dancedition

バレエ、ダンス、舞踏、ミュージカル……。劇場通いをもっと楽しく。

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(15)

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でイリ・キリアンのミューズとして活躍し、退団後は日本に拠点を移し活動をスタート。ダンサーとして、振付家として、唯一無二の世界を創造する、中村恩恵さんのダンサーズ・ヒストリー。

海外ツアーで世界を巡る

カンパニーを世界中に連れていってあげたい、ダンサーに世界を見せてあげたい、という気持ちがキリアンの中に強くあり、実際当時は海外ツアーが頻繁にありました。カナダ、アメリカ、アルゼンチン、ブラジル、南アフリカ、ロシア、イスラエル、韓国、ニュージーランド、オーストラリア……。NDTの最盛期でもあり、世界中どこに行ってもNDTは大人気でした。

キリアンを筆頭に、ツアーはダンサーからスタッフまで総勢50名近くという大所帯で移動します。現地に着いた日とその翌日は完全フリーで脚のむくみやジェットラグの解消にあてられ、3日目にクラスがあり、その次の日からゲネ、そして本番と続きます。出発はたいてい早朝で、朝5時にロビー集合、ということもよくありました。本番が終わるのが23時半で、翌日の集合が早朝となると、普通は早めに休んで翌朝に備えるもの。でもなかにはナイトクラブで一晩中踊って、朝集合する頃になって“ただいま!”とホテルに帰ってくる強者もいましたね。

カンパニーには“12日以上連続で働いてはいけない”というルールがあり、移動日以外に必ず休みが取れるシステムになっています。例えば米国大陸をまわる一大ツアーや、アジアとオセアニアを繋げて巡る長いツアーの場合、ツアー先でも休みがちょこちょこ入ってくるので、上手く使えばオフの時間も充実したものになってくる。私も時間をやりくりしては、あちこちに繰り出しました。食べたことのない食べ物を食べ、聞いたことのない言葉の中にぽんと放り出され、知らない土地に行って知らない文化に触れる、それはとても触発されるものがありました。

海外ツアーでとりわけ記憶に残っているのが、NDT2で行った旧オランダ領カリブ海のツアーです。カリブ海の島にはドラッグの流通の中心地になっている土地もあり、街は荒み、貧困がはびこっています。街には劇場がほとんどなく、公演会場も公民館の庭につくった仮説舞台や、小学校の体育館、バスケット用のコートに用意された簡易舞台で踊ったこともありました。ホテルも数が限られていて、全部で数部屋しかないお金持ちが泊まる高級ホテルがひとつと、雑魚寝でシャワーをひねると塩の水が出てくる安宿しかない島もある。ツアーメンバーのうち、数名は高級ホテルに泊まり、残りは宿泊所で雑魚寝をして、翌日取り替えっこをして……。その後いろいろなツアーに行きましたが、あれが一番ワイルドなツアーだったような気がします。

格差社会の現実を見て

南米ツアーで行ったブエノスアイレスも大きな衝撃を受けました。私たちの踊る劇場は目抜き通りにあって、舞台を観に来るのはお金持ちの人たちばかり。でもちょっと歩くと塀で囲まれた場所があり、中を覗くとスラム街になっている。格差社会を目のあたりにしたはじめての経験でした。現地でタンゴ・バーにも行きました。楽団がタンゴの演奏をはじめると、誰かのもとへ知らない誰かがやってくる。目配せでカップルが成立し、はじめのフレーズは何も話さずにただ向かい合って立っている。次のフレーズで少し話をし、その後全員がフロアで踊り、そしてそれぞれの席へ戻っていく。楽しんでいるというよりは、人生の苦悩を秘めて踊っているようにも見えて、強烈に心打たれるものがありました。

南アフリカのツアーでは、オフの時間を使って国立公園のサファリツアーに参加しました。当時はアパルトヘイトが終わって人種差別がずいぶん向上してきたころ。サファリツアーはもともと現地で暮らしていた人たちの生活を体験できるというもので、とてつもなく広大な自然公園の中を、ジープに乗って動物たちに会いに行きます。ゾウの子どもが歩いていて、ジープで近づいていったら雄の象がものすごい勢いで突進してきた。ジープの運転手はこれ以上ない猛スピードでバックしていきます。

