Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(8)
『Nameless Poison―黒衣の僧』
演出振付:金森穣
出演:井関佐和子、宮河愛一郎、藤井泉、櫛田祥光、青木枝美、永野亮比己、真下恵、藤澤拓也、後田恵、計見葵
初演:2009年11月20日
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館(新潟)、静岡芸術劇場(静岡)、愛知県芸術劇場(愛知)、東京芸術劇場(東京)、まつもと市民芸術館(長野)、Fomenko Theater (モスクワ・ロシア)
『Nameless Hands―人形の家』に続く、見世物小屋シリーズ第2弾として上演されました。
穣さんが創作に悩んでいて、振付けがかなり遅れていました。本番の2週間前になってもできあがりませんでした。もちろん穣さんも焦っていたと思うけれど、こんなに穣さんの作品ができあがらなかったことはなかったから、私たちの方が動揺していましたね。普段なら賑やかでリハーサルが終わると飲みにいく人たちが、真剣な面持ちで「夜8時まで自分たち大丈夫なんで、やりましょう!」と穣さんに言っていたくらい。普段は朝10時スタートで、夕方6時終わりです。それでもいつもくたくたなのに、本当にギリギリでした。
作品のベースにあったのがチェーホフの『黒衣の僧』。チェーホフ国際演劇祭の共同製作で、チェーホフに関連した作品を、というリクエストがありました。ただ内容はオリジナルになっています。
物語の舞台は精神科病棟で、いろいろなキャラクターの患者が病棟に囚われている。私は貞操な娼婦、医者が宮河愛一郎。衣裳もそれぞれ役に合わせて用意してもらっています。私はワンピースで、肌の露出がいっぱいある衣裳でした。でも実は、その下にももひきを履いています。あくまでも貞操なので。
このころ入ってきたのが中川賢。ツアーの最後にメンバーの一人がノロウイルスにかかり、かわりに急遽出演しています。
『psychic』に続き、イヤフォンを使っています。出番前にスタジオの裏に全員集まり、「いっせーのせ!」でiPodを押して、ちょっとでもずれている人がいたらやり直しです。会場にはギヤ・カンチェリの『Lement』が流れているけれど、私たちがイヤフォンで聴いているのはチャイコフスキーの『白鳥の湖』。新潟で1回だけ、会場も『白鳥の湖』を流す特別バージョンを上演しています。私たちは当初さまざまなクラシック音楽を聴いていましたが、本番2週間前に急遽『白鳥の湖』に変更となり、カウントなども全てやり直しとなりました。
パ・ド・ドゥの最中に、iPodに身体があたって、音がずれてしまったことがありました。仕方ないので音ではなく、相手に合わせながらパ・ド・ドゥを踊っています。一緒にいるのに一緒の音楽を聴いていない。緊張感はすごいものがありました。
“ゆっくりと私は時間から出てゆきーー”と、壁面にテキストが書かれています。これはハンス・ザールの詩。穣さんが選んだものです。話のつじつまが合わないし、ストーリーがあるようでない。だから話を追っていこうとしなくてもいい。抽象具合と具象具合がほどよく混ざり合っていて、行為自体は具体的だけど、全体の流れは抽象のよう。近年はそういう作品が多く、それこそ金森穣の作品だと思うようになりました。穣さんの中の作家性がどんどん色濃くなってきた時期で、身体性もここでかなり見えた気がします。鈴木忠志さんがすごく気に入ってくださり、2日間続けて観に来てくださいました。
でもこういう作品って、たいていウケが良くないんです。わかりにくさがあって、観客に委ねている部分がある。だけどそれはすごく重要だと思っています。
ロシア・チェーホフ演劇祭でも上演しています。手応えはいかがでしたか?
