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トラヴィス・クローセン=ナイト『Everything Would Be Nonsense』インタビュー!

ロンドンを拠点に活動するプロダクションカンパニー、ファビュラ・コレクティブのトリプルビル「HUMAN.」で、新作『Everything Would Be Nonsense』を発表するトラヴィス・クローセン=ナイトさん。8月の来日に先駆け、本作に寄せる想いとクリエイション法、そして公演への期待をお聞きしました。

今年8月、新国立劇場で『不思議の国のアリス』を題材にした新作『Everything Would Be Nonsense』を発表します。『不思議の国のアリス』をテーマに取り上げようと考えたのは何故でしょう。これまでさまざまなアーティストが『不思議の国のアリス』に取り組んできましたが、トラヴィスさんはどのようにアプローチしようと考えていますか。

トラヴィス>今回のトリプルビルで面白いのは、三作ともイギリスの有名なストーリーに基づいているところ。とりわけ『不思議の国のアリス』にはいろいろな要素が隠されていて、それらはわざと隠されていることもあれば、コメディで誤魔化されたり、ユーモアで誤魔化されていたりもする。無意識にストーリーを読んでいるうちに、さまざまなメッセージやヒントが自分の中に入り込んでくるのを感じます。この『不思議の国のアリス』という作品において、ストーリー以外に何が潜んでいるかを探る。そこから私のクリエイションは始まります。

ストーリーの中でも、この新作でフォーカスするのはお茶会のシーン。ウサギ、帽子屋、ネズミとユニークなキャラクターが登場しますが、それらはそれぞれ象徴しているものがある。彼らが繰り広げる会話がまた非常に興味深いものがあり、そこから文化や伝統、特にその時代の社会における習慣が次第に浮き彫りになっていく。そこには階級や社会における位置付けといったメッセージが隠されていて、それらが人にどう影響を与えるかーー、ということを今回テーマとして取り上げていきたいと考えました。

もう一つこのストーリーを読んでいて感じるのが、“社会におけるひとりの人間のあるべき場所”について。社会の中で自分が取るべき行動、あるべき振る舞い、そして自分が取りたい行動、または自分が感じるべき気持ちと感じたい気持ち、それらを探っていきたい。特に今回は日本人のダンサーが踊ってくれるので、彼らが自身の生活の中で個人的にそれをどう感じているか、このコンセプトが現代社会の中でどうあらわれているかを探っていきたいと思います。

タイトル『Everything Would Be Nonsense』はアリスのセリフから引用されています。このタイトルに込めた意味、そこに想うものとは?

トラヴィス>このセリフにはいろいろな捉え方があり、表面の意味と逆の意味も込められているようにも感じていて、またそこが面白いところだと思っています。完全にこの社会のルールに従っていくのもナンセンスであり、逆に自由に生きる道を選んでもナンセンスになる。自分をどこに置くか考えたとき、ナンセンス、そして自由をどの程度受け入れるかーー。それは大きなポイントになるでしょう。

例えば、自分は死ぬまで水しか飲まないと決めたとする。それは身体にどんな影響を及ぼすかわからないし、結局ナンセンスである。死ぬまで野菜しか食べないと決めたら、それも結局何ナンセンス。結局何を選ぶかですよね。何を選んでも、人から見たら全てナンセンスだと思われる可能性がある。結局何でもナンセンスになりうるということです。

ナンセンスには力があると思います。全ての人生はナンセンスで、そこから何を選ぶか、どの程度縛られ、どの程度自由を選ぶのか。縛られることを選べばナンセンスにもなるし、自由を選べばそれはカオスになるし、カオスがないこともナンセンス。人はカオスを恐れがちだけど、結局のところ恐怖とカオスと自由のバランスが重要になる。

子ども向けの童話として親しまれる一方、深い意味も込められているのがこのストーリーの面白いところ。大人になってから読み返すと受け取る意味が違ってくる。また大人になってから読んでも子どもの目線で読むことができ、限界のない豊かな想像の世界に羽ばたいていける。

