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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(33)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

“パーティーよ!”で自宅出産

オランダは自宅出産にかかわるシステムも整っていて、妊婦はまず2度ほど病院に行って医師からいろいろ説明を受け、さらに出産教室に10回程度参加する決まりになっています。

お医者さんには、まず知識をつけることが大切だと教わりました。自分の身体は今どういう状況で、次の段階でどういうことが待ち構えているか。薬を飲むこともできるけど、それにはどんな副作用があって、どんなリスクがあるか認識し、自分自身で選択するのが一番の痛み止めになる。身体は自然と赤ん坊が産まれるよう仕組みができているけれど、無知だと何でもないことがすごく難しいことのように思えてしまう、とお医者さんは言います。

近所に子どもの専門家の先生がいて、出産教室はそこに通うことに決めました。はじめてその先生のところへ行ったとき、なぜかわけもわからずわーっと涙が溢れて止まらなくなってしまった。自分でもどうしてこんなに泣いているのだろうと不思議でした。妊娠8ヵ月まで仕事をしていましたが、その間ずっとお腹が小さいままだった。助産婦さんに“子どもがちゃんと育っていないかもしれない”と心配されて、私もそれで泣いたのかもしれません。

先生は子どもの専門家でありヨガの先生でもあって、呼吸の仕方や痛みの対処の仕方を教わりました。身体から力を抜き、頭と心を休ませる、ヨガのアプローチからのリフレッシュ法です。

出産には助産婦さんが立ち会って、いざ子どもが産まれるとなったとき、“パーティーよ!”と声をかけてくれました。そのためか、出産はとても楽しい経験でした。

子どもは女の子でした。娘の名前はキリアンが付けています。候補の名前がズラリとたくさんリストに書かれていて、なかにはエリザベスという女王様のような名前もありました。そのなかから日本人にとっても違和感がなく、うつくしい響きの名前を選びました。

キリアンはチェコ出身ですが、オランダに帰化しているため、娘は日本人とオランダ人のハーフということになります。未成年の間は日本とオランダのダブル国籍で、21歳になったときにどちらかを選択します。

レッスンは翌日から

オランダには助産婦さんのほかに産後ケア専門の方がいて、出産後の一週間毎日家に来てくれました。そこで赤ちゃんのケアの仕方はもちろん、母親の心身のケアや、その他家事も手伝ってくれます。例えば最初に子どもに授乳するタイミングというのがすごく大切で、そういったことを逃さず教えてくれる。自宅で出産し、自然の摂理に敏感に子育てをしていくので、オランダの女性は産後の肥立ちが早いと聞きます。

娘を生んだ翌日から呼吸法やストレッチなど自主トレーニングをはじめました。その後バーレッスンを自宅ではじめたものの、全身が痙攣してしまい、最初は床から脚が5cmも上がらないくらい。それはそれで楽しく、身体が徐々に元に戻るプロセスも興味深いものがありました。

ただ、どこかで遅れを感じていたのでしょう。子どもが赤ん坊の頃に象徴的な夢を見たことがありました。稽古場に行くと一つのスタジオでは子どもを抱っこしたお母さんダンサーたちが涙を流しながらレッスンしていて、もう一つのスタジオでは子どものいないダンサーが集中してレッスンしてる。そこでお母さんダンサーたちはみんなに差が付いてしまうーー。今振り返れば人生は長いというのに、何故あのときあんなにあせっていたのだろうと思います。

“2ヶ月ルール”で両立を目指す

出産の2ヶ月後、5月に仕事に復帰しています。子どもはベビーシッターや託児所に預けたり、公演のときは劇場にも連れていきました。

彩の国さいたま芸術劇場で仕事をしたときは保育士さんが託児室で面倒をみてくれて、休憩のたびに駆けつけては娘に母乳をあげていました。Noismの仕事で新潟に行ったときは地元の保育園が預かってくれて、娘はぶどう狩りに連れて行ってもらったりと大いに楽しんでいたようです。野間バレエ団の仕事で大阪に行ったときは近くの保育園に預けましたが、そこで娘も言葉を覚えたらしく、“何で関西弁を喋ってるの?”と知人に驚かれたことがありました。

子どもを生んでからも教えの仕事は続けていて、娘を連れてあちこちのカンパニーへ行きました。ただパリ・オペラ座バレエ団のように拘束時間の長いカンパニーに教えに行くのは難しく、比較的拘束時間が短いカンパニーの仕事を選ぶようになりました。

オランダはお母さんのためのサポートも充実していて、そのひとつがゲスト・ファミリー制度。保育士などの資格を持つ方たちが自分の家に子どもを預かり、家族のように面倒を見てくれます。例えば誕生日や運動会、授業参観といった行事も親の代わりに参加して、本当の子どものように一緒に過ごしてくれる。第二の家庭があることで子どもの精神もサポートされる。横浜にも似たシステムがいくつかあって、私も帰国後はそうした方たちのお世話になりました。

けれど公演活動が忙しくなると、託児所に加えてベビーシッターさんにも頼み、ときには泊まりがけできてもらうようなことも出てきます。そうなると金銭的な負担も大きく、何より子どもに精神的にも体力的にもしわ寄せがきているのを目に見えて感じるようになりました。ダンサーというのは自分の時間を全て自分のために贅沢に使って成り立つ職業だけれど、でも母親になったら子どもに24時間かけてあげたいと思う。その両立の難しさを味わいました。

そこで、自分の中でひとつのルールを決めた。“2ヶ月働いたら次の2ヶ月は働かないようにする”というもので、そのためには報酬の良い仕事を選ぶ必要があります。また公演を入れるときは、そこに向けて身体をつくる時間も考慮に入れなければなりません。収入と仕事をどう配分していくか、あらかじめ年間計画を考えるようになりました。低空飛行ともいえる生活ですが、そうすることで家族奉仕もできる。フリーランスだからこそ叶う仕事の在り方でした。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(34)につづく。
 

 

インフォメーション

 

新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/

貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター 
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml

草刈民代プロデュース
『Infinity Premium Ballet Gala 2023』
2023年7月29日・31日
オーバード・ホール(富山公演)
新宿文化センター(東京公演)
https://classics-festival.com/rc/performance/infinity-premium-ballet-gala-2023/

横浜能楽堂 
『芝祐靖の遺産』
2023年8月5日
https://yokohama-nohgakudou.org/schedule/?cat2=7

神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール 
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp

<クラス>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。
 
 
 
 
 
 

 

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