Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(3)
「no・mad・ic project - 7 fragments in memory」
『Voice』『L』『1/60』『WW』『Out of the earth…from heaven』『Under the marron tree』『La dent-de-lion』『Me/mento, 4am"ne"siac 1st part ver.2003』
演出振付:金森穣
出演:青木尚哉、井関佐和子、木下佳子、佐藤菜美、島地保武、清家悠圭、高橋聡子、辻本知彦、平原慎太郎、松室美香、中野綾子(研修生)、金森穣
初演:2005年2月24日
会場:アートスフィア(東京)、梅田芸術劇場(大阪)、りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館(新潟)
Noismがはじまる前、2003年に初演された作品で、第3回朝日舞台芸術賞・キリンダンスサポートを受賞しています。
プロジェクトとして初演した作品を、Noismバージョンとして再構築しています。『WW』は穣さんのソロです。もともと吉田都さんの公演『and miyako』に穣さんが出演したときに発表したものでした。舞台上にテレビが宙り下げられていて、テレビにモザイクが映っている。そこでインプロを踊ります。穣さんも20代で若かったので、短いけれど、かなりハードなソロでしたね。
私の出演作は『Me-mento, 4 am”ne”siac (1st part – ver. 2003)』と『Under the marron tree』。『Me-mento, 4 am”ne”siac 』はNDTⅡに振付けられた作品で、一部抜粋しての上演です。2003年の初演ではキャストは男性のみでしたが、このときは男性がひとり足りず、私が参加することになりました。フィジカルな要素が強く、男性的な動きがメインです。いわゆるパ・ド・ドゥなどはなく、それぞれにソロがあり、男性と対等に踊ります。NDTⅡでの初演を見て、元同僚がすごくかっこよく、刺激的だったので、踊ってみたいと思っていた作品です。
オハッド・ナハリンが『MINUS 16』をNDTに振付けたのは、私がNDTⅡにいた20歳のときでした。創作時、オハッドがダンサーひとりひとりに質問を投げかけ、それを録音して、作品の一部に使用しました。昔から男性のムーブメントに憧れがあったのでしょう、私は「男みたいに踊りたい!」と言っていましたね。だから『Me-mento, 4 am”ne”siac』に出演できたのはうれしい出来事でした。メンバーも青木尚哉、島地保武、平原慎太郎、辻本知彦と、濃い顔ぶればかりです。お互い「負けない!」という感覚が強くあったと思います。
『Under the marron tree』は穣さんの処女作で、Noism設立前に私がはじめて踊った穣さんの作品でした。Noismではこのときはじめて踊っています。20年以上経った今も色褪せない素晴らしい作品です。私にとって、年齢を重ねるごとに色が変化するこの作品は指針を示すものであり、それが穣さんの処女作というのも運命を感じますね。
「新潟県中越地震チャリティ公演」
演出振付:Noism05メンバー7名
出演:青木尚哉、井関佐和子、木下佳子、佐藤菜美、島地保武、清家悠圭、高橋聡子、辻本知彦、平原慎太郎、松室美香、中野綾子
日程:2005年4月16日/りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館〈劇場〉
メンバー7名が振付作を発表しました。