同時に“大人ってこんなおかしなことをしてるんだ”といった揶揄も描かれていて、大人の生活、大人の社会に対する批判も込められている。矛盾だらけの大人の世界をどう見て、どう捉えるか。自分の周りの文化をどう捉えるかという側面もあって、この世の可能性が改めて見えてくる作品だと思います。

私も子どもの頃この作品を読むと、想像力の無限さを感じたものでした。それでいて歪んだうつくしさもある。キャラクターごとにいろいろな解釈があるということ、自分の見方は自分で選ぶことができるんだということ、自分で判断ができるんだということに気づかされた作品でもありました。この世界にはたくさんのワンダーランドがあり、そして自分も新しいワンダーランドを作ることができるんだ、ということを教えられた作品でした。

キャストは全員日本人で、オーディションで選ばれたダンサーが出演します。

トラヴィス>文化と文化の懸け橋になりたいというのが私の大きな願いで、またファビュラ・コレクティブのミッションの一つでもあります。これは今回のクリエイションで最も重要な部分で、だからこそオール日本人キャストで作品を作りたいという想いがありました。

ここまで国際的なクリエイションを手がけるのは私自身初めてですが、これまでも海外アーティストと働いたことはあって、いろいろな国の方とクリエイションを行っています。例えばイタリアのダンサーとクリエイションをしたことがありますが、イギリスを拠点にしているダンサーとはまた違う手応えがありました。マカオやシンガポールでワークショップをしたこともありますが、それぞれの場所により特徴があるのを感じました。国によってクリエイティビティの瞬間の捉え方、解釈の仕方が全然違う。

私の振付がそれぞれの日本人ダンサーが持つダンスの言語の中でどうあらわれるか、私のアイデアをどう解釈してくれるか。彼らの解釈を受け、私の言語自体が変わってくる可能性もある。そこは非常に興味深いところです。

本当にたくさんの方がエントリーしてくださいました。クリエイションがしたいという気持ちがみなさんから伝わってきて、そして日本にこんなにも素晴らしいポテンシャルがあるんだということに感動させられました。書類審査はもう終えていて、今後はまずロンドンを拠点にしている日本人ダンサーのオーディションを行い、続いて東京にいるダンサーのオーディションをオンラインで行います。最終的にダンサーは4人に絞る予定です。

日本でのクリエイションは7月末のスタートを予定しています。ダンサーに求めるのは第一にテクニック。私自身いろいろな種類のダンスを経験してきましたが、同様の背景を持っているダンサー、そしてそれを開発し、成長させていきたいと考えるダンサーが望ましい。しっかりとしたスキルがあり、さらにそれをユニークなものにしていく意欲のある人がいいですね。

オーディションの段階では、特にキャラクターは考慮せずダンサーを選ぶ予定です。この人はこの役だと決めてしまうと、アリスという物語に閉じ込められてしまう。ある特徴を探してダンサーを選ぶと、その特徴に合わせたキャラクターにしたくなってしまいがち。そうすることによってそのダンサーのクリエイティビティが縛られ、制限されてしまう。それよりも個人の声を聞き、その声を成長させたい。

何より一番大切なのは創造性の深さです。いくらテクニックがあっても、いくらキレイでも、自身を進化させ、成長したいという意欲がなければ結局縛られてしまいます。特に今回はキャラクターを作るのではなく、作品の意味や深さを探っていく作品なので、特にそこが重要になってきます。

クリエイションの過程で原作の登場人物に近いキャラクターが出てくる可能性はありますが、私から役をあてたりすることはありません。例えば最初は全員アリスかもしれないし、アリスはひとりもいなくなるかもしれない。あえて役をあてないことで、ひとりの人間としてダンサーが見えてくる。

このひとりの人間が、この環境をどう体験するか、そしてひとりひとりの人間が自分の狂気や自分のナンセンスをどう問いかけていくか。私のアイデアが個々のダンサーにどんな影響を与え、何が引き出され、どう進化していくかが一番のポイントになる。いろいろな影響を受けて、それがどう変わっていくか、その体験をダンサーと共に共有したいと思っています。

