dancedition

バレエ、ダンス、舞踏、ミュージカル……。劇場通いをもっと楽しく。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵 (11)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

総勢50名の大作でキリアンの創作初体験

キリアンの創作に初めて立ち会ったのは『Arcimboldo』。NDTの創立時からファイナンシャル・ディレクターを務めていたカレル・ビルニが亡くなり、彼への哀悼の意と、バレエ団創立35周年のためにキリアンが創作した作品でした。

ジュゼッペ・アルチンボルドは16世紀に活躍した画家で、遊び心に満ちた作品を描いた人物でした。彼の有名な作品に、細部が全て野菜で描かれた絵があります。よく見ると人参や玉葱など野菜が描かれているのだけれど、離れて見ると人間にしか見えない。キリアンの『Arcimboldo』もまた短編を集めてつくられたモザイクのような作品で、NDT1、NDT2、NDT3、さらにハーグのコンセルヴァトワールの生徒も含めた総勢50名が登場するという大作でした。

私に与えられたのは「ファッションショー」というパートで、ショッキングピンクの華やかなドレスにハイヒールを履き、キャットウォークで踊ります。とても挑発的な振付で、キリアンから“もっとセクシーに歩いて!”“もっと華やかにメリハリを出して。タカラヅカみたいに!”と何度も注意されました。けれど当時の私にはそれが難しく、とても苦戦させらることになりました。

キリアンはまず怒ったりしない人。とても言葉が巧みで、いろいろな表現を駆使しながらダンサーの中から緊張感や特別な瞬間を引き出していきます。キリアンに限らずNDTの人たちはみんなやさしく、怒られた記憶はほぼありません。私がカンパニーを辞めた後、フランスから来たバレエマスターがすごく怒る人で、ダンサーがかちかちになってできることもできなくなってしまった、という話を聞きました。“私たち普段こういう体験をしていないから打たれ弱いね”なんて言って笑っていたけれど、確かにそうかもしれません。

Pretty Ugly Dance Company創設者のAmanda K. Miller振付作品。©hans gerritsen

 

日本で振付をはじめた頃、ダンサーから“恩恵さん、怒ってくれていいんですよ”と言われたことがありました。それぞれのダンサーにとって一番良い動きがなかなか見極められずに少し遠回りしていたのを、彼も感じ取っていたのでしょう。でも私自身、教育を受けていたときもプロになってからも、怒られるという経験をしてこなかった。だから“怒るってどういうことだろう?”と、そこで改めて考えさせられてしまった。

能など伝統芸能の方と一緒に仕事をすることが時折ありますが、師弟制度の世界では厳しく叱りながら指導されることが多いと伺っています。以前囃子方の大倉源次郎先生にお聞きしたのですが、先生も厳しく怒られながら教わったそうです。先生が“怒るというのはその瞬間を覚醒させることによりその瞬間の風景をキャッチできるようにするためのもの。たまに怒られるのはいいけれど、ずっと怒られ続けていると神経が麻痺してしまう。それは恐ろしいことだから怒り続ける教育は辞めた方がいい”と話されていたのが強く印象に残っています。緊張感で目覚める瞬間というのは確かにある。大事なのはその感覚を自分自身で持続することだと感じます。

『Arcimboldo』の終盤、赤い衣裳をまとったダンサーたちが舞台に次々登場し、手の中に持っていたスパンコールをぱっと空に放ってみせる。すると花火が天井から降ってきて、シューベルトの『冬の旅』と共に時事ニュースが流れ、NDT3のダンサーがゆっくりと舞台上でメイクを落として終わる……。華やかでいて、とてもメッセージ性の強い作品です。そのフィナーレの赤い衣裳は、後に『Bella Figura』の衣裳になりました。

『Overgrown Path』©Joris jan bos

 

目が開かれるような感覚に

『Arcimboldo』と並び、入団初期の作品で印象に残ってるのが『詩篇交響曲』。キリアンのレパートリーで、当時よく踊った作品です。キリアンがアーティストとして何を表現しようとしているのか、それを直接言葉で教わることはあまりなく、スタジオで言われるのも“この一歩をもう少し小さく”といった具体的なことばかり。ダンサーとしては言われた通りに動きはするけど、その一歩を小さくしたことによって作品がどうなるのかというのはわからない。キリアンは作品を通し何をあらわそうとしているのか、踊りながらもずっと見えないままでした。でもあるとき曲を聴いていたら、“人生で一番大切なことは、こういう細やかなことによってあらわすものなんだ”ということがものすごい勢いで腑に落ちた。

作品の全体像と今の場がどう結びついているのか、そこではじめて繋がった。それが『詩篇交響曲』を踊っているときで、目が開かれるような感覚がありました。いろいろな作品を踊り、キリアンがあらわしたいものというのが自分の中でわかってきたのがあの瞬間だったのだと思います。

キリアンも私が腑に落ちた瞬間というのがわかったのか、そのとき“人間の魂というのはすごく複雑で、でもそれを複雑なまま表現したら伝わらない。だからまずはシンプルにシンプルに、削ぎ落とせるだけ削ぎ落として、骨格だけにしてあげるんだ。そしてその骨格が確かに立ちあらわれるときにこそ、人間の豊かさは表現できるのだ。だから伝えたいものを表現するときは削ぎ落とさなければいけない”と私に伝えてくれた。初めてキリアンが作品の大きなコンセプトについて話をしてくれた大切な思い出です。それは自分自身作品をつくる上での基本姿勢にもなりました。

キリアン撮影

 

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(12)につづく。

 

インフォメーション

<公演>

Iwaki Ballet Company
《Danse de l’espoir》〜この一瞬は、輝く未来のため〜
四谷区民ホール
2023年1月19日19:00開演予定 
『鳥の歌』振付:中村恩恵 出演:井脇幸江
 

新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/

貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター 
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml

神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール 
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp

<パフォーマンス>

中村恩恵カナリアプロジェクト 
沈黙のまなざしSilent Eyes
世田谷美術館 
2022年12月22日〜2023年3月21日
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/event/detail.php?id=ev01011

<ワークショップ>

神奈川県芸術舞踊協会主催研修会
ダンスワークショップ
2023年3月19日
https://dancekanagawa.jp

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

<オーディション>

(公社)神奈川県芸術舞踊協会主催公演 『モダン&バレエ 2023』
中村恩恵作品 出演者オーディション 2023 年 3 月 21 日開催
2023 年 10 月 28 日上演 「モダン&バレエ 2023」の出演ダンサーをオーディションで募集。
https://dancekanagawa.jp/

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。

 

 

 

-コンテンポラリー