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ジェームズ・ペット『ドリアン・グレイ』インタビュー!

ロンドンを拠点に活動するプロダクションカンパニー、ファビュラ・コレクティブのトリプルビル「HUMAN.」で、新作『ドリアン・グレイ』を発表するジェームズ・ペットさん。8月の来日に先駆け、本作に寄せる想いとクリエイション法、そして公演への期待をお聞きしました。

イギリスの作家オスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』を題材に、新作『ドリアン・グレイ』を創作されます。この作品をダンス化しようと考えたのは何故でしょう。

ジェームズ>ドリアン・グレイに惹かれたのは、何よりその深く複雑なキャラクター。ドリアン・グレイという人物は内面と外面が違い、いろいろなレイヤーがある。リサーチをすればするほど終わりがなく、無限に探り続けられるような感覚があって。それをどうコンテンポラリー・ダンスで表現するか、いろいろな可能性があるテーマだと感じました。

人間の持つ違う一面を見てもらいたい、というのがこの作品を取り上げた理由のひとつ。さまざまな制限のあるこの社会の中で、人はときに外部から身を守る必要がある。ダンスという媒体を使い、人間の内面に入っていき、それをいかにあらわにできるかがこの作品の重要な鍵になると考えています。

若くてうつくしくてピュアでナイーブな少年が、社会の渦にのみ込まれ、いろいろな人の影響を受け、汚れ、堕落し、死という選択肢しかない場所まで追い詰められる。彼は死の直前、あるキャラクターとの出会いによって自分の人生を振り返り、反省もする。ピュアな時代から最期に自身を見つめ直すその瞬間に至るまで、ドリアン・グレイというキャラクターの旅をカバーしていきたいと思っています。

© Alex Kingston

賞味20〜30分の作品になる予定ですが、その短い時間の中でシンプルかつリッチにストーリーを伝えていく必要がある。ドラマトゥルグをライターのベン・ルイスに頼んでいて、彼が今ストーリーを書き直しています。ベンとはズームで会議を重ねて、ドリアン・グレイについての互いの意見や考え方、気持ちを共有しているところです。2人の話し合いをもとにシナリオを作り、それをまたブラッシュアップしていく予定です。

 原作にはいろいろなキャラクターが登場しますが、キャストは私とトラヴィスだけで、2人でストーリーを語っていきます。すでにトラヴィスとはスタジオで一緒にリサーチを始めていて、さらに今後完成したシナリオをもとに具体的な振付作業に入ります。

少しだけネタバレをすると、私はドリアン・グレイを、トラヴィスはストーリーに登場する3人のキャラクターを演じます。全く違う3人のキャラクターを演じわけなければならないので、彼にとっては大きなチャレンジになるでしょう。私にとってもドリアン・グレイを演じるのは大きなチャレンジです。ドリアン・グレイというキャラクターは、タフで、難しく、とても大変な役で、この役を体現するにはかなりの勇気とオープンさが必要になると思います。振付家として、そしてダンサーとしてプレッシャーを感じつつ、このチャレンジを楽しんでいます。

2人きりの舞台なので、大がかりなセットは使わず、ラフで生々しい雰囲気のステージにしたいと思っています。ビジュアル面では照明を生かした演出をイメージしています。シーンとシーンの移り変わりに、またトラヴィスが扮する3人のキャラクターの違いを表現するという意味でも、照明が役立つのではないかと考えています。

振付家からみたダンサーとしてのトラヴィスさんの魅力とは?