音楽やセットはどのようなものになりそうですか? 構想をお聞かせください。

トラヴィス>音楽は唐木亮輔さんのオリジナル楽曲で、今話し合いを進めている最中です。すでにトレイラーの音楽を一緒に作っていて、私ひとりでは辿りつかないようなアイデア、例えば茶道の音や社会の中におけるテンションの音など、かなり具体的なアイデアを取り入れています。彼と話せば話すほど気づきがあり、いろいろなアイデアが湧いてきて、可能性の多さを感じています。

セットの重要なアイテムとなるのがテーブルです。テーブルは原作の中でも中心的な役割を果たしていますが、お茶会はテーブルに座って成り立つものであり、テーブルは何より不可欠な要素になる。テーブルは何を象徴しているのか、テーブルがどう使われるのか、テーブルの周りではどんな動きがありうるのか、何ができるのか。時間を見つけてはスタジオであれこれ試していて、すでにいろいろなアイデアがあり、ステップも見えつつあります。

けれどこの先どんどん変わっていくのは私自身わかっているので、あまり今ここで見えてきたステップを信頼してはいけないと自分で自分を戒めています。常に可能性を保ちつつ進化させていきたい。この作品は本当のところ何なのか、ということを考え続けたいと思います。

2019年にファビュラ・コレクティブのプロジェクト『Elevation-昇華-』をセルリアンタワー能楽堂で上演し、好評を博しました。自身手応えをどう感じていますか?

トラヴィス>あの経験は私の人生の一つの転換期になりました。当時はカンパニー ウェイン マクレガーを退団した直後で、ダンサーとしての生活、そしてクリエイターとしてのキャリアも大きく変わった時期でした。『Elevation-昇華-』は私とジェームズの二人きりの作品だったので、大きなカンパニーでの経験とはまた違いました。

能楽堂という劇場空間も私を変えてくれました。普通は能舞台でパフォーマンスをするチャンスはまずないですよね。ユニークで、うつくしく、私たちが目指していた雰囲気を作るのにぴったりのスペースでした。自分の作品を日本人のお客様に初めて見せることができたうれしさと、二つの文化のうつくしい融合を感じました。何よりお客様が作品を本当に理解してくれた気がした。それはとても特別な経験で、自分が目指したいと願うアーティスト人生への扉を切り開いた瞬間でもありました。

帰国後、ロンドンのサドラーズウェルズ劇場リリアン ベイリス スタジオで『レイ ライン(Ley Line)』を上演しました。これは『Elevation-昇華-』をさらに進化させたプロダクションで、評判は高く、私が目指しているクリエイターとしての仕事をそこで発揮できた手応えがあります。毎回思うことですが、公演の成功にはみんなの努力が必要で、みんなものすごく頑張ってくれた。関わってくれた全ての人たちが大きな誇りを感じていたと思います。

トラヴィスさんが目指すクリエイター像とは?

トラヴィス>私は自分で自分のことを振付家だとは名乗っていません。さまざまな人とコラボレーションをするのが好きで、レイヤーのあるものを作るのが好きで、いろいろな世界に興味があり、いろいろな人に興味があります。

作品を通して自分の声を伝えるのではなくて、他者の声を探るのが私のスタイル。できる限り進化が可能なものを作りたいという気持ちがあります。私が作った作品がインスタレーションになったり、映画や洋服になるかもしれないし、音になるかもしれないし、また新しい振付になるかもしれません。

いずれにせよ、クリエイターとして大きくなっていくものを作ろうとしています。私のクリエイターとしてのテーマは“人間であるとはどういうことか”。人間というのはいろいろな見方があって、自分自身から見た自分と、他者から見た自分の見方もまた違い、そうしたものを問いかけたいと考えています。

作品をご観になるお客さまにもいろいろな刺激を与えていきたい。例えば何だか自分を見ている気がするだとか、別の人として見てもらうでもいいし、自分が毎日していることを問いかけ始めるでもいい。人とは何か、人間とは何かと考え始めると、可能性は無限だなと感じます。

ジャンルの違うアーティストたちを集めるのも好きで、今後もますますコラボレーションに挑戦していきたいと考えています。いろいろな分野の芸術とコラボレートし、世界中で、今までやってきたこととは規模の違う大きなものを、そして普遍的なものを作っていきたいと思っています。

ファビュラ・コレクティブの活動で現在進行しているプロダクション、今後展開予定のプロジェクトは何かありますか?

