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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵 (8)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

期間限定のアヴィニョン

モンテカルロ・バレエ団に入団が決まったものの、シーズンは次の夏からなのでまだ当分時間がある。当時ボーイフレンドがアヴィニョン・オペラ座で踊っていたので、彼と一緒にアヴィニョンへ行き、しばらくの間バレエ団の稽古を受けることになりました。

アヴィニョンのディレクターはフランスでも屈指のテクニシャンといわれていたダンサーで、彼のレッスンを毎日受けている内に私のテクニックもめきめき上達していきました。あるときディレクターに“夏までの期間このバレエ団で踊らないか”と誘われ、学校を辞めてアヴィニョンに移ることに決めました。結局バレエ学校にいたのはほんの数ヶ月間だけでした。

アヴィニョン・オペラ座で上演されるバレエ団の自主公演は年に1〜2回だけで、ダンサーの仕事はオペラやオペレッタの中のダンスシーンがメイン。こうしたオペラ座はフランスの各地方にたくさん存在していて、ダンサーはたいてい同じような活動をしています。

オペラやオペレッタの場合、まずディレクターがスタジオで踊りのパートの振付をつくり、その後演出家がほかの要素とあわせて舞台上で構成します。演出家が手がけるのは主に振付以外の部分で、オペラのシーンに群舞がどう登場してどう動くかといった流れを決めたり、シーンの後ろで蠢いている様子などを演出していきます。アヴィニョンでは『ファウスト』をはじめオペラ作品にいくつか出演しましたが、その経験は今自分がオペラの演出をする上でとても役立っているように思います。

アヴィニョンにいたのは半年くらいとほんのわずかな期間でしたが、バレエ公演『バレエイブニング』にも出演することができました。『バレエイブニング』はいろいろな作品をコラージュした公演で、私はドビュッシーの『月の光』を用いてディレクターが振付をしたトリオ作品を踊っています。

アヴィニョン・オペラ座『バレエイブニング』©CINE-SERVI(C)STUDIO J.LEITAO

はじめてのヒエラルキー

モンテカルロ・バレエ団に入団したのは20歳の夏。私はアテネツアーから参加しました。私にとってはじめての大きな海外ツアーで、真夏の炎天下のなかバスと飛行機を乗り継いでメンバーとともにアテネ入りしています。

私が入団したときはディレクターがピエール・ラコットからジャン=イヴ・エスキュールに変わった頃。ラコットの時代はメンバーの大半がフランス人でしたが、エスキュールになったことでメンバーも国際色豊かになって、少しずつカンパニーのカラーが変わってきた。新しいダンサーの顔ぶれも非常にインターナショナルで、4人いた同期は中国人、イタリア人、カナダ人と日本人の私です。

モンテカルロ・バレエ団は私がはじめて経験したヒエラルキーのあるカンパニーで、ダンサーはプリマからコール・ド・バレエまで階級がわかれています。私はコール・ド・バレエでの入団でした。ただコール・ド・バレエで契約をしてもそれ以上の役が付くこともあり、その場合プラスアルファのお給料がもらえます。例えばコール・ド・バレエのダンサーがプリマの役を踊った場合、格差分の手当てがプラスアルファでついてくる。役がもらえるだけでもうれしいのに、お給料もより多くもらえるのだからなおうれしい、という訳です。

ディレクターは元NDTのダンサーだった方。私はずっとバレエをメインに踊っていたのでアップライトで軽く踊りがちでしたが、彼は床に吸い付くような動きを教えてくれて、そこで踊り方がだいぶ変わっていきました。

モンテカルロ・バレエ団はジョージ・バランシンやアントニオ・チューダーの作品を上演することも多く、例えば『タランテーラ』のデュエットをバランシンのコーチから指導してもらったり、『ガラ・パフォーマンス』でフレンチバレリーナなどを踊った際はチューダー作品のコーチから教わることができました。そのほかウヴェ・ショルツ作品をはじめ、新しいスタイルがどんどん入ってきて、とても充実した日々でした。海外ツアーにも頻繁に出掛けていて、ソ連時代のティビリシなどにも行っています。

モンテカルロ・バレエ団時代。『ガラ・パフォーマンス』

 キリアン作品の衝撃

キリアン作品を私が初めて目にしたのは、モンテカルロ・バレエ団に入団した年のことでした。あのときの衝撃は今も鮮明に覚えています。

モンテカルロ・バレエ団のレパートリーにキリアンの『浄夜』があり、入団後間もなくそのリハーサルがはじまりました。キャストは前回公演同様ということで、私自身はメンバー入りすることなく、みんなのリハーサルの見学です。

下手から男女二人が登場し、旋回しながら上手に向かって進んでいく。彼らが動くと場がプラスになり、マイナスになり、またもうひと巡りすると次元が違うものになっている。人が動くたびどんどん異なる次元に風景が展開され、場が次々と変わっていく。そんな感覚にさせられたのは初めてのことでした。自分の見知っていた世界が崩れ、知らない世界が回転扉の向こうに広がっているかのような強烈な印象を受け、たちまち心奪われてしまった。“こういう作品をもっと踊りたい! NDTに行きたい!”という気持ちが強く芽生えた瞬間でした。

その年の冬にNDT2のオーディションがあるという話を聞き、挑戦しようと即決しました。モンテカルロ・バレエ団に入団して数ヶ月後には早くも気持ちはNDTに向いていて、実際秋のオーディションで内定をいただき、翌年NDT2に移籍しています。ディレクターはNDTの出身だったので、“残念だけど”と言いながら喜んで送り出してくれました。モンテカルロ・バレエ団に在籍していたのは結局一年間だけでした。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(9)につづく。

 

インフォメーション

<公演>

Iwaki Ballet Company
《Danse de l’espoir》〜この一瞬は、輝く未来のため〜
2023年1月19日(木)19:00開演予定 四谷区民ホール
『鳥の歌』振付:中村恩恵 出演:井脇幸江
https://ibc.yukie.net/schedule.html

 

<ワークショップ>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

 

<オーディション>

(公社)神奈川県芸術舞踊協会主催公演 「モダン&バレエ 2023」
中村恩恵作品 出演者オーディション 2023 年 3 月 21 日開催
2023 年 10 月 28 日上演 「モダン&バレエ 2023」の出演ダンサーをオーディションで募集。
詳細は協会HPで確認を。
https://dancekanagawa.jp/

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。

 

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