考えるようになっている自分がいる。

創作の取りかかりというのはあまりに具体的で夢も希望もないけれど(笑)、実際のところそんなものです。どうやって人と接して、期日までに完成させるか。イメージも大事な作業ではあるけれど、人が頭の中で考えるイメージなんていうのはたかが知れている。自分のプランはひとつのガイドとして、最終的に稽古場でみなさんと向かい合いつくっていきます。

そのガイド通りにいくときもあれば、上手くいかないときもある。動きに関しては実際にはなさんや津村先生に会わないとできないので、頭の中ではきっちり決めきれず、実際に動いてもらうことで変わってくる。その場のリアルな稽古を最優先しながら、時間の許す限り続けていきます。

 

(C)Miki Sato

 

オン・オフの切り替えがないと煮詰まることもあるのでは? 息抜きをする瞬間はあるのでしょうか?

森山>息抜きは全然しないですね(笑)。実際オフもほとんどないのですが、今はそこまで息抜きしたいとは思わないんです。いろいろ溜めているように見えるかもしれませんが、僕は人より忍耐力だけはあるので大丈夫。またそういうタイプだからできるつくり方をしているようにも思います。

お仕事をいただけるのはありがたいし、すごく楽しいから、長期でオフが必要ということはなくて。やっていることで煮詰まることはあっても、瞬間的に息が抜ければそれでもう息抜きになる。演出だけしてるとちょっと大変だなと思いますけど、幸い自分は舞台に出る人間でもあるので、踊ればそこで昇華できるし、ストレスは溜まりにくいのかもしれません。

もうちょっとしたら、のんびり絵でも描きたいなとは思いますが……。もともと絵を描くのが好きで、以前はよく描いていたんです。最近はそこまで絵に没頭する時間がないから、描くとしてもスケッチ程度。ただつくりものは好きで、何かしら作品に関することに手を動かしてはいます。例えば折り紙を折ったり、仮面をつくったり、そういう余計なことはしていきたいと思っていて。

実際に今回も三面鏡をつくりたいと言い出して、僕が描いたスケッチをもとにセットをつくってもらいました。そういう作業をしているから、絵とは違う形で創作している感覚があります。今は幸いにもいろいろ仕事をいただいてるので、稽古場で一分一秒でも多く舞台上にあらわれる絵に時間をかけたいという気持ちでいます。

 

(C)Miki Sato

 

音楽は全曲書き下ろしのオリジナル曲を使用します。どのような楽曲になりそうですか?

森山>音楽家の笠松泰洋さんとは一年くらい前からやり取りをしていて、僕のイメージを伝えつつ意見交換を重ねてきました。笠松さんとは新国立劇場や石川県立音楽堂の企画でこれまでも一緒に作品をつくっていて、例えば邦楽にチェロを使ってみるなど、邦楽と西洋の楽器を合わせるような試みもしています。

今回も世界中のいろいろな楽器を使っていて、そのひとつの試みとして、琴とハープを組み合わせています。聴いていると一瞬琴の音色のように思うけど、同時にどこか不思議さも感じられるのではないでしょうか。

また彼が文化庁の文化交流使で南米に度々行っているということもあり、南米のケーナという笛を使ってみようということになりました。能ならではの能管を使いつつ、さらに南米の笛を使ってこの和の世界観をつくっています。

 

(C)Miki Sato

 

ダンスにセット、楽曲も含め、頭の中にあったイメージが形になる瞬間というのはどんなお気持ちですか?

森山>長い間自分の頭の中にあったものが形になっていくのは一番の至福の時間です。やっていてよかったなと思うし、それは舞台に立つのと同じくらい喜びがあります。

同時にギャップというのも半分以上あって、“そうではない”という辛い想いをすることもあります。全てがいつも期待を超える訳ではなくて、“ここが違う”となったらつくり直しになることもある。全てのセクションにおいてそうで、そうなると彼らが費やしてくれた何十時間もの労力をカットしなければならない。時間的な制約や金銭的な兼ね合いもある中で、どう判断するか。それが演出の難しさであり、また面白みでもあります。

結局そうしたやり取り自体が創作でもあるので、作品の取りかかりという意味では、彼らとコミュニケーションを取る瞬間がはじまりになる。伝え切れているだろうか、自分の中に閉じ込めていないだろうか、というのが自分にとって創作の一番大切なところでもあります。

 

(C)Miki Sato

 

津村さんとは2003年に『弱法師』で初共演し、以来度々一緒に舞台に立たれてきました。おふたりにはジャンルを超えた強い絆を感じます。

森山>津村先生とは初共演以来毎年のようにご一緒させていただいていて、そう考えるととても長くお付き合いいただいているなと改めて感じます。津村先生と出会わなければ自分もこういう場にいなかったかもしれず、とてもありがたいです。津村先生もこの伝統と想像シリーズでさまざまなアーティストとご一緒されていますが、『弱法師』の前はこのようなダンスの創作作品に参加していなかったそうです。そういう意味では、先生をこちらに引き込んだのは僕だと言われるんですけど(笑)。

津村先生との共演は僕にとって学びの場でもある。先生から学びながらやらせてもらっている感じです。能にしてもそうですが、学ぶことが無限にあり、いつも新鮮な感覚でいられます。今回津村先生に僕がどういう演出ができるか、いずれにせよ先生の魅力を最大限に生かせたらと思っています。

僕はもともと新しい手法というものにあまり興味がなく、この作品にしても新しい表現を求めようとは思っていません。先生にはお能をやってもらいたいと考えています。当初からそこは変わっていなくて、先生に洋舞を踊ってつもりはなく、能楽師として関わって欲しいという気持ちが一貫してありました。もっと大きく言えば、一舞踊家としていてもらいたい、能楽師としていてもらいたい。その彼を引き立てたい、コラボレーションしたい、という気持ちはずっと変わってないですね。

ただ先生には今回やったことのない役をやってもらいたいと思っています。先生の新鮮なチャレンジを僕も見てみたいし、先生自身も改めて新鮮に感じられることを用意しています。

 

(C)Miki Sato

 

 

酒井さんとは初共演ですが、実際にご一緒してみてどんな印象を受けましたか?

