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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵 (6)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

グランフェッテできる?

“コンクールの結果がダメだったら?”とは考えていなかったけれど、かといってその先の具体的な計画もありませんでした。同級生はどんどん進路が決まっていくのに、私は大学進学も考えておらず、“これからどうしよう?”と模索しているような状態です。

海外に行きたいという気持ちはありましたが、当時は海外のバレエ団の情報源といえば、ダンス専門誌をチェックしたり、周りの人たちから話を聞く程度。たとえ情報を得たとしても、そこにどうアプローチしたらいいかわからない。未来を切り開こうにも、今のように自分であれこれ調べる手立てもあまりない。

ひとつ転機になったのが、高校三年生のとき神奈川県民ホールで開催されたフランス・ユース・バレエ(JBF)の来日公演でした。自分と同年代の人たちが、フランスのヌーヴェルダンスを踊っている。彼らの姿を観て、“こういう踊りがあるんだ!”とすごく惹かれるものがありました。

折良くローザンヌ国際バレエコンクールを通じた縁があり、公演前にカンパニーのレッスンに参加させてもらえることになりました。カンパニーと一緒にレッスンを受けた後、バレエマスターに“ローザンヌで踊ったヴァリエーションを見せてくれ”と言われ、急遽レッスンピアニストの生伴奏でみんなの前でソロを披露しています。

その夜のことです。自宅にユース・バレエのディレクターから電話がかかってきて、 突然“グランフェッテできる?”と聞かれました。なんでも“女性ダンサーがホテルのプールで滑って転び、全治数ヶ月の大ケガをしてしまった。黒鳥のシーンで32回のグランフェッテがあるのだけれど、5人いる女性ダンサーの中で唯一それができるのが彼女だけだった。フェッテができるダンサーを探している”そうです。

ディレクターに“彼女のかわりに一緒にツアーに参加してくれないか?”と言われ、“はい!”とその場で即答しました。次の公演先である大阪公演からツアーに参加し、黒鳥のシーンでチュチュを着て32回のフェッテをしています。プロとして踊ったのはそれがはじめての経験でした。

ユース・バレエとパリへ

ツアーに参加したのは高校を卒業してすぐの頃。日本ツアーが終わると、その流れで彼らと一緒にパリへ行くことになりました。季節は春で、パリへ着いたらマロニエの花が街中にたくさん咲いていたのを覚えています。父がパリまで一緒に来てくれて、二人で朝ご飯を食べ、バレエ団に初出勤しています。

異国の地で、はじめてのひとり暮らしです。とはいえ大きな戸惑いはなかったように思います。フランス語は工藤先生のところに短期留学をする際ラジオ講座で勉強していたのと、ユース・バレエと共にフランスに行くと決まったときに語学学校で個人レッスンを受けていたので、基本的な会話はできるようになっていました。加えてバレエ団のディレクターが語学専門学校に通えるように手配してくださって、朝のレッスンがはじまる前に学校へ通ってフランス語の勉強をすることになりました。

さらにディレクターのはからいで、パリの有名なバレエ教師たちのレッスンを受けられることになりました。パリ・オペラ座バレエ団やコンセルヴァトワールの生徒たちがプライベートでレッスンに来ているようなクラスです。いわばパリでも生え抜きのエリートの若者たちが集まっていて、彼らとのレッスンは大きな刺激になりました。

ユース・バレエの担う役割

ヨーロッパのバレエ学校は大半が16歳〜18歳で卒業します。けれどその年齢でプロのバレエ団に入っても、他のダンサーたちとの間にギャップが生まれてしまう。そのため多くのバレエ団がスタジエール(研修生)制度を設けています。ただしスタジエールというのはできることが限られていて、カンパニーで朝のレッスンを受け、その後はみんなのリハーサルを延々と見ているだけだったりと、実地で踊る機会を得るのはなかなか難しい。学校を卒業した人たちがプロとして即戦力になるよう舞台を踏んで経験を積む場がユース・バレエであり、学校とカンパニーの橋渡し的存在でもあります。

ヨーロッパにはそうしたシステムを取っているカンパニーが多数ありますが、なかでもフランスの場合、ユース・バレエはダンサーのための教育的なプログラムであると同時に、若者の教育システムとしての役割も担っています。

プログラムはバレエの歴史とフランス史を詰め込んだ学生用の内容になっていて、例えば農民の踊りやバロックダンスを踊るシーンがあり、そこにバレエの要素がもたらされていく過程や、フェンシングのポジションとバレエのポジションの類似点、さらにフランス革命など歴史も踏まえつつ、その時代ごとの代表的な作品を紹介していきます。

それを持って学校公演に行くこともあれば、学校の体育館で子どもたちにリトミックを教えたり、小学生がスタジオにレッスン風景の見学に来たり、といった交流の機会もありました。将来その子どもたちが観客になる可能生もあるでしょう。またダンサーの立場としては、バロックから最先端のダンスまで全て自身の身体でひと通り踊ってみることができ、観る側にも踊る側にも有意義なプログラムになっています。

ダンサー全員フル稼働

ユース・バレエのスケジュールは例年同じで、まずパリで3ヶ月かけて作品の大枠をつくり、同時にリハーサルを行い、あとはずっとツアーであちこち巡ります。日本ツアーでの私の出番は32回のグランフェッテだけでしたが、『白の組曲』のシガレットのヴァリエーションや『ラ・シルフィード』、『コーラスライン』、全員が出演するスペイン風の踊りなど、どんどん出番が増えていきました。何しろダンサーは女性5人・男性6人の計11人しかいないので、全員フル稼働で踊らなければなりません。

契約は一年ごとで、夏でひとつのシーズンが終わり、ダンサーの顔ぶれも一年ごとにどんどん入れ替わっていきます。私が入ったのは5月とイレギュラーなタイミングでしたが、夏まで3ヶ月間踊った後、次の一年間も引き続きカンパニーに残ることになりました。

けれど2回目のシーズンがはじまった頃、日本にいたときにケガをした足首の状態がどんどん悪くなってきてしまった。これ以上踊るのは厳しいということで、ユース・バレエを退団し、日本に戻って手術をしようと決めました。結局ユース・バレエに在籍していたのは半年ほどでした。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(7)につづく。

 

インフォメーション

<公演>

 DaBYツアー『パフォーミングアーツ・セレクション 2022』
〜2022年12月11日
https://dancebase.yokohama/event_post/performing_arts_selection2022

アーキタンツ ショーケース
2022年12月18日
http://a-tanz.com/event/28109

Iwaki Ballet Company
《Danse de l’espoir》〜この一瞬は、輝く未来のため〜
2023年1月19日(木)19:00開演予定 四谷区民ホール
『鳥の歌』振付:中村恩恵 出演:井脇幸江

 

<ワークショップ>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

 

<オーディション>

(公社)神奈川県芸術舞踊協会主催公演 「モダン&バレエ 2023」
中村恩恵作品 出演者オーディション 2023 年 3 月 21 日開催
2023 年 10 月 28 日上演 「モダン&バレエ 2023」の出演ダンサーをオーディションで募集。
詳細は追って協会HPで発表。
https://dancekanagawa.jp/

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。

 

 

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