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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵 (10)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

あざだらけの初舞台

NDT2に入って最初に踊ったキリアン作品は『Un Ballo』。私の入団前年にキリアンがNDT2のために創作した作品です。まずバレエマスターから振付を教わり、ある程度踊り込んだ頃、キリアンが仕上げにやってきました。『Un Ballo』に限らず、キリアン作品を上演するときは必ず最後にキリアン自身が仕上げにかかります。キリアンは今でもよく“形はできても、最後に魂を込められるのは振付家本人しかいない”と言っていて、本当にそれを感じます。

『Un Ballo』はとても美しい作品ですが、難しいリフトがたくさん入っていて、最初はみんなあざだらけになってしまいます。私もあざだらけになりつつ、そこでキリアンの特徴的なリフトを学ぶことができました。そのほかNDT2では『Stoolgame』という政治的メッセージの強いキリアンの初期作品と、『Stamping Ground』の3作品を踊りました。

NDT2ではオハッド・ナハリンの作品をはじめ、その時代の新進若手振付家の作品も踊っています。若手の作品を踊るのは楽しく、触発されるものがあり、“私もいつか作品をつくりたい!”という気持ちがふつふつと芽生えていきました。 

キリアンがアボリジニのダンスに触発されて創作した初期作品『Stamping Ground』©LAURIE LEWIS

踊りの娼婦のような違和感に

NDT2の契約は原則二年。ただ入団一年目というのは教わるばかりで、戦力になるかというとなかなか難しい。なかには16歳で入団する若いダンサーもいます。右も左もわからない状態で入ってきて、いろいろなことを覚えてやっと踊れるようになった頃、契約期限がきてしまう。メンバーのうち踊れる人が半分、新米が半分となると、踊れるダンサーの負担は大きなものになってくる。後に“三年契約も可”とルールが変更されますが、そういう意味合いも大きかったと思います。三年契約の場合、新米が何人かいたとしても、踊れる層がその倍いてカバーでき、カンパニーも安定してきます。

NDT1のダンサーは男女16人ずつの計32人。欠員募集なので、誰かが辞めない限り入団はできません。私がNDT1に入る少し前、ベテラン勢がごそっと辞めて、そのぶんNDT2から若手がたくさん入団したことがありました。そのため私がNDT1に入った頃は30代以下のダンサーがたくさんいて、なかなかカンパニーを辞める人もいなければ空きもない、という状態になっていました。仮にひとり辞めたとしても、NDT2から持ち上がりで入れるとは限らず、どこかのバレエ団からバレリーナがぽんと入ることもある。

NDT2で時間をかけて育ててきたのに、どんどんダンサーが外に出ていってしまう。もったいないことに、人材をいかし切れていない。これも三年体勢に変わった一因だと思います。三年契約なら二年時に空きがなくても、もう一年NDT2で研鑽を積み、翌年空きがあったらNDT1に入るという道も開けます。実際私がNDT1に入ったときは女性の空きがひとつしかなく、女性で入ったのは私ひとりで、あと男性がふたり入団しました。いずれもNDT2の同期です。同期は4人でしたが、もうひとりの女性はまだ若かったこともあってそのままNDT2に残り、一年遅れでNDT1に入っています。

契約期間内にカンパニー側がダンサーを解雇するようなことはまずなくて、自主的に辞めない限りメンバーに動きが起こることはありません。しかし、時としては、年に一度の面接の場で“そろそろ辞めない?”という、いわば肩たたきのようなことも行われます。面接ではひとりずつダンサーが呼ばれては、“今のあなたの状況はどうだ”と問題点を指摘されたり、“もっとがんばってください”と発破をかけられたりもします。また面接は“次の年もカンパニーに残りたいか・離れるか”という、ダンサーにとって意思表明の場でもありました。

