熊谷拓明『上を向いて逃げよう』インタビュー!
ソロ作品も積極的に展開されています。ソロとキャストを招いた作品で作業に何か違いはありますか?
熊谷>ソロもキャストの方々がいる作品にしても、作業はそれほど変わらないですね。キャストの方々がいる場合、自分の中のひとり言で済んでいるものを人に伝えなきゃいけない、ということはあるけれど。昨年秋にソロ作品『嗚呼、愛しのソフィアンぬ』を連続15回上演しましたが、これは自己最高記録。スタッフの方々と相談して、休演日なくみんなが健やかにできるマックスの数ということで15回になりました。
ソロとキャストの方々を招いての作品と、だいたい交互に上演している感じでしょうか。“このタイミングでソロ公演をするなら次はこれくらいの規模でこのメンバーで公演をしたら面白いかな”と考えてみたりと、自分をプロデュースするのが好きなんです。スケジュールは一年半くらい先まで組んでいて、今は2019年の秋まで予定を決めて動いています。
今年の春から新たに『踊る楽語』シリーズをスタート。野方噺亭と銘打った会場で二ヶ月間に渡りひとり語りを繰り広げ、好評を博しました。
熊谷>『踊る楽語』シリーズはソロで、一時間くらい喋りっぱなし。話すのは好きなんです(笑)。『嗚呼、愛しのソフィアンぬ』もソロ作品でしたけど、照明、美術、音楽まで、『上を向いて逃げよう』と同じスタッフの方々が協力してくれました。ここ三年くらい同じスタッフの方々でずっとチームを組んでいて、頼り甲斐ある方たちと一緒に仕事ができるのはすごくラッキーだなと思います。ただ作品自体の力を付けていくためにはどうしたらいいだろうかと考えたとき、一度彼らに頼らずにやらなければダメだと思って。そういう意味でも、楽語なら自分の声色と動きだけで物語が展開できるので最適でした。
古典落語には決まった物語があって、お客さんもみなさん話の内容を知っていますよね。それで実際に物語がはじまると、“来た来た、待ってました!”となる。あれにちょっと憧れていて、楽語の話もオリジナルではあるけれど、事前にある程度内容を発表しておきました。同じ物語を二ヶ月間ぐるぐる回していく訳ですが、相手が知ってる話をいかに楽しく伝えられるかという意味でハードルも上がるだろうし、僕としては修業のつもりもありました。実際二ヶ月かけて話していく内にだいぶ付け足されていったりと、最後の方になるとかなり尺が長くなった話もありました。
楽語をはじめてみて、楽しかったという気持ちが一番ですけど、何よりすごくしっくりきた感じ。もともとこういうことを小さい頃からやっていて、戻ったつもりでいたけど戻りきれてなかったところにやっと戻ったという感覚がありました。楽語にはダンス劇の芯がある気がして、今後も続けていくつもりです。
地元のお客さんの中には楽語で初めて僕を知った方もいて、“あの噺家さん面白いわよね”と言っていたという話も聞きました(笑)。その方たちが今度の新作を観に来てくれることになったりと、面白い循環が起きています。身体ひとつでできるのも楽語のいいところで、今は地方をツアーで巡っています。『踊る楽語』では黄色いジャージ姿で高座に上がっていますが、同様の衣裳で告知をしていたので、地方の会場に行くと“本物だ!”と言われることも。最近は黄色いジャージ=楽語のキャラになりつつあるようです(笑)。
本物の噺家とも間違われるほどのそのユーモアセンスはどのようにして培われてきたのでしょう?
熊谷>父と母がすごく変わった人たちなので、育った環境なのかもしれません。父は基本的にもの静かだけれど、静かに面白い人。母はわざとらしいリアクションや会話を嫌う人で、よくダメ出しをされていました。例えば僕がミュージカル映画を観ていると、“この人はわざとらしいけど、この人は自然だ”とか勝手に言っていたりする。そんなことばかり聞かされて育ってきたので、いつしか僕も“あ、大げさってダメなんだ”と思うようになったというか。自分ができているかどうかは別として、憧れるのは、あまり押しつけがましくないコケティッシュ。逆にウソだろうという声は、“うーん、ちょっとなぁ”と感じてしまいます。