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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵 (9)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

藤色のレオタードの子、残って

NDTは当時絶頂期で、オーディションには世界中から大勢のダンサーが集まっていました。おそらく200人くらいは来ていたのではないでしょうか。スタジオにいても身動きができないほどで、審査も何グループかにわかれて行っています。

ディレクターのキリアンとバレエマスターが見守るなか、オーディションがはじまりました。一次審査はクラシックバレエで、グループごとに審査が進み、キリアン自らダンサーをどんどん絞り込んでいきます。

“その藤色のレオタードの子、残って”。これが私がキリアンに言われた初めての言葉でした。二次審査はもう少し複雑なバレエのセンターで、さらにダンサーが絞られていきました。

三次審査はモダン的な要素が入り、さらに複雑になっていきました。後ろからジュテで出てくるだけと動きはとても単純だけど、9拍子や5拍子とミニマムな音楽で、バレエダンサーにとっては拍子の取り方が難しい。ただ私はすでにモンテカルロ・バレエ団でバランシン作品などカウントが急に変わる踊りも経験していたので、“あぁよかった、得意の動きだ、これならできる!”と、ちょっぴり余裕を持ってオーディションに挑むことができました。“藤色のレオタードの子、面接に残ってください”。キリアンに言われ、最終面接に進みました。

面接で“なぜNDTを受けに来たの?”とキリアンに聞かれ、“『浄夜』を観て感動して”と伝えたら、“あんなのもう恐竜時代の作品だよ!”と言われてしまいました。すでにキリアンの中では『浄夜』は過去で、さらに次のステージに進んでいたようです。オーディションは丸一日かかり、その日のうちにコントラクトをいただいています。帰り際、キリアンに“次に来るまでに英語を勉強してきてくださいね”と宿題を言い渡されました。

NDTの拠点はオランダですが、カンパニー内の共通言語は英語です。英語を勉強したのは高校の授業が最後で、フランス語で生活していた私はいちから学び直すことになりました。いったんフランスに戻りましたが、フランスで英語を勉強するのはなかなか大変で、フランス語で書かれた教材で英語を勉強しなければなりません。ただNDT2のバレエマスターだったスイス人とベルギー人のふたりがフランス語を話せたので、入団後は言葉の面で彼らにいろいろ助けてもらうことができました。

NDT2時代。ナチョ・ドゥアト振付作品のリハーサル  ©joris jan bos

 

1991年、21歳の年にNDT2に移籍しました。NDT2は基本二年間の契約で、欠員ができるとオーディションを行い、人員を補充します。私が入ったときは4人分の空きがあり、4名のダンサーが採用されています。

NDTの地元であるオランダ・ハーグには王立のコンセルヴァトワールがあって、元NDTのダンサーが校長を務めていた関係で学校公演や卒業公演でNDTのレパートリーがたびたび上演されています。またNDTにゲストティーチャーとして来た講師が続いてコンセルヴァトワールでレッスンを行う、という流れもできていました。付属という訳ではないけれど、ハーグのコンサルヴァトワールはNDTとコネクションが強く、卒業生が常にNDTに入団していました。私の同期もハーグのコンセルヴァトワールから男女2人が入団しています。

NDT2時代。ナチョ・ドゥアト振付作品のリハーサル ©joris jan bos

5人だけのモダンクラス

NDTは私にとってはじめてのコンテンポラリーの世界でした。入団当初は身体の使い方が全然わからず、リハーサルではいつもあだらけ。というのも当時団員のレッスンはバレエクラスだけで、コントラクションすら習ったことがなかった私は舞台でいきなりコンテンポラリー作品を踊ることになる。そのギャップはとても大きく、戸惑うものがありました。そんななかひとつの転機になったのが、ルイーズ・フランケンハウス先生との出会い。先生に教わらなければ、きっと私は挫折していたと思います。

あるときカンパニーの方針で週一回土曜日にモダンクラスがはじまり、ゲストティーチャーとして教えにきたのが、ロッテルダムのダンスアカデミーの講師だったルイーズ先生でした。平日はNDT2とNDT1は別々のバレエクラスでレッスンを受けていますが、土曜のバレエクラスは合同となり、ダンサーはバレエかモダンか好きなレッスンを受けられることになりました。けれど大半のダンサーがバレエクラスを選び、モダンを選ぶのは少数派。私を含む5人がコアメンバーで、そのぶん先生も手取り足取り教えてくださり、娘のようにかわいがってくださいました。

ルイーズ先生のレッスンはリモン・テクニックを用いたもので、まずセンターでのロールアップやスイングからはじまり、続いてバーレッスンでグランプリエから全てのシークエンスを行い、またセンターに戻って床を使った動きなど踏み込んだテクニックに進みます。私にとってそれは全く新しい身体の使い方であり、考え方でもありました。

幼い頃からクラシックバレエを学んできて、こうあるべきだと規定された目に見える型というものを踊ってきました。けれどそこではじめて、ダンスというのは自分の中に内蔵している見ることのできない何かを身体を使って増幅していくことだと知った。自分の内側を見て、それを育て、見てもらう、という表現者としての踊りを先生に教わった。

胸元にちりばめた宝石をぱっと輝かせてみせるのがバレエだとしたら、自分のセンターに集中して観客を引き込んでいく踊りです。小さい頃からバレエの訓練をしてきて、バレエの檻の中に長い間がんじがらめになっていたけれど、週1回先生のクラスでそれをときほぐしていくことで、自分にしか踊ることのできない踊りを丁寧にリサーチしていくことができた。自分の身体と深くつながっていけるような感覚をはじめて覚え、私はモダンダンスの感覚の虜になりました。

自分の内側でエネルギーが放流され、躍動し、それを一旦放してあげる。そうするともう1度キャッチすることができる。けれどそれを手放せないでずっと持っていると、手中にあるものは一生変わらない。手放して空っぽにしたとき、はじめてキャッチできるエネルギーを持てるようになる。自分の感覚にしても、積み上げてきたキャリアにしてもそう。踊りのテクニックの中には人生の哲学が入っていて、それに触れることにより自分の生き方の指針が決まってくる。先生の教えは私を変えた。先生の教えは私の中で大きな基板になっていて、また私自身が今生徒たちに教える上で大切な柱になっています。

NDT2時代。ナチョ・ドゥアト振付作品のリハーサル ©joris jan bos

 

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(10)につづく。

 

インフォメーション

<公演>

Iwaki Ballet Company
《Danse de l’espoir》〜この一瞬は、輝く未来のため〜
2023年1月19日(木)19:00開演予定 四谷区民ホール
『鳥の歌』振付:中村恩恵 出演:井脇幸江

 

<ワークショップ>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

 

<オーディション>

(公社)神奈川県芸術舞踊協会主催公演 「モダン&バレエ 2023」
中村恩恵作品 出演者オーディション 2023 年 3 月 21 日開催
2023 年 10 月 28 日上演 「モダン&バレエ 2023」の出演ダンサーをオーディションで募集。
https://dancekanagawa.jp/

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。

 

 

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