森山>やっぱりすごいダンサーだなと感じます。コンテンポラリーの方たちは特にそうですが、みんなそれぞれ自我があって、いろいろなカラーを持っている。でもはなさんに関しては、どこか人形のようにも見えるというか……。とても柔軟で、ある意味カラッポになれる。そこに後からいろいろな感情を詰めたり抜いたりできる。

言い方を変えると、お客さんが感情移入できる器であると思う。“私はこうです”という自己の表現ばかりでなく、観ている方のいろいろな感情を移入できる身体を持っている。だからこそいろいろな役を演じられるし、愛される、素晴らしいダンサーなのだと思います。

はなさんから最初に“どんな役でもいいです。でも最後に昇華させて欲しいんです”というオーダーをもらいました。“昇華できないと辛い”と。舞台上ではいろいろなことが行われていくし、辛いこともたくさんあって、また舞台というのはそういう場でもある。だけど、昇華できないと本人は辛い。どんなことでも昇華すべきだと僕は思っていて、また何らかの形で昇華できると僕は思っています。『隅田川』はこれ以上ない悲劇なので、昇華を考えたときどうなのかなとも思いますが、狂いの先には大いなる何かを感じる瞬間や救いに繋がる何かがある。それがまた能だと思っていて。

はなさんには、狂った先にちゃんと昇華させるようにしたいと考えています。この役に出会うことが、ひとつの昇華であり救いでもある。そう感じるような瞬間を見出せたらいいなと思っています。

 

(C)Miki Sato

 

森山さん自身ダンサーとして出演もされます。演出・振付とダンサーの両方を担う上で、難しさを感じることはないですか?

森山>演出モードとダンサーモードを両立させる大変さを最近改めて痛感しています。早くみんなと一緒に踊れる環境にしたいけど、演出モードが続いているとなかなかそうもいかなくて。演出・振付・出演となると、これはもう手一杯だなと感じることがたびたびあって、任せられるところは任せてダンサーでいたいと思ったりもします。

演出していると頭で考えてしまうので、そのままのモードだとやはり踊りにくいんです。踊るためにも、頭をカラにしたい。何かを得ることは割と自然にできるけど、カラッポになることの方が難しい。それがいつもできないから、そうなりたいという葛藤が常にあります。

今回の作品にしても、演出していると結局はなさんのことばかり考えてる自分がいて。はなさんさえよければいい、とにかくはなさんが美しくあればいい、と思ってしまう。だから自分が踊るとなるとどうなるか。『ドン・ジョヴァンニ』は演出だけだったのでストレスが溜まってしまって、やっぱり自分は舞台に立ちたいんだと、踊りたいんだなと改めて感じました。カラッポになって踊る時間が欲しい。だから最近、“踊ります宣言”をしているんです。

 

(C)Miki Sato

 

この先もダンスと創作は並行して手がけていこうと考えていますか? 演出・振付に徹するようなことはない?

森山>“もう演出に徹していいんじゃない?”と言われることは実際にあります。もちろん“踊り続けてください”という人もいます。ただ津村先生が僕に“いくつになっても踊り続けて欲しい”と思ってくださっていて、それこそ先生があのお年で踊り続けている以上は挑戦していくべきだと思っています。

最近よく“つくることに追われすぎて、ダンサーとして枯れてないか?”と自分に問いただしています。それは僕の中で今すごく感じていること。“オフはいらない”とか“リフレッシュできてます”なんてかっこいいことを言ってはいても、自分の中ではそういう時間を欲している部分があるのかもしれません。

 

(C)Miki Sato

 

今45歳です。ダンスをはじめたときもそうだし、今でもそうだけど、“死ぬまで踊っているぞ”とずっと思っていました。ただ以前は“僕は死ぬ瞬間まで踊っている”とよく口にしていたけれど、最近はあまり言わなくなっていた。たぶん45歳くらいは揺れるんだと思います。つくりたい想いもあり、踊りたい想いもある人間にとっては、“踊り続けていけるのだろうか?”という問いが昔よりも出てくるから。いろいろガタもくるし、その中で折り合いをつけながら、もがきながらやっていく。

はなさんを見ていると、ダンサーっていいなって思います。彼女とはほぼ同年代。そういう意味ではこの三人には共通するものがあるように感じます。長く踊る喜びを知っているということ。自分もやっと、長くの“な”くらいは言えるようになってきたのかなと思っていて。だけど舞踊の世界には70代になっても現役で踊っている大先輩がたくさんいるので、彼らからしたら “まだ45歳だろう? その年で何おさまったこと言ってるんだ”と言われるかもしれません。あと何十年か踊ってはじめて“長い”と言えるんだと。そういう意味では、今もう一度踊りを見つめ直すいい時期なのかなと思っています。

 

(C)Miki Sato

 

 

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