ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(20)
修道院でプロジェクト
休日というのはカンパニーの仕事で疲れた身体を休めるためのものであり、リフレッシュするために使う、というのが大前提。オランダでは休みも含めた年13ヶ月分のお給料が出ることになっていて、休みの間は倍の月給が支給されます。休みの分もお給料を払っているのだからきちんと休んで欲しい、というのがカンパニーの言い分です。ただダンサーの中には休みを活用してNDT外で自分たちのプロジェクトをしたいと考える人もいて、カンパニーから許可が下りればそれも可能になってきます。
同僚の中に10人のダンサーでグループを組み、カンパニー外で活動をしている人たちがいました。彼らはカンパニーとの交渉が上手く、なんだかんだと休みのたびに自分たちのツアーをしていたようです。そうしたなかから将来ディレクターや振付家になる人もいるので、全て封じ込めてしまうと芽が育たない。カンパニーとしてもある程度は交渉に対応するという訳です。
私も一度カンパニー外で大きな作品を手がけたことがありました。旧東ドイツ・ブランデンブルクの劇場からの依頼で、NDTの仲間と3人でつくった作品です。私が18歳のときベルリンの壁がなくなり、東ドイツと西ドイツがひとつになった。作品をつくったのは27歳のときで、ベルリンの壁が壊れてまだ10年経っておらず、旧東側で訓練を受けたダンサーも現役で踊っていたりと、東西の統合でいろいろな風が吹いていた頃でした。
会場になったのはブランデンブルクにある修道院で、ヨーロッパで宗教改革がはじまる少し前、改革に向けたムーブメントが起きたとき中心的存在になった場所でした。修道院は第二次世界大戦時に空爆を受けていて、天上が全て落ちてしまってる。雑草が茂り、煉瓦がそこら中に転がっていたりと、すっかり荒れ果てた状態で、まるでタルコフスキーの映画に出てくるような光景が広がっています。
修道院の一角に芝の生えた回廊があり、そこだけは空爆にあうこともなく昔のままの姿で残されていた。ひっそりと静かで、うつくしい場所でした。私たちはそこでプロジェクトを行うことに決めました。
季節は夏。オーヴァートーンが流れる中、夕暮れどきにステージがはじまり、パフォーマンスをしているうちにだんだん星明かりが見えてきて、蝋燭が灯され、最後は闇に包まれる。非常に幻想的な光景だったと思います。ただそこに辿り付くまでが大変でした。
キリアンに直談判!
まずカンパニーに許可をもらわなければなりません。キリアンは“13ヵ月分お給料を渡しているのは何のためだと思っているのですか?”と言いつつ、外部での活動を許してくれました。私たちは許可をもらった上に、“キリアン・ファンデーションから資金を出してもらえませんか?”と交渉までして、協力を得ることができました。やはりキリアンは作家ですから、つくりたいという気持ちは汲んでくれます。加えてキリアン自身東欧の出身で、共産圏だった場所のアーティストが次の表現を模索するという意味でも共感してくれたようでした。
共同で作品をつくった2人とはよくいろいろな舞台を一緒に観に行ったり、論議したり、いつも行動を共にしていました。ひとりはアメリカ人のディラン・ニューコムで、彼はもともとNYのジュリアード音楽院の作曲科で音楽を学んでいた人。作曲科時代にダンスに目覚め、NDTに入ってきたという変わりダネです。彼は瞑想に興味を持っていて、後にダンスを辞めてNYに戻り、グルになってムーブメントの指導をすることになります。もうひとりがフランス人のイヴァン・デュブルイユで、パリのコンセルヴァトワールから来たエリートでした。イヴァンは知的で文化的な知識もあれば、政治のこともよく知っていて、加えてスポーツもできるとてもマルチなダンサーです。
3人で振付けていたけれど、それぞれの役割や比重は少しずつ違っていました。デュランは作曲もすれば振付けもし、私は表現者であり、振付もした。イヴァンは直感的に見て修正することが上手い、今でいうドゥラマトゥルギーのような役割で、具体的にステップをつくるというより頭で構築していくタイプ。彼らとはNDTを離れた後も付き合いが続き、フリーランスになってからもたびたび一緒に作品をつくっています。
ワークショップから生まれた振付家たち
毎年イースターの夜に、NDT1、NDT2、NDT3がそろって出演するチャリティー公演があり、それがまたダンサーが自身の振付作を発表するワークショップの場になっていました。ワークショップで優れた作品があるとカンパニーがレパートリーに取り入れることがあり、金森穣さんの『アンダー・ザ・マロン・ツリー』もそこからNDT2のレパートリーになり、ドゥアトの『ジャルディ・タンカート』という有名な作品もそれがきっかけでレパートリー化されています。
またワークショップで優れた作品を発表したダンサーに“NDT2に作品提供してみませんか”と声がかけられることもあれば、その後“NDT1に作品の提供を”というオファーに繋がることもある。NDTの元ダンサーで振付家として芽が出る人はたいていそうして見出されていて、ポール・ライトフットとパートナーのソル・レオンや、ヨルマ・エロやヨハン・インガー、そしてマルティーノ・ミューラーもそのひとり。マルティーノは私が入団した頃にNDT2のために作品をつくり、続いてNDT1にいくつか作品をつくり、その後ミュージカル『ノートルダム・ド・パリ』を手がけています。
ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(21)につづく。
インフォメーション
新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/
貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml
神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp
<パフォーマンス>
中村恩恵カナリアプロジェクト
沈黙のまなざしSilent Eyes
世田谷美術館
映像インスタレーション
2023年3月14日〜2023年3月21日
https://www.artpr.jp/setagayaartmuseum/setabi-performance20230304
<ワークショップ>
神奈川県芸術舞踊協会主催研修会
ダンスワークショップ
2023年3月19日
https://dancekanagawa.jp
中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428
中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com
<オーディション>
(公社)神奈川県芸術舞踊協会主催公演 『モダン&バレエ 2023』
中村恩恵作品 出演者オーディション 2023 年 3 月 21 日開催
2023 年 10 月 28 日上演 「モダン&バレエ 2023」の出演ダンサーをオーディションで募集。
https://dancekanagawa.jp/
プロフィール
中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。