ジェームズ>壮観のひとことですね。ダンサーとして本当に素晴らしい身体の質を持っていて、まるで別の惑星から来たかのような動きをする。言葉にするのは非常に難しいけれど、彼の踊りはまるで力なしで動いているかのようであり、動きの始まりと終わりがなく、延々と彼がそこにいるような錯覚を覚えます。

動きに加えてダンサーにとって重要なのが、オープンであるということ、そして人間性です。トラヴィスはそれらを全て備えてる。彼とは長い付き合いで、心開ける相手であり、だからこそアイデアを共有したり、調和もできる。何より目指すものを共有できる相手なので、またこうして一緒にクリエイションできとてもうれしく思っています。

私の務めは、トラヴィスがシナリオを理解しているか、きちんとアプローチできるよう導いていくこと。振付家として私が一応リードはするけれど、私たちの作業というのは双方向の会話みたいなもの。クリエイションではタスクを与えていきますが、ただ単に私がこうしてくださいと伝え、それを真似してもらうのではなくて、もっと深く探っていくやり取りです。

ダンサーから立ち上がってきたインパクトを誘導するのが私の役割。ダンサーの動きの言語のベストを発揮できるよう、私は自由を与えなければいません。またそれを私のビジョンに合うよう導いていき、ダンサーが提供してくれる色をより強化し、鮮やかなものにしていくのが私の責任です。

楽曲はどのようなものをイメージしていますか?

ジェームズ>楽曲はオリジナルで、私の弟が作っています。私自身クリエイションの際は音楽からインスピレーションを受けるタイプなので、どんな曲が出来上がるかすごく楽しみにしています。弟はスコットランド在住のミュージシャンで、普段は主にミュージックライブラリ用の音を作っています。彼が作ったアルバムはサウンドライブラリや制作会社に音源としてストックされ、それらは主にアメリカのCMや映画、マーケティングに使われます。ただ彼にはもっとすごい才能があると私は思っていて、もっともっと実験すべきだと考えています。

弟とはこれまでもいくつかのプロジェクトで共同作業をしていて、去年はコロナ禍のなか一緒にダンス映画を撮りました。かなり時間がかかりましたが、とても面白い経験でした。弟は仕事相手としても関係性が良く、リラックスできる相手であり、互いに目指す方向が理解できる相手です。

彼の作った音楽を聴くと、ストーリー性が感じられ、そして彼の精神が伝わってくる。兄として彼のことはよくわかっていて、その音楽の中に彼らしさが感じられる。弟がその音楽で何を伝えようとしているかが分かるし、考えさせられる。まさに『ドリアン・グレイ』にぴったりの音楽だと思います。彼はピアノやドラム、電子音などさまざまな音源をもとに、例えば音の流れを逆にしたり、歪ませたり、バラバラにしてまた調和させるようなこともできる。だからこそこのジェットコースターのようなストーリーに調和した音楽を作ってくれると期待しています。

© Alex Kingston

2019年に日本で初めてファビュラ・コレクティブのプロジェクト『Elevation-昇華-』をセルリアンタワー能楽堂で上演し、大きな評判を集めました。当時の想い出と、以降の活動をお聞かせください。

ジェームズ>あの経験はとてもうつくしい記憶として私の中に刻まれています。私とトラヴィスにとって、ダンサー、そして振付家としてのキャリアの転換期になったと思います。カンパニー ウェイン マクレガーで長年踊り、退団し、フリーダンサーとして日本に行き、自分たちの作品を発表することができた。特別で感動的な忘れられない体験でした。

以降も精力的に活動を続けてきました。まず帰国後、トラヴィスと『Tree of Codes』という作品のために二ヶ月ほどパリに行きました。これは2015年にマクレガーが作った作品で、パリ・オペラ座をはじめ各地で上演され、ワールドツアーも行っています。

その夏、ファビュラ・コレクティブで初めてサマースクールを開催しました。15〜20人ほどが参加し、1週間かけて作品を作り、最後にパフォーマンスをしています。同年秋に、『Elevation-昇華-』を進化させ、サドラーズ ウェルズ劇場リリアン ベイリス スタジオで『レイ ライン(Ley Line)』を上演しました。『レイ ライン(Ley Line)』は4作品で構成されたミックスプロで、私がトラヴィスとのデュオとソロを踊り、トラヴィスはトリオを創作し、そして日本人ダンサーの成澤幾波子さんが自作のデュエットを踊っています。