面接のたび、続けるかどうか迷っていました。ダンスカンパニーというのはどこもたいていそうですが、まずトップの人間が上演作品を決め、振付家がキャスティングをして、ダンサーは与えられた演目を踊ります。ダンサーが自分で選び取ることはない。ある意味パック旅行のツアーに似ていて、ひとりでは行けないところまで連れて行ってもらえるけれど、同時に自分の興味のないものまで見なければならなかったりもする。

アーティストとしては、自分で見極め、ひとつひとつ丁寧に選び取っていくべきだけど、それとは相反してる。自分が心から信じ切れない演目があったとしても、プロである以上どの作品も同じ熱量を持って踊る必要がある。そうなるとどこか自分が踊りの娼婦になっているような感じがして、すごく違和感を覚えていました。NDT1に入るときもかなり迷いました。でもNDT1に行ったらまた違うものの見方があるのかもしれないと思い、最終的に入団を決意しました。

NDT2時代。 Hans van Manen振付作『SQUARES』©joris jan bos

見よう見まねで覚えたレパートリー

NDT1はひとつひとつのリハーサルにかける時間が短く、それはNDT2との大きな違いでした。すでにレパートリー化されている旧作の場合、まずバレエマスターが何回か稽古を行い、その後キリアンが来て最終的な仕上げをします。仕上げとはいえキリアンの稽古は最初から本格的で、かつ要求が非常に高い。手取り足取りしてくれたNDT2のときとは勝手が違い、できて当然、という雰囲気です。例えば、次のツアーでキリアンの『Falling Angels』を上演します、今日からリハーサルがはじまります、音楽をかけました、全員本気で踊っています、はい、リハーサルはおしまいーー、となる。レパートリーの振付はダンサーはみんな知っているので、逐一教えてなどくれません。“この状況でどうやって振りを覚えればいいんだろう?”と途方に暮れつつ、先輩たちの踊りを見よう見まねで身体に入れていきました。

そこで役に立ったのが、モンテカルロ・バレエ団での経験でした。モナコ時代、先輩の代役で急遽舞台に立ったことがありました。はじめてのツアー先で“自分は第二キャストだから”とのん気に客席から本番を見学していたら、突然“あなたの第一キャストが踊るヴァリエーションの、反対側のパートを踊るダンサーが足をケガしてしまった。急いで衣裳を着て踊って。反対のパートだけど、できるでしょう?”と言われて……。

大切な国際フェスティバルの本番に、新米の私が突然ぽんと放り込まれた。ただそこで踊り切ったことで、役がたくさんつくようになった。もし私が即座に代役を踊れなかったら、その日のバレエ団の公演は一体どうなっていたことでしょう。いつでもどこのパートでも踊れように、見ただけで振付を覚える。そうした心構えはモナコ時代に叩き込まれていたので、新しいレパートリーもどんどん身体に入れることができたのだと思います。

NDT2時代。©hans gerritsen

 

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(11)につづく。

 

インフォメーション

<公演>

Iwaki Ballet Company
《Danse de l’espoir》〜この一瞬は、輝く未来のため〜
四谷区民ホール
2023年1月19日19:00開演予定 
『鳥の歌』振付:中村恩恵 出演:井脇幸江
 

新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/

貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター 
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml

神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール 
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp

<パフォーマンス>

中村恩恵カナリアプロジェクト 
沈黙のまなざしSilent Eyes
世田谷美術館 
2022年12月22日〜2023年3月21日
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/event/detail.php?id=ev01011

<ワークショップ>

神奈川県芸術舞踊協会主催研修会
ダンスワークショップ
2023年3月19日
https://dancekanagawa.jp

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

<オーディション>

(公社)神奈川県芸術舞踊協会主催公演 『モダン&バレエ 2023』
中村恩恵作品 出演者オーディション 2023 年 3 月 21 日開催
2023 年 10 月 28 日上演 「モダン&バレエ 2023」の出演ダンサーをオーディションで募集。
https://dancekanagawa.jp/

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。

 

 

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