dancedition

バレエ、ダンス、舞踏、ミュージカル……。劇場通いをもっと楽しく。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵 (5)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

初の受賞はローザンヌ

ローザンヌ国際バレエコンクールには二回出場しています。一回目は1987年。パリに短期留学している最中で、ローザンヌにはパリから直接行きました。コンクールは高校二年の冬休み明けで、それまで数学が一番好きな科目だったのに、向こうに行っている間に授業が進んでしまい、帰国後に受けた試験がさんざんだったのはちょっと悲しい思い出です。

ローザンヌ国際バレエコンクールの課題は古典2曲と創作1曲。クラシックは『海賊』と『ジゼル』、創作は自分で振付けた『風の歌』という作品を踊りました。『風の歌』の楽曲にはピアノの先生から教えていただいた邦楽を使っています。ピアノのレッスンは一応続けていたけど、私は全然弾けないダメな生徒でしたね。レッスンに行くと先生がいつもおいしいお菓子を用意してくださっていて、私はそれらを食べながら、私が弾くはずだった曲を先生が弾いてくださるのをのんびり聴いている……。これでは上達する訳がありません。

先生はレコードをたくさん持っていて、家で聴かないような曲をいろいろ教えてくださいました。あるとき尺八で演奏された『風の歌』という曲を聴き、“これで作品をつくりたい!”という気持ちが沸いてきた。そこからできあがったのが『風の歌』。風の音を聴いているのか、自分自身が風なのか、その両方を行ったり来たりするようなソロ作品です。ストーリー性はなく、抽象的な作品で、白い衣裳を着て踊っています。今ほどあれこれ込み入ったことを考えずにつくっていたので、創作にしても、したいことを楽しくしていたという感覚でした。

バーについただけで落とされる

当時のローザンヌ国際バレエコンクールはビデオ審査がなく、アラベスクやルルベなど決められたポーズの写真を何枚か提出することになっていました。私は森先生が撮ってくださった写真を送り、その後実技審査を受けに現地へ飛びました。

コンクールで最初に受けるのがバー審査。それがとても過酷で、バーについた途端にどんどん落とされていきます。レオタードを着てプリエもせずに、並んだだけで落とされてしまう。ヨーロッパの人はまだしも、日本やブラジルから来てもそう。お金も時間もかけて、希望を抱いてはるばる行ったのに、何もしないうちに落とされるなんてショックですよね。審査の過程でどんどん振り落とされていき、ようやく衣裳をつけて踊れるのがセミファイナルです。

私はセミファイナルまで残ることができました。セミファイナルまで残ると、旅費と滞在費が戻ってきます。またローザンヌ国際バレエコンクールのセミファイナリストまでいくとひとつの肩書きにもなって、ヨーロッパのバレエ団に応募するときなどはそれを記載することができます。

日本のコンクールではずっと予選落ちばかりだったので、“あれ、私、セミファイナルまで残ってる。ここまでいけたんだ!”という驚きがありました。それまではコンクールで落とされても、“残念だな”と思う一方で、“たぶん決戦まで行ける人と私ではタイプが違うんだ”と思っていました。でもローザンヌ国際バレエコンクールでセミファイナルまで残ったことで、“もうちょっと何か努力したら自分も決戦に行けるんだ”と強く思えた。努力すべき点が具体的にわかった気がしました。

ローザンヌ国際バレエコンクールのあと、初めて日本のコンクールで賞をいただきました。日本バレエ協会がはじめたアジア・パシフィック国際バレエ・コンクールのIBM賞で、賞金が出る賞でした。そのときは『ジゼル』と『海賊』を踊っています。また神奈川県芸術舞踊協会の公演で『レ・シルフィード』の主役を踊る機会をいただいたりと、それまで以上に他の先生に指導していただくことが増え、すごく刺激を受けました。   

ラストチャンスだった二度目のトライ

翌年、再びローザンヌ国際バレエコンクールに挑戦しています。年齢的に受けられるのはそれが最後のチャンスだったので、もう一度挑戦しようと決めました。ローザンヌ国際バレエコンクールにはじめて出たとき思ったのが、“大きなスタジオで踊ったことがないから、もしかすると踊りが小さくなっているのかもしれない”ということでした。

小倉先生のお教室は小じんまりとしていたので、トンベ、パドブレ、グリッサードまで思いきり動くと、ジュテを跳ぶスペースがなくなってしまう。二回繰り返す技の場合は両方とも小さく動くか、一回目を大きく動いて二回目を小さく動くか、その逆にするか、チョイスしながらいつも練習していました。

大きなお稽古場で踊る必要があるかもしれない。ならばということで、家の前にできたマンションの公園に行って、『海賊』のヴァリエーションをひとりで練習していました。子どもたちが遊ぶ運動場で、運動靴を履いての練習です。

思い出の公園で

課題曲の創作作品は中島素子先生につくっていただきました。『雪女』というタイトルで、トゥシューズに白い総タイツ、薄い透けた着物を羽織って踊っています。摺り足ですすっと舞台に出ていって、正座をして振り返るところからはじまります。楽曲は能の中でも乱を思わせるようなもの。冒頭はとても静かで、途中からテンポが変わっていきます。私は般若のお面を持っていて、最後に着物をはらりと置いて、ふっと見るとお面をかぶっていて……。

古典は『海賊』を踊りました。ローザンヌ国際バレエコンクールでは公式カメラマンが撮った写真を販売していて、『海賊』のビッグジャンプをしている写真を父が購入し、ポストカードをつくってくれました。

決戦は舞台の上で、観客の前で踊ります。楽屋は渡辺レイさんと同じで、席も隣合わせ。レイさんが言うには、“恩恵ちゃんはお人形を持っていて、楽屋でずっとしゃべりかけていた。それで出番になると、踊ってくるからちょっと待っててねと言って出て行った”そうです。私は全く覚えてないけれど……。

決戦の発表も舞台上で行われます。みんなそれぞれ衣裳を着たまま袖に待機していて、名前が呼ばれると舞台上に出て行く。ローザンヌ国際バレエコンクールは名前を呼ばれるのが後になればなるほど大きな賞がもらえるので、袖で待っている間はとにかくどきどきしていました。

賞は私のようにバレエ学校に属していない人を対象にしたスカラシップがもらえる賞と、学校に属している人を対象にした賞金が出る賞があります。スカラシップはより一層の成長を目指すために留学の権利が与えられますが、プロフェッショナル賞はすでにプロとして踊れる状況にあるという意味を持っていて、留学権がないかわりに賞金が出ます。

私はプロフェッショナル賞をいただきました。親との約束もあり、賞がとれなかったらバレエを辞めなければいけなかったけれど、これで無事続けられることになりました。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(6)につづく。

 

 

インフォメーション

<公演>

 DaBYツアー『パフォーミングアーツ・セレクション 2022』
〜2022年12月11日
https://dancebase.yokohama/event_post/performing_arts_selection2022

アーキタンツ ショーケース
2022年12月18日
http://a-tanz.com/event/28109

 

<ワークショップ>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

 

<オーディション>

(公社)神奈川県芸術舞踊協会主催公演 「モダン&バレエ 2023」
中村恩恵作品 出演者オーディション 2023 年 3 月 21 日開催
2023 年 10 月 28 日上演 「モダン&バレエ 2023」の出演ダンサーをオーディションで募集。
詳細は追って協会HPで発表。
https://dancekanagawa.jp/

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。

 

 

-コンテンポラリー