ロシアの方たちはチェーホフの『黒衣の僧』を日本人がどう舞台化するのか、という目線で見ます。現地で取材も受けました。20代だった私には、チェーホフについて聞かれても、明確な答えが出てこない。もう少し勉強しておくべきだったと、自分の甘さを痛感しました。そのころから演劇の本を読むようになりましたね。
現地の受けは良く、「また戻ってきてほしい」と言われました。実際その後、『カルメン』をチェーホフで踊っています。また『残影の庭―Traces Garden』と『春の祭典』、『夏の名残のバラ』をもって行く予定だったけれど、コロナ禍で延期になり、そして戦争が起きてしまった。今となっては貴重なロシア公演です。
グランシップ開館10周年記念事業 オペラ『椿姫』
演出・照明・衣裳デザイン:鈴木忠志
振付:金森穣
出演:井関佐和子、宮河愛一郎、櫛田祥光、永野亮比己、藤澤拓也(ダンス)
初演:2009年12月11日
会場:静岡県コンベンションアーツセンター グランシップ〈中ホール・大地〉
はじめて鈴木忠志さんの演出作品に参加しました。
穣さんがオペラの中のダンスシーンに振付けをして、私と男性の計5人が踊っています。やはり鈴木さんの作品ということで、こちらも気合いが違います。本番よりかなり前に一度静岡へ見せに行きました。鈴木さんはじめ、役者さんや関係者が全員見ている前でのショーイングでは、胸が裂けそうなくらい緊張しました。その後稽古を繰り返しましたが、ユニゾンのダンスシーンの音がやたらと難しく、本番はみんなで間違えてしまった。穣さんが激ギレして、終わってから私たち全員楽屋に並んで立たされました。もう平謝りするしかありません。廊下に立つ小学生のようで笑えますが、やはり苦い思い出です。
劇的舞踊『ホフマン物語』
演出振付・空間:金森穣
出演:井関佐和子、宮河愛一郎、藤井泉、櫛田祥光、中川賢、永野亮比己、真下恵、藤澤拓也、後田恵、計見葵(Noism1)、石垣文子、亀井彩加、角田レオナルド仁、永井由利子、廣川紗恵、堀川美樹、山崎文香、吉田駿太朗(Noism2)
初演:2010年7月16日
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館(新潟)、静岡芸術劇場(静岡)
E.T.A.ホフマンの『ホフマン物語』を題材にした作品でした。
穣さんは台本を書いてはいたけれど、みんなには渡していなかったと思います。基本的に台本を見せる人ではなくて、たいてい振付をつくった後に、シチュエーションをちょっと口頭で説明するくらい。穣さん的には、音楽と振りで感じ取ってほしい、それがすごく重要だ、という想いがあるようです。
役名がそれぞれありました。作家のE.T.A.ホフマンは宮河愛一郎。私は人形のオランピア、ジュリエッタ、アントニアの3役。オランピアは藤澤拓也、ジュリエッタは永野亮比己、アントニアは中川賢で、3人のホフマンと踊っています。普通はひとりのホフマンと3人の女性で演じられることが多い作品ですが、金森版は逆になっていました。
3役ともタイプの違うキャラクターです。子どものころから役を生きるのが好きで、3つの役を踊れることはシンプルにうれしかった。表現を変容させることに興味がありました。
役の切り替えは全然問題ありません。切り替えている感じもなく、いつの間にか役に入ってしまう。言い換えれば、役が私になってくる感じです。逆に、ものすごく考えて、頑張ってその役になりきろうとするとダメですね。既視感が出て本質的でなく、薄っぺらくなってしまう。井関佐和子という舞踊家でなくてもよくなってしまうんです。その例が『カルメン』。踊った瞬間はやりきったつもりでいたんです。まだまだだなというのは、舞台が終わったあと、だいぶ経ってからでした。
『ホフマン物語』は美術セットも大掛かりでこだわりが感じられました。
床はリノリウムではなく、パンチカーペットにしています。穣さんと二人で踊った『Silentium』もそう。毛がないカーペットのような床で、実はすごく踊りにくいんです。それでもなぜあえてパンチカーペットにするかというと、吸い込まれるような真空状態が演出できるから。照明を吸ってくれるので、反射が少なく、空間があまりギラギラすることがありません。