希望者が手を挙げ、振付けをしています。私も作品を発表しました。私の振付けはあれが最初で最後。5分ほどの短い作品で、メンバー全員を使ってハチャメチャにして終わった感じ。作品というよりお祭りみたい。私の幻の作品です。
リハーサルで、忘れられないハプニングがありました。舞台の上からバトンを下ろし、みんなでそこにぶら下がるシーンです。幕で上部を隠して、足だけ見せるという演出でした。本来はそこでバトンを下げるところを、スタッフさんが間違えて上げてしまった。私たち全員バトンにつかまったまま、舞台のかなり上まで一気に上がっていった。それも結構なスピードで、途中で手を離せる状況ではありません。危険な高さでした。必死につかまっていたけれど、本当に怖かった。穣さんは客席で見ていて、その瞬間「俺、終わった」と思ったそうです。
「Triple Bill」
『犬的人生』
演出振付:近藤良平
出演:青木尚哉、井関佐和子、金森穣、木下佳子、佐藤菜美、島地保武、清家悠圭、高橋聡子、辻本知彦、平原慎太郎、中野綾子
『ラストパイ』
演出振付:黒田育世
出演:青木尚哉、井関佐和子、金森穣、木下佳子、佐藤菜美、島地保武、清家悠圭、高橋聡子、辻本知彦、平原慎太郎、中野綾子
『DOOR INDOOR』
演出振付:アレッシオ・シルヴェストリン
出演:井関佐和子、金森穣、木下佳子、島地保武、清家悠圭、平原慎太郎
初演:2005年7月15日
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館(新潟)、シアターBRAVA!(大阪)、世田谷パブリックシアター(東京)
外部振付家招聘企画第1弾として、3者のゲスト振付家を迎えた「Triple Bill」。黒田育世作『ラストパイ』は金森さんが40分間踊り続けた伝説の作品です。
育世さんもまだ若く、爆発的なエネルギーでやってきた。穣さんと育世さん、ギターの松本じろさんの3人でずっとスタジオにこもって練習していました。他のメンバーとの接点がないソロで、それは孤独な作業で、大変だっただろうなと思います。終わったとき、袖で酸素吸引していたのを覚えています。
穣さんは『犬的人生』の直前に『ラストパイ』を踊っていて、本番ではもう放心状態になっていたみたい。一瞬ふっと時が止まって、気づいたら自分の出る音が過ぎていたようです。私たちは舞台上にいて、穣さんが走ってくるはずなのに出てこない。「あれ、穣さんどうしたんだろう?」と思っていたら、ものすごい勢いで穣さんが走ってきた。びっくりしましたね。本番で穣さんが出トチるのははじめてで、あの光景は今もはっきり覚えています。
『犬的人生』はコンドルズの近藤良平振付による異色作でした。
3人の振付家には全て穣さんが声をかけています。良平さんは、集団を抱えているという部分にシンパシーがあったのでしょう。
良平さんの振付けはとにかく早い。彼は奇をてらうのが好きじゃないから、ぱっと振りを渡して、ぱっと終わる。それで「もうできたから、川べりに行ってみんなで遊ぼう!」と言い出すから、私たち舞踊家としては、「え、ちょっと待って!」という感じです。
作中は組み体操からはじまり、ダンスシーンがとにかくしんどい。20年前なので、良平さんもバリバリ踊っていたころです。
個人的にも大変な作品で、このときすごく仲の良かったメンバーのひとりと大喧嘩をしています。何が原因だったのか、はじまりは些細なことだったと思います。でもお互い気が強いから、全く口もきけない状態になってしまった。彼女と作中一緒にコントをするシーンがあって、仲良さそうにしなければいけません。それも辛かった。今考えたら、若いなって思います。もちろん大人になってからは仲直りしています。彼女はその後ダンスを辞めて、結婚して、子どもを産んで、お母さんになりました。
アレッシオ・シルヴェストリン振付作は『DOOR INDOOR』。彼にオファーしたきっかけは?
