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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(37)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

詩を身体に置き換えていく

創作のため、Noismの拠点・新潟に滞在しています。まず最初にワークショップを行い、同時にキャストを決めていきました。キャストに選んだのは、金森穣さん、井関佐和子さん、青木尚哉さん、宮河愛一郎さん、山田勇気さん、藤井泉さん、中野綾子さんの7名です。

穣さん、井関さんはNDT時代からの知り合いで、青木さんとも何度か一緒に仕事をしたことがありました。当時Noismは設立後まだ数年という頃で、みんな若くてすごく一生懸命で、一心にダンスに集中してた。朝から晩までスタジオにいて、ダンス中心の生活を送ってた。彼らの姿を見て、私自身NDT2に入ったときの印象と重なったのを覚えています。

作中にはウイリアム・ブレイクの『無垢の予兆』に書かれた詩を使用しています。詩に書かれたテキストを個々がどう動きにしていくか、引き出していく作業です。漢字が字の形と表現する意味が重なり合うように、欧米でも文字と意味の形の重なりが研究されていて、そこに非常に心惹かれるものがありました。例えば漢字で水が流れる三本線を川とするように、アルファベットも囲むようなものをあらわすときは、カーブ、カントリー、などCからはじまることが多いといいます。

創作では、まずアルファベットを動きに変換する表をつくるところからはじめました。それをもとに、詩が書かれたスペルをひとつひとつ動きに置き換えていく。例えばAは上に伸び、Cは身体がカーブしたりと、一個一個動きに変換していく作業です。詩というのは韻を踏んで書かれているので、何度も同じ動きが出てくることで、詩のリズムがダンサーの身体で視角化されていきます。

もうひとつは、その詩が持つ単語ひとつひとつの意味を文章の構文にのっとって順に訳し、動きを起こしていくフォーム。そして最終的にその詩全体からくるイメージを使ってソロをつくる。この三つの方法で詩を動きに訳していきました。

身体をよじるにしてもどうよじるのか、ジャンプだとどうジャンプするのか。同じようにアルファベットを動きに置き換えていく作業でも、個々のダンサーによって表現は違います。その人らしいポートレートだったり、動きに対する理解が見えてきて面白い。各々のダンサーがつくったソロを私がクラッシュさせてデュエットにしたり、そこでまた変化が加わることで個々では見えなかったもうひとつのクオリティが見えたりもする。

詩を通しながらさまざまな角度から個々のダンサーらしさを出していき、最終的にそれらを構成してひとつの作品に仕立てていきました。『Waltz』はいろいろな意味で自分の中で前進を感じた作品で、舞踊批評家協会新人賞をいただいています。

初の全幕バレエに挑戦!

Noismの委嘱作はオランダにいる頃から決まっていて、帰国前からいろいろ準備を重ねていました。ただそれ以外日本での仕事の予定はなく、定期的な収入のあては何もない状態でした。

助け船を出してくれたのが野間バレエ団の野間彩さんでした。彼女はオランダにいた頃からのお友達で、「日本に帰ろうと思っているのだけれど何も決まってなくて」と相談したら、「じゃあうちのスタジオで教えてみない?」と声をかけてくださった。渋谷にあった野間バレエ団で、週に一度コンテンポラリー・ダンスのクラスを受け持つようになりました。

『シンデレラ』(c)大阪テス

あるとき野間バレエ団から「何か作品をつくりませんか?」とオファーをいただき、『The Well-Tempered』と『Room』の二作をつくっています。その流れでバレエの全幕物を作るお話をいただき、演目に決まったのが、バレエの中でも自由度が高い作品『シンデレラ』。『シンデレラ』は全幕作品で、私の中でとても大きなチャレンジでした。従来の『シンデレラ』の設定やストーリーは極力変えず、オーソドックスにつくっていこうという気持ちがありました。

けれど『シンデレラ』は音楽がすごく複雑で難しく、いわゆるバレエの6拍子や8拍子で収まりきらない変拍子も多く盛り込まれています。そうなると、トンベ、パ・ド・ブレといったいわゆるバレエティックなステップが合わなくなってくる。自分が聴こえる音をステップに置き換えていくと、オフバランスやコントラクションなど動きにタメが必要になってきて、どんどんバレエから遠ざかってしまう。王子のバリエーションなどもう完全にコンテンポラリーの動きです。

ダンサーのみなさんクラシックの方で、とても大変だったと思います。それでも非常に熱心に取り組み、踊ってくれた。結果的にとてもうつくしい仕上がりになりました。

『シンデレラ』(c)大阪テス

熊川哲也と急遽デュエット

『シンデレラ』をご覧になった評論家の方が、Kバレエ カンパニーに紹介してくださり、創作したのが熊川哲也さんとのデュエット作品『Les Fleurs Noirs(黒い花)』。Kバレエ カンパニーの委嘱作品で、トリプルビル「New Pieses」の一作として上演しています。

『Les Fleurs Noirs(黒い花)』はボードレールの詩集にインスパイヤされた作品でした。『恋人たちの死』というボードレールの詩の中に「奇妙な花々」という言葉が出てきます。私はそれを黒い花と読み解きました。

当初は熊川さんとバレエ団のダンサーの二人で踊る作品としての創作でしたが、途中で急遽私が出演することになりました。バレリーナが踊ると思って振りをつくっていたものだから、ピルエットやリフトなどクラシックの要素がかなりたくさん盛り込まれています。とはいえ最初からつくりなおすのは難しく、すでにつくり上げていたパートはそのままに、残りのパートは私自身をイメージして振りを仕上げていきました。

熊川さんは動きの初動がとにかく速い。一緒に踊っていると、こちらまで触発されていくようです。熊川さんと踊った直後に首藤康之さんと踊ったら、首藤さんが「恩恵さんの動きがすごく速くなってる」と驚いていましたね。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(38)に続く。

 

インフォメーション

<公演>

イタリアバロック音楽とコンテンポラリーダンスによる『ヴェネツィア水鏡綺譚』
2024年1月7日 17:00
会場:ファンタジー・アンプロンプチュ
チケット購入、問合せ:09012777867 ファンタジー・アンプロンプチユ 林

『PSAPPHA』(プサッファ)
2024年1月27日(土)@高知県立美術館ホール
2024年2月10日11日@横浜赤レンガ倉庫ホール
https://moak.jp/event/performing_arts/PSAPPHA-katokuniko-nakamuramegumi.html

<クラス>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。
 
 

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