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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(29)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

ローザンヌでコーチング

2006年のローザンヌ国際バレエコンクールでキリアン作品がコンテンポラリーの課題曲になることが決まり、私が参加者のコーチングを担当することになりました。現地入りする前に、まず具体的な課題曲の選定と、その資料作りをしています。女性用の課題曲に選んだのは『BLACK BIRD』と『One of a Kind』、キリアンがNDT2のためにつくった『27'52''』の3曲で、男性用には『BLACK BIRD』、『27'52''』、『サラバンド』の3曲を選びました。

ローザンヌ国際バレエコンクールの出場枠は15歳から18歳まで。NDT2は16歳くらいで入団するダンサーが多いので、私の中では15歳から18歳といえばもう一人前のダンサーの年齢です。実際に私が18歳でフランスのジュニア・カンパニーに就職したとき同僚は15歳、16歳のダンサーが大半で、私が一番年上でした。なので出場者たちもキリアン作品の課題曲を十分踊りこなせる年齢と言えるでしょう。

コンクールの決戦会場はスイス・ローザンヌで、ビデオ審査に通ったコンクール出場者たちが世界中から集まってきます。私が現地に滞在したのは3、4日ほどでしたでしょうか。それぞれの参加者が選んだ課題曲ごとにわかれ、グループごとに彼らを指導していきました。

コンクールのスケジュールはかなりハードなもので、いくつものスタジオでバレエやコンテンポラリーのコーチングが同時進行で行われ、予選がどんどん進んでいきます。当初は数十人いた出場者も、予選が進むにつれ人数が絞られていきました。本選になると一人ずつ舞台で踊る時間が与えられ、私たちは彼ら本選出場者にひとりひとり指導をして、最終的な仕上げにかかります。

私は審査に携わることはなく、コーチングに徹します。この子の方ができるな、伸びしろがあるな、という対象で子どもたちを見ることはなく、その子の最大限を引き出すよう務めていく。そこが審査員との目線の違いで、ひとりひとりに対して分け隔てなく、少しでもその子の光るものを出せるよう力を尽くします。

世界中の若きダンサーの教材に

あのときコンクールに参加していた子どもたちも、今では30代半ばでベテランの年になり、ソリストとして活躍している人も多いはず。実際今でもいろいろなところへ行くたびに、“あのとき恩恵さんにコーチングしてもらいました”と言われます。直接ローザンヌでコーチングをしていなくても、資料として作成した私の映像があちこちに配布されていて、それを見ているダンサーも多いようです。ローザンヌに出場するときそのビデオを見て練習したという人、バレエ学校の教材としてそれを見て勉強したという人もいて、こんなに影響力があったのかと私自身後から気付かされました。

2006年はローザンヌ国際バレエコンクールの周年記念にあたる年で、私自身賞をいただいていることもあり、コーチングに加えガラにダンサーとして出演しました。ローザンヌのコーチングは2006年と翌2007年の2度務めていますが、ガラには2度とも出演していて、2006年は『BLACK BIRD』を、2007年は即興を踊っています。

コンクール会場のボーリュ劇場はいろいろなカンパニーがツアーで訪れる場所で、私もモナコ時代やNDT時代に何度もそこで踊っています。ひとつの舞台の上で形を変えて踊る。自分のキャリアが地層のようにそこに積み重なっているようで、懐かしくもあり感慨深いものがありました。

ローザンヌ国際バレエコンクールは日本でもテレビ中継され、私が出場したときはパリ・オペラ座バレエ学校のクロード・ベッシー校長が解説をされていたころでした。“エネルギーがあっていい”と言っていただき、加えて“つま先がもっと使えるようになるといい”と指摘もされています。私はいつも家の前の公園で運動靴を履いて練習していたので、そう言われて当然だなと思ったのを覚えています。

ローザンヌ国際バレエコンクールは審査以外の面もとても充実しています。日本のコンクールは場当たりもみんな一斉に踊ったり、クラスも用意されていないことが多いなか、ローザンヌはコーチングのほかにクラスもきちんと提供されているのが大きな違い。会場には食堂が完備されていて、関係者はいつでも無料で食事ができるようになっています。またそこが国境を越えていろいろな人と出会える場にもなっていて、若いダンサーにとっていろいろな学びの場にもなっている。コーチング自体も賞のためというより、世界中から集まる若いダンサーたちに同じ教育をコンクール期間中提供しようという意識が強い。全てにおいて子どもたちにとっていい環境をつくろうとしていて、とても温かいものを感じます。

コンクール出場者にはミーティングの場が設けられ、この先の進路の相談に乗ったり、アドバイスを行っています。例えば本戦で落ちてしまっても、ミーティングに立ち会ったバレエ学校の校長先生とのご縁で留学の機会が得られるようなケースもある。小さなバレエ学校やバレエ教室で学ぶ人たちにとってはより貴重で、とても大切なきっかけになっているのではないでしょうか。

私たちコーチング担当者や審査員はコンクール参加者とは別のホテルに宿泊していて、毎晩ホテルビュッフェのディナーが用意されています。それがまた出会いの場になり、情報共有の場にもなっている。注目の演目や振付家といった近年の傾向に加え、例えばグリッサードを4番に抜くことの是非についてや、ジャンプの踏み込みや着地におけるプリエでは床に踵を完全につけることにこだわるべきか否かなど、細かな技術面の話もできる。関係者もバレエ団のディレクターや振付家、バレエ学校の先生などさまざまで、世界のダンス界を引っ張る人たちにとって非常に刺激的な場になっています。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(30)につづく。
 

 

インフォメーション

Iwaki Ballet Company『Ballet Gala 2023』
新宿文化センター
2023年5月21日
https://ibc.yukie.net/schedule.html
 

新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/

貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター 
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml

草刈民代プロデュース
『Infinity Premium Ballet Gala 2023』
2023年7月29日・31日
オーバード・ホール(富山公演)
新宿文化センター(東京公演)
https://classics-festival.com/rc/performance/infinity-premium-ballet-gala-2023/

横浜能楽堂 
『芝祐靖の遺産』
2023年8月5日
https://yokohama-nohgakudou.org/schedule/?cat2=7

神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール 
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp

<クラス>

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。
 
 
 
 
 
 

 

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