アレッシオとの出会いは、ベジャールの学校時代です。穣さんは同級生で、私は彼がカンパニーに入って踊っているときからの付き合いです。穣さんとはライバルとして切磋琢磨し、私からするとベジャールのカンパニーで踊っているのに、休憩中や夜に必ず振付けをしている不思議な人でした。
Noismがはじまる前に、穣さんと二人でアレッシオの作品を篠山紀信さんのスタジオで踊ったことがありました。篠山さんに「スタジオを貸すから二人で何かやりなさい」と言われ、せっかくだから誰かに振付けてもらおうということで、アレッシオに頼んでいます。
アレッシオの作品はすごく芸術性が高く、それで穣さんもNoismに呼んだのでしょう。アレッシオは天才肌で、すごい感性の持ち主。彼の中では全てが成立している。だけど、それを言語化するのはあまり得意ではないようです。気持ちを伝えたいのだけれど、言葉の壁も含めて、伝わりにくい。みんなアレッシオの意図がなかなか掴めず、ちょっと戸惑っていましたね。
このとき私はあまり踊らず、はじめて舞台上で喋っています。「すごく特殊な役だからサワコにやってほしい」とアレッシオに言われました。セリフは詩のような言葉です。喋り方にもアレッシオのこだわりがあって、「はっきり喋るな」「唾を溜め込んでいるように」などと言います。結構な量のセリフだったけれど、がんばって覚えて、マイクをつけて踊りながら喋りました。
3人の振付家を招き、外部の風が入った影響は何かありましたか?
ゲスト振付家の3人はみなさん穣さんとはそれぞれ違うタイプでした。いろいろなタイプの振付家がいて、舞踊家はそこで触発されるものがある。同時に外部の人が入って、彼らの思想が見えると、舞踊家たちの中で「こちらの方がいいよね」ということも出てきます。舞踊家の1番近くにいる作家として、穣さんはそういうことに耐えなければいけない。きついと思うし、穣さんはよくやってきたなと思います。集団が強固なものであれば、たとえゲストが来ても揺らぎはさほど起きないはず。でもあのころは地盤がふわふわしていて、そのことに対して穣さんは孤独を感じていたようです。
実際に、そこで自分の道を行こうと決めた人たちもいた。カンパニーが少し形になってきたところだったのが、ゲスト振付家を呼んだことで、また崩れてしまった。そういう意味では、「Triple Bill」はNoismにとって成功だったとはいえませんでした。「Triple Bill」が終わって、Noismの第1クールが終わった気がします。ここまではお祭りでした。
プロフィール
井関 佐和子
Sawako ISEKI
Noism Company Niigata国際活動部門芸術監督 / Noism0
舞踊家。1978年高知県生まれ。3歳よりクラシックバレエを一の宮咲子に師事。16歳で渡欧。スイス・チューリッヒ国立バレエ学校を経て、ルードラ・ベジャール・ローザンヌにてモーリス・ベジャールらに師事。’98年ネザーランド・ダンス・シアターⅡ(オランダ)に入団、イリ・キリアン、オハッド・ナハリン、ポール・ライトフット等の作品を踊る。’01年クルベルグ・バレエ(スウェーデン)に移籍、マッツ・エック、ヨハン・インガー等の作品を踊る。’04年4月Noism結成メンバーとなり、金森穣作品においては常に主要なパートを務め、日本を代表する舞踊家のひとりとして、各方面から高い評価と注目を集めている。’08年よりバレエミストレス、’10年よりNoism副芸術監督を務める。22年9月よりNoism Company Niigata国際活動部門芸術監督。第38回ニムラ舞踊賞、令和2年度(第71回)芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
Noism
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館を拠点に活動する、日本初の公共劇場専属舞踊団。プロフェッショナル選抜メンバーによるNoism0(ノイズムゼロ)、プロフェッショナルカンパニーNoism1(ノイズムワン)、研修生カンパニーNoism2(ノイズムツー)の3つの集団があり、国内・世界各地からオーディションで選ばれた舞踊家が新潟に移住し、年間を通して活動。2004年の設立以来、りゅーとぴあで創った作品を国内外で上演し、新潟から世界に向けてグローバルに展開する活動(国際活動部門)とともに、市民のためのオープンクラス、学校へのアウトリーチをはじめとした地域に根差した活動(地域活動部門)を行っている。Noismの由来は「No-ism=無主義」。特定の主義を持たず、今この時代に新たな舞踊芸術を創造することを志している。https://noism.jp/







