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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(26)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

退団後初作品で金賞受賞

 2000年2月、ハーグのコルゾー劇場で『Dream Window』を発表しました。NDT退団の半年後で、フリーになってはじめて仕事として報酬をいただき、振付をした作品でした。

コルゾー劇場は小さいながらも興味深い企画を精力的に手がけている劇場で、公演を観に足を運んだり、私自身も仲間の作品にダンサーとして出演したことがありました。NDTの最後のNYツアーから戻ってきたときのこと、ふと思いついてふらりと劇場に立ち寄ってみたら、ディレクターがホールのカフェでひとりコーヒーを飲んでいました。ちょうど劇場が夏期休暇に入っていたようです。“今日でカンパニー辞めたんです。これから何をしようかと思って……”と話したら、“今度新進振付家4人が作品を発表する企画を考えている。『Four Steps Forward』という公演なのだが、メグミもそこで作品を発表してみないか”とディレクターから提案された。その場で“ぜひ”と返事をし、創作に取りかかることになりました。

ディレクターは作品の制作過程にドラマトュルクとして関わり助言を与えることで、新人振付家だった私を多方面からサポートしてくれました。毎回考えさせられることを投げかけられ、その都度こちらもクリアしなければなりません。一番ためになったのは、“他者の作品に出るのもいいけれど、自作自演で自分が一体何者なのかまず見つめるところはじめるといい”と言われたこと。ディレクターはアーティストの才能を引き出すのがとても上手な人で、彼のお陰で私も世に出してもらったようなところがありました。

『Dream Window』の発想のきっかけになったのが、夢窓疎石という庭師がつくった京都の石庭でした。私ともうひとりの女性とのデュエット作で、私たちは白いロングドレスを着て踊ります。衣裳は伸縮する素材でできていて、産道を通って胎児が生まれ落ちるかのようにレースが引っぱられ、もうひとりの女性がそれを着る。ふたりは双子のようでもあり、分身的な存在でもある。大きな墓石を思わせるセットが舞台上にあり、その上で踊ります。後から気付いたのですが、私は一貫して死後の世界をテーマにしていて、『Dream Window』はおそらくその原型なのでしょう。

共演したのはロッテルダム・ダンス・アカデミー出身のニコール・パイゼルという女性で、とても才能のあるダンサーでした。私より少し若く、強いものがあり、彼女のことがダンサーとしてとても好きだった。ニコールはザ・フォーサイス・カンパニーに憧れていたけれど、“自分にはムリだ、とうてい入れない”と尻込みをしてた。私は“あなたが本当にしたいことなら諦めたらダメだよ、自分を信じてアプローチした方がいい”と伝えました。彼女はその後オーディションに合格し、念願のカンパニー入りを果たしています。

『Dream Window』で私はオランダのGolden Theater Dance Prize 2000を受賞しました。ノミネートされたのは、私とヨハン・インガー、オランダ国立バレエ団の男性ダンサーの3名でした。

Golden Theater Dance Prize 2000受賞の際に制作されたポストカード

年間優秀作品に輝く

『Dream Window』の次につくったのが自作自演のソロ作品。私を含めた3人の女性のトリプルビルで、『Dream Window』を一緒に踊ったニコールと、もうひとりロッテルダム・ダンス・アカデミー出身のイタリア人の女性ダンサーが加わり、それぞれ自身の作品を上演しています。イタリア人の女性ダンサーは知的なつくり手で、ニコールの方はとても感性が鋭い人。イタリア人の彼女の家に集まっては、どういうプログラムを組んでどのように助成金を申請すればいいか、夜遅くまであれこれ話し合いを重ねました。

ところがいざプログラムを企画するとなったとき、法人化されていないと助成金を申し込むのが難しいということがわかった。窮地を救ってくれたのがコルゾー劇場のディレクターで、劇場の主催事業ということで助成金を申請してくれると申し出てくれた。さらに劇場側で衣裳やバジェットの管理をしてくれることになり、非常に恵まれた環境で上演することができました。

私の作品は『Sand Flower - l'homme blanc(砂の花)』というタイトルで、主題は白塗りした人=道化のピエロ。私は花嫁衣裳を着たまま朽ちてしまったようかのようにそこにいます。後にミヒャエル・エンデの短編集『鏡のなかの鏡』に収められた花婿と花嫁の物語を読んで、この作品のことを思い出しました。花嫁は花婿に会いに向かうけど、砂漠をさまよう中で老婆のように朽ちていき、花婿は彼女が誰か気付かないーー。

NDTは動きの型がはっきりわかる作品が多かったけど、そのときの私はどこか形になりきらない赤ん坊のような表現を探してた。可能性に富んでいるけれど、未文化である、そんな動きを模索していたときでした。ヨーロッパの宗教画にはよく包帯でぐるぐる巻きになった赤ん坊が描かれていて、ミイラもまた包帯に巻かれて黄泉の国へ行く。私の中では、子宮から生まれ落ちたときは実は生ではなくて死のイメージでもある。年老いて死ぬと身体が解体されていき、また新しく命となって集まってくるかのようなーー。

舞台上に小さい白い砂の山が時計のように円形に12個並んでいて、白い風船がそこにひとつずつ刺さってる。私はその円の真ん中で踊ります。作中、とあるシーンで風船がわっと飛んでいき、砂だけが残される。砂に円をつくっていると、次第にそこに閉じ込められているような踊りになっていく。けれどつづら折りのように踊りが展開されると、どんどん円が崩れていく。砂が広がっていき、歩いた跡が残って終わる。劇場にとってはちょっと迷惑ではあるけれど、自分の中では大変気に入った作品です。

舞台衣裳はフランスの衣裳制作学校を卒業してロンドンを拠点に活動をはじめていた中野希美江さんに頼みました。包帯のとれかけたミイラのような衣裳で、作品のイメージにすごく合っていたと思います。中野さんはその後イギリスでオリビエ賞を受賞されるなど、とても活躍されているようです。

『Sand Flower - l'homme blanc』はMaastricht Dansdagenに2000年度のベストワークとして招聘されました。ナチョやオハッドやキリアンなどの作品がある中で選ばれたのは、すごくうれしい出来事でした。これはGolden Theater Dance Prize 2000と同じ団体が主催する賞で、オランダ・マーストリヒトで受賞式が開かれます。過去一年間に上演された作品の中から金賞にノミネートされた作品を一挙に上演するという大掛かりなイベントで、その模様はテレビでも放映されました。

『Dream Window』『Sand Flower - l'homme blanc』の二作をきっかけに、振付の仕事が舞い込むようになりました。カンパニーを辞めたときは全くのノープランで、仕事の予定も収入のあてもない状況でした。この二つの作品がなかったら、フリーランスとして生きていくのは難しかったかもしれません。

『Dream Window』を踊る姿を友人の画家が描いた作品。ギャラリーのフライヤーに採用された。

 

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(27)につづく。
 

インフォメーション

Iwaki Ballet Company『Ballet Gala 2023』
新宿文化センター
2023年5月21日
https://ibc.yukie.net/schedule.html
 

新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/

貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター 
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml

神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール 
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp

<クラス>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。

 

 

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