トラヴィス>今いろいろな企画が進んでいます。コラボレーションや新しい作品、あと例えば映画などダンス以外のプロジェクトも検討中で、今後数年間かけて続く長いプロダクションも企画しています。

トレーニングプログラムも展開していて、今年の始めから2月にかけて『フューチャーファビュラ』を実施しました。私とジェームズ、ウィル・タケット、スティーブン・ペルトンがメンターになり、オーディションで選んだアーティストたちのメンタリングをするというプログラムです。

メンターによって指導内容は異なり、それぞれ目的意識を持ったアーティストが集まりました。私のところに集まったのは、主にクリエイションのプロセスが知りたいというアーティストたち。プロとしてクリエイションをするとはどういうことか、トレーニングを通して彼らと一緒に新しい作品を開発していきました。クリエイションとリサーチのプロセスを通して、彼らがどのように動きを開発し、ダンサーとしてどう成長するか。“自分はこういうものが作りたいんだ”というイメージを具体的に掲げてもらい、実際のクリエイションと同様のプロセスを一緒に辿っていきました。

私も彼らをプロのダンサーとして扱い、クリエイションのプロセスの中で何を考えればいいか、どう自分を後押しするか、振付を与えられたらどう反応するか、どう質問を投げかけ、答えていくか、かなり厳しく指導していきました。一緒に作品を作ることで、実際に彼らもダンサーとして成長することができたのではないかと思っています。これはいつも私がダンサーと対峙するときのスタイルであり、『Everything Would Be Nonsense』のクリエイションもかなり近いプロセスになるでしょう。

『Everything Would Be Nonsense』のクリエイションでは具体的にどのようなプロセスを辿るのでしょうか。

トラヴィス>クリエイションのプロセスとしては、まずダンサーにタスクを与えます。例えば私がある動きを見せて、ダンサーにそれを真似してもらい、さらに進化させていくこともある。または一時間という枠を設け、その中で“このテーブルの上をどう渡っていくか考えてください”というタスクを与えることもある。または会話のルールについて考えてもらい、後から私が入ってアイデアをシェアすることもある。私の質問に対して答えを出してもらい、私がその答えをさらに磨いていくこともある。

いずれにせよ、非常にコラボレーション的なプロセスです。だからこそ、今回のプロセスはとても面白いものになると思います。日本人のダンサーたちがどう答えてくれるか、私が期待してない答えが飛び出すかもしれないし、答え自体の解釈が違うかもしれません。

私としてはそれがどんな答えでもあってもいい。私にとっては知らないことが大切で、それが私のスタートポイントになります。答えに驚くこともあって、その答え自体私にはわからない可能性もあれば、期待しなかった答えかもしれない。“これが答えだ”というのではなく、“こういう答えもありだ”というイメージですね。

絵を描くのと一緒で、こんな絵を描きたいけれど、絵の具が1色しかない。そこに誰かが来て、この色を使ったらどうかと提案してくれる。そこにまた違う人が来て、この色もあるよと提案をしてくれる。全部の色を使う必要はないけれど、オプションとしていろいろな色が存在することがわかり、それによりいろいろな色が選べるようになる。選択肢が増えると、今度はこの色をミックスするとどうなるのか、この色を使ってテクスチャーが作れるかもしれないと、色に対する見方がまた違ってくることもある。

答えが出たからそれが終わりではなくて、答えが出たからまた新しい答えを導いていくことが可能になる。それが私のクリエイション法で、常に新しい答えを求めています。

 

-コンテンポラリー