昨年は1月から2月にかけトラヴィスとオーストラリアで仕事をしたのを最後に、コロナのパンデミックにより活動休止を余儀なくされました。アーティストはみんなそうですが、コロナ渦でも何かできることはないか、とにかく機会を探し続けました。幸いなことに、私は『レイ ライン(Ley Line)』を観に来てくれた知人のアレッサンドラ・フェリから誘われ、パフォーマンスをする機会に恵まれました。8月に開催された彼女のガラで、イタリア南部にある古城の中の野外シアターで踊っています。

今年はファビュラ・コレクティブのエデュケイションプログラム『フューチャーファビュラ』でメンターとしてダンサーの指導も行いました。彼らに『レイ ライン(Ley Line)』で踊った私のソロ『Man of the Crowd』を教えましたが、とても充実した時間になりました。コロナでワークショップにも行けず悩んでいるダンサーが多いなか、短い期間ではありましたがこうした場を設けることで、少しは彼らに貢献できたのではないかと思っています。

最近は芝居にも挑戦しています。『掟の門』をベースにした映画作品で、出演は私と役者の2人。全てスタジオで制作し、今編集作業中です。まだどういう形で発表するかは決まってなくて、どこで誰に観てもらえるか検討しています。18分くらいほどの作品ですが、かなり予算も必要だったし、無料でクリックすれば誰でも観ることができるというのではなく、きちんと公開できる場所を探すのが第一目標です。上映が決定したら必ずファビュラ・コレクティブの SNSで知らせますので是非チェックしてみてください。

毎日好きなことができ、私はすごくラッキーだなと思います。ただ時代がどんどん変わってきていて、もはや劇場自体ブラックボックスではいられなくなってきているし、もっと視野を広げていかなければいけないと感じています。こんな世の中なので今後2年くらいはまださまざまな障害があるでしょうし、どんなことにも柔軟に立ち向かっていけるよう、常にオープンでいなければと思っています。

ジェームズさんがアーティストとして目指すゴール、想い描く未来像とは?

ジェームズ>私自身常にそれを考えていますが、たぶん終わりはないと思います。アーティストというのは山の頂上に辿りついたら終わりというものではない。ここ数年で私のアーティスティックビジョンはより明確になってきたし、どんなスタイルが好きなのかというのもだいぶ見えてきて、何が伝えたいかということもある程度わかってきた。答えは出ないけど、少なくとも自分のことを前より少し理解できてきた気がします。

前回の来日公演から2年経ちますが、この年月を経て自分のダンサーとしての動きの言葉が見えてきました。カンパニー ウェイン マクレガーのような大きなカンパニーで長く踊っていると、自分の身体を振付家のダンス言語で語らせる必要があり、その影響を受けるのは避けられない。前回日本に来た時はちょうどカンパニーを辞めた直後だったので、身体にまだそれが染みついていた部分があったと思います。

世界的なカンパニー、有名な振付家のもとで踊っているとそれに慣れてしまい、いざ離れてもまた似たようなものを求めてしまう。私自身はこの分野であまり有名になりたいとは考えてはないけれど、やはり評価は求めるし、そういうポジションにありたい、という部分は確かにあって。けれどフリーのダンサーとして2年間自分の声を聞きながら活動してきて、名声や肩書き、人の影響など、いろいろなものを少しずつ脱ぐことができた。

ジェームズらしさとは何かというのがわかってきたし、ジェームズらしく踊るとは何かというのがわかってきた。自分が本当にしたいことは何なのか、自分が表現したいのは何なのか、自分の内面を見つめるようになった。その旅はまだ続いてるけれど、だいぶ自分自身が掴めてきたと思います。 2年前の私と、今年の8月に日本でパフォーマンスをする私とではきっと違う。今回は本当のジェームズの声、忠実なジェームズの声が聞こえてくるはずだと思っています。

 

-コンテンポラリー