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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(17)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

ダンサーが勝ち取ってきたルール

NDT1には入団年齢の規定は特にありません。かつてはバレエ学校を卒業したての16歳でNDT2に入り、二年間の研鑽を経て18歳でNDT1に入るような人もいたようです。ただ私の時代はバレエ学校で学ぶことが増えたため18歳での卒業が通常となり、NDT2を経て20歳前後でNDT1に入る、というケースが多くなりました。カンパニーの体制にも変化があって、私がNDT1に入った年の秋にNDT3ができました。

当時のNDT1は年間約9プログラム、NDT2は年間2プログラム抱えていて、それぞれひとつの公演が20公演ほどあるというハードなスケジュールをこなしていました。けれどNDT3ができたぶん、NDT1の公演数を減らせるようになった。NDT1の過酷さが少し薄れ、より内容の濃いツアーが組めるようになってきた。NDT3の発足を機に、NDT1、NDT2、NDT3のそれぞれにアーティスティックディレクターが立ち、三本柱の体制になった。その全てをキリアンが監修する、という図式ができ上がりました。

NDT3は私の退団後もしばらく活動していましたが、やがてプロジェクト・カンパニーのような形に変わっていきました。もともとゲストダンサーを集めて公演をするプロジェクトの形ではじまり、そこから固定メンバーになり、またプロジェクト化してより流動的な形態になっていった。今でもNDT3でつくった演目を持ってツアーをすることはあるようです。

キリアンはNDTの芸術監督に就く際、その条件として“カンパニーが組合に入るのなら自分はディレクターにはならない”と言った。それもあってNDTは組合には入らず、常にダンサー側の意見を運営側に届ける、という体制を取っていました。“よりよい活動をするために自分たちで必要なものを手に入れていく”という姿勢がNDTのアイデンティティ。もともとNDTはオランダ国立バレエ団で踊っていた10数名のダンサーが独立してできたカンパニーで、“私たちは自分たちの本当に踊りたいものを踊っているのか?“という問いかけからはじまっているので、“上からのお仕着せではなく自分たちで運営していくのだ“という意識が強いように感じます。

演目にしても、働き方にしても、かつては全てダンサーが主体となって動き、自分たちで決めていた。リハーサルや本番といった実際の労働面についてはもちろん、本番前のどの時間帯に食事をとり、どんなホテルに泊まり、どんな保険に入るのか、さまざまな条件、労働の在り方を代表者がディレクションして、“その結果こうなりました”とダンサーを含めた全員で話し合いを行う。そうやって少しずつ改善していった部分は大きいように思います。

ギャランティの仕組みは非常に明確です。オランダの舞台芸術界全体で定められた労働基準があって、若手のダンサーからキャリアのあるベテランまで共通のルールのもとで働いています。年数が上がるにつれ給料が上がっていく、年功序列のシステムがまずひとつ。さらに国の物価上昇率と同じペースで給料が上がる、という決まりがあります。そのほかアーティスティック・ディレクターが“この人にはより高い給料を与えたい”と思うダンサーがいれば、プラスアルファが支払われます。これらのルールは基本的にフリーランスの人間にも同様に適用されます。

NDT2に入団した当初は初任給からはじまって、カンパニーの寮に住まわせてもらい、それで基本的な生活はおくることができます。そのほかツアーは日当がつくので、ツアーが多いとそれだけで食べていけるほど大きな収入源になってくる。当時は飛行機のチケットがとても高かった頃で、私はいつも日当を貯めては、日本に帰る飛行機代にあてるようにしていました。

オランダは税金がとても高く、消費税が20%、所得税は収入に応じて税率が上がり、当時の私たちで40%程度でした。さらに保険や保障の積み立てが差し引かれるので手取りは少なくなるけれど、そのぶん医療費が安かったりと、安定した生活が手に入る。いろいろな面で守られていて、どこか社会主義的な側面があるように感じます。

オランダにはダンサーやスポーツ選手のようにキャリアが早くはじまって早く終わる人たちのための掛け金のシステムがあり、私もそこに入っていました。ひとつの職業で10年働くと他の職業に就くために勉強する資金が3年間支払われるというもので、例えばダンサーがキャリアチェンジするとき、その3年間で新たな仕事に向けた準備ができる。実際ダンサーのなかにはその制度を利用して、弁護士や歯科技工士、税理士など、別の仕事にキャリアチェンジした人たちもいました。

副収入で財を築く!

NDT2は二年契約ということもあり、どこか宙ぶらりんな感覚でした。けれどNDT1になると、将来に対する視野も長期的なものになってきます。ダンサーの中には家庭を持つ人もいれば、家を購入する人もいたりと、プライベートの時間がぐっと充実してきます。私は大の引っ越し魔で、これまで移転した回数は18回。NDTにいたときはずっと“持ち家を買おうか、どうしようか?”と迷いつつ、結局賃貸を借りては越してを繰り返し、カンパニーを辞めてはじめてハーグに自分の家を買いました。

ダンサーの多くが4階建の2、3、4階部分を購入して、2階や4階部分を人に貸して家賃収入を得ていました。恋人のユーリもそのひとり。自分名義の建物に他者を住まわせると住宅ローンから税金が控除されるため、節税対策にもなるそうです。ユーリーはまず小さな賃貸物件の購入からはじめ、かなり若い内に自分用の4階建ての家を買い(その家は全部自分用でした)、今度はそれを売ってもっと大きな物件を買い、そこからどんどん持ち物件を増やしていった。材を築く才能がありました。

彼のお母さまもダンサーで、NDTの立ち上げに関わった方でした。なのでキリアン以前のNDTの状況もよく知っていたし、ユーリもコンセルヴァトワールから上がってきたダンサーなので、私たちのように外国からきた人間とは違って知識も豊富に持っています。当時彼はカンパニーの雇用や年金など生活面の改善をする取りまとめをしていて、NDTの労働環境が良くなったのもひとつは彼の働きがあったから。ダンサーとしても優れた才能の持ち主でしたが、まだ若い内にカンパニーを退団し、カリブ海にあるオランダ領のキュラソー島に移住してリゾート開発を手がける仕事をはじめました。

彼のように上手く資産を生み出す人もいるかと思えば、常に金欠状態でカンパニーのツケでお昼ご飯を食べ、お給料が出たとたんにその精算に持って行かれるような人もいる。同じお給料なのにどうしてこんなに差が出るのだろう、やはりそこは自分たちのやりくり次第なんだなと、何だかおかしく思ったものです。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(18)につづく。

 

インフォメーション

 

新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/

貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター 
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml

神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール 
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp

<パフォーマンス>

中村恩恵カナリアプロジェクト 
沈黙のまなざしSilent Eyes
世田谷美術館 
2022年12月22日〜2023年3月21日
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/event/detail.php?id=ev01011

<ワークショップ>

神奈川県芸術舞踊協会主催研修会
ダンスワークショップ
2023年3月19日
https://dancekanagawa.jp

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

<オーディション>

(公社)神奈川県芸術舞踊協会主催公演 『モダン&バレエ 2023』
中村恩恵作品 出演者オーディション 2023 年 3 月 21 日開催
2023 年 10 月 28 日上演 「モダン&バレエ 2023」の出演ダンサーをオーディションで募集。
https://dancekanagawa.jp/

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。

 

 

 

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