舞台装置には平台と箱馬を使っています。舞台袖にある劇場の備品で、どこの劇場に行ってもあるので経費がかからない。Noismは年間予算が決まった中での活動なので、あるものでやる。そういう制約も面白いところです。平台と箱馬を何十個と使って、壁や床をつくっていきました。
平台には3尺×6尺、6尺×6尺など種類がいくつかあって、「床を正方形にしたい」と穣さんが言えば、どこにどのサイズの平台を置けば正方形になるか、パズルのように組み合わせていく。まるで数学の問題です。平台の配置が決まったら、誰がどこに平台を最初に置き、その次どこに誰が置いたら、最小の動きで済むか考える。ひとりがちょっとでも斜めに置いてしまうと全部がダメになる。いつものことですが、穣さんは1度決めても、作品をつくっていく過程でその決めた場所が「どうしても違う!」となる。装置の場所を変えるということは、パズルが変わることになる。結局また全部やり直しです。Noismは振りをつくるときではなく、むしろそういう細かい作業に一番時間がかかります。
Noism1、Noism2初の合同公演でした。
このころのNoism2はNoism1よりギラギラしていた。賑やかで、みんなの繋がりも強く、Noism1の初期メンバーのような感じです。あの子たちをどうやってまとめていくのか、心配でしたね。でも新作ですから、Noism2にばかりそんなに時間を割けません。それもあって、このときからNoism2のミストレスをひとり置いています。
『ホフマン物語』は2010年7月に新潟で初演を迎え、その翌年3月19日に静岡で上演しています。3月11日の東日本大震災の直後でした。震災当日はりゅーとぴあのスタジオで通し稽古中で、ものすごく揺れて、稽古は当然中止です。帰宅途中、道路が波打っているのをはじめて目にしました。今振り返ると、よく静岡に行けたなと思います。原発の問題が起き、静岡への移動方法もかなり難航しました。Noism1のメンバーは自己判断でよくても、Noism2はそうはいきません。親御さんが心配して、なかにはツアーに参加できないかもしれないというメンバーも出てきました。あのときは必死に乗り越えた感じでしたね。
Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(9)につづく。
プロフィール
井関 佐和子
Sawako ISEKI
Noism Company Niigata国際活動部門芸術監督 / Noism0
舞踊家。1978年高知県生まれ。3歳よりクラシックバレエを一の宮咲子に師事。16歳で渡欧。スイス・チューリッヒ国立バレエ学校を経て、ルードラ・ベジャール・ローザンヌにてモーリス・ベジャールらに師事。’98年ネザーランド・ダンス・シアターⅡ(オランダ)に入団、イリ・キリアン、オハッド・ナハリン、ポール・ライトフット等の作品を踊る。’01年クルベルグ・バレエ(スウェーデン)に移籍、マッツ・エック、ヨハン・インガー等の作品を踊る。’04年4月Noism結成メンバーとなり、金森穣作品においては常に主要なパートを務め、日本を代表する舞踊家のひとりとして、各方面から高い評価と注目を集めている。’08年よりバレエミストレス、’10年よりNoism副芸術監督を務める。22年9月よりNoism Company Niigata国際活動部門芸術監督。第38回ニムラ舞踊賞、令和2年度(第71回)芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
Noism
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館を拠点に活動する、日本初の公共劇場専属舞踊団。プロフェッショナル選抜メンバーによるNoism0(ノイズムゼロ)、プロフェッショナルカンパニーNoism1(ノイズムワン)、研修生カンパニーNoism2(ノイズムツー)の3つの集団があり、国内・世界各地からオーディションで選ばれた舞踊家が新潟に移住し、年間を通して活動。2004年の設立以来、りゅーとぴあで創った作品を国内外で上演し、新潟から世界に向けてグローバルに展開する活動(国際活動部門)とともに、市民のためのオープンクラス、学校へのアウトリーチをはじめとした地域に根差した活動(地域活動部門)を行っている。Noismの由来は「No-ism=無主義」。特定の主義を持たず、今この時代に新たな舞踊芸術を創造することを志している。https://noism.jp/






