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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(19)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

ダンサー生命を救ったオハッド

腰痛に悩まされていたとき、大きな救いになったのがオハッド・ナハリンとの出会い。オハッドもヘルニアを患っていて、身体を動かすことで不調を克服する方法を研究してた。当時はまだGAGAとしてメソッドを確立する前で、彼が自分自身の訓練のために使ったり、クラスを教えるときに取り入れていたようです。

オハッドが創作のためNDTに長く滞在し、その過程で身体の使い方を教わったことで、腰痛を抱えつつ身体を動かせるようになっていきました。腰痛のせいでムリがきかず、なかなか軌道にのりにくかった時期を経て、オハッドの作品に関わることで少しずつ身体が動きはじめた。自分の身体について知らなかった部分を見出すことができた。それはダンサーとして大きなターニングポイントになりました。ちょうどその頃『Bella Figura』の創作がはじまって、車輪がようやく噛み合い、動きはじめた時期でした。

オハッドの作品は本当に思い出せないくらいたくさん踊っています。私の在団時はキリアン作品とハンス・ファン・マーネンの振付作がNDT1の二大柱になっていて、次に多かったのがオハッド作品、さらにマッツ・エック、ウィリアム・フォーサイス、ナチョ・ドゥアトの6人の振付作を多く上演していました。

“キリアン・ダンサー”といわれるキリアン作品を多く踊るダンサーと、オハッドが常にキャスティングするダンサー、また両方に属す人もいれば、マッツが特に起用する人もいたりと、振付家によってそれぞれ好んで起用するダンサーのタイプというものがある。ただツアーに持って行くのは基本的にキリアン作品で、これにはもちろんどのダンサーも出演します。またオハッドも大作をつくることが度々あって、そのときはみんな出演していました。

オハッドが新作『カーモス』の創作のため、しばらくNDTに滞在することになりました。カーモスとは北欧の極夜で、真昼も太陽が昇らずに真っ暗な状態が続きます。

『カーモス』の創作時、キリアンは『Tiger Lily』という難しい作品に取りかかっていて、加えて過去のキリアン作品を記録するという作業がカンパニーの中で同時進行で行われていました。いくつかの作品が並行している場合、ダンサーはまず一時間こちらでリハーサルをし、次の一時間はまたこちらの作品の創作をしてと、並行していろいろな作品に携わります。ただそのときは『Tiger Lily』に出演しているダンサーは朝から晩までそこにかかり切りで、記録グループはそれに専念し、『カーモス』のチームはずっとオハッドと創作に打ち込むという、カンパニーが3つにわかれて活動する形を取っていました。私は『カーモス』チームです。

創作中は、オハッドによる朝のクラスからはじまります。オハッドのクラスはプリエやフォンデュなどバレエを基本に取り入れた彼独自のレッスンで、腰痛があっても大胆に動けるよう身体を使うコツがエクササイズ化されている。私もそこで触発されたものがとてもたくさんありました。

自分の身体の中にチェーンが貫かれていて、それが空から大地にすとんと向かってる。その垂直に身体を預けつつ、自由にその周りを戯れていく。垂直にぶら下がり、脱力しているけれど、常に背後に静かなる垂直があって、身体をそこに委ねていく。自分の意思ではないところで身体が動かされる、それは今までなかった感覚でした。何かに対してあらがうのではなく、物事を対処するテクニックというのでしょうか。

“ダンサーとしてもっと昇りつめていかなければ”という想いから、“腰痛でもいいんだ、激しく踊れなくてもできるとことがあるんだ”と考えが変わった。自分の中のウィークポイントに自分の居場所を見つけるという考え方です。あるときは先細っても、砂時計のようにその先にはまたより大きな世界が広がっている。きっと違う世界が開けていると、オハッドと仕事をする過程で視点がどんどん変わっていった。自分が当たり前にこうだと思っていたものが全然違う世界に見えてくる、新たな感覚を味わいました。

『カーモス』の新聞評

“No、No、No”!

はじめてオハッドを見たのはNDT2時代で、“この人なんだかすごく怖そうだ!”と、強烈なインパクトがありました。頭が大きく、身体ががちっとしていて、あまり笑うこともないような、どこかとっつきにくい印象です。そのときはレパートリー化されている作品の再演ということで、オハッドは最後に仕上げをしに来ただけで、あまり言葉を交わすこともないまま終わっています。

NDT1で一緒に仕事をしてみたら、当初の印象とは違い、オハッドはすごくユーモアがあって懐の深い人でした。オハッドはとても気さくで、みんなをご飯に誘ってくれることも度々あって、『カーモス』のチームに入っていたダンサーは彼との関係が日に日に深くなっていきました。彼は永遠の少年ではないけれど、インスピレーションの塊のような人。動きに対してすごく厳格で、一見すると曖昧に思える動きでも、身体の使い方に確たるものを持っています。

オハッドの動きを同じように動いてみせると、そうではない、“No”と言う。何度繰り返しても“No、No、No”と言われてばかり。ひたすら“No”と言われ続けていると、だんだん何が正解なのかわからなくなってくる。でも他のダンサーを見ていると、オハッドの“No”はすごく明確なんだとわかる。

オハッドが自分の身体を使って動いてみせて、それをまたダンサーがなぞって動いてみせるのだけれど、“No”と言われるものはやっぱり違う。けれどいざ自分が動いてみると、それがわからない。でもひとたび何がオハッドの“Yes”なのかわかりはじめると、すごく自由になってくる。私自身の創作作品も、一瞬曖昧に見えてもそれは意外と曖昧ではなかったりする。そういう部分はオハッドと共通するものがあるように感じます。

オハッドは過去につくった作品のシークエンスを新しい作品にポンポンポンと入れ込むことがよくあって、新作ではあってもどこか見知った感覚になるようなことがありました。でも『カーモス』の創作は違って、何か形にならないわからないものをダンサーと一緒に共有しながら生み出そうとしてた。答えがあってそこに効率的に向かっていくのではなく、何もわからないところを探っていく。見たことのないものが自分たちの中から生まれていく。すごくスリリングで一瞬一瞬が活気に満ちた、とても特別なクリエイションであり時間でした。

『カーモス』の新聞評

 

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(20)につづく。

 

インフォメーション

 

新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/

貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター 
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml

神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール 
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp

<パフォーマンス>

中村恩恵カナリアプロジェクト 
沈黙のまなざしSilent Eyes
世田谷美術館 
映像インスタレーション
2023年3月14日〜2023年3月21日
https://www.artpr.jp/setagayaartmuseum/setabi-performance20230304

<ワークショップ>

神奈川県芸術舞踊協会主催研修会
ダンスワークショップ
2023年3月19日
https://dancekanagawa.jp

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

<オーディション>

(公社)神奈川県芸術舞踊協会主催公演 『モダン&バレエ 2023』
中村恩恵作品 出演者オーディション 2023 年 3 月 21 日開催
2023 年 10 月 28 日上演 「モダン&バレエ 2023」の出演ダンサーをオーディションで募集。
https://dancekanagawa.jp/

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。

 

 

 

 

 

 

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