とてつもない静けさ、というのもはじめての経験でした。見渡す限りの平原が広がっていて、動物たちが遠くを横切るのが見える。何処を目指しているのか、すごくゆっくり歩いている。それはもう私たちが知っている空間や時間の流れではありません。何の物音もしない世界の中で、何かが静かに聞こえてくる。これは風の音なのか、耳鳴りがしているのか、自分の血が流れている音なのか……。そこで体験した瞬間は、後々自分の創作に影響を及ぼしてくことになりました。

NDTでの新聞評

ツアー先でおいてけぼり!

昔から大の方向音痴で、それゆえの失敗をこれまでたびたび繰り返してきました。舞台に立つと、どちらが正面でどちらが後ろなのかわからなくなることがよくあります。舞台で踊る自分のことを“お客様から見るとこう見えるはずだ”と思ってしまうのか、全部反転して踊ってしまったりする。集中して踊っているときに限ってそのクセが出てくるので困ります。

ハンス・ファン・マーネンの『Squares』に出演したときのこと。暗闇に包まれた舞台の上を、白い総タイツ姿のダンサーたちが走りまわり、それをブルーライトが照らしてる。次にぱっとライトが変わると、男女のデュエットがはじまります。舞台の上をわーっと走ってふっと立ち止まったら、どこが正面なのかわからなくなってしまった。“あれ、私は今どこにいて、どこが正面で、どこにいなければいけないのだろう?”と、舞台の上ですっかり迷子になってしまった。よくよく周囲を見渡したら、自分のパートナーが舞台の反対側にいる。“どうしよう、あそこに行かなきゃ!”と考えて、何を血迷ったのか、そのまま反対側までちょこちょこ移動していきました。今考えると、もっとマシな方法はなかったものかと思います。しかもそれはオランダ・ダンス・フェスティバルの初日で、女王様が観に来られたとても大切な公演でした。

本番後、会場で知り合いとばったり会って、“今日の舞台ですごい失敗しちゃって……”と話していたら、いつの間にか時間が経っていた。ふと気づけば、同僚が誰もいなくなっている。知らないうちに置いてけぼりをくっていたようです。すでにバスが出発した後でした。高速道路を走るバスの中で、みんなが“さっきの恩恵の失敗すごかったね。そういえば今日は何だか静かだけどーー”と話をしていて、“あれ、いない?”と気づいたそうです。そこで引き返してきてくれた。忘れもしないNDT2時代の出来事で、失敗続きの一日でした。

1996年の新聞評

 

ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(16)につづく。

 

インフォメーション

 

新国立劇場『ダンス・アーカイブ in Japan 2023』
2023年6月24日・25日
https://www.nntt.jac.go.jp/dance/dancearchive/

貞松・浜田バレエ団
『ベートーヴェン・ソナタ』
兵庫県立芸術文化センター 
2023年7月16日・17日
http://sadamatsu-hamada.fem.jp/sche.shtml

神奈川県芸術舞踊協会
『モダン&バレエ』
神奈川県民ホール 
2023年10月28日
https://dancekanagawa.jp

<パフォーマンス>

中村恩恵カナリアプロジェクト 
沈黙のまなざしSilent Eyes
世田谷美術館 
2022年12月22日〜2023年3月21日
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/event/detail.php?id=ev01011

<ワークショップ>

神奈川県芸術舞踊協会主催研修会
ダンスワークショップ
2023年3月19日
https://dancekanagawa.jp

中村恩恵 アーキタンツ コンテンポラリークラス
毎週水曜日 15:45〜17:15
http://a-tanz.com/contemporary-dance/2022/10/31153428

中村恩恵オンラインクラス
土曜日開催。詳しくは中村恩恵プロダクションへ問合わせ
mn.production@icloud.com

<オーディション>

(公社)神奈川県芸術舞踊協会主催公演 『モダン&バレエ 2023』
中村恩恵作品 出演者オーディション 2023 年 3 月 21 日開催
2023 年 10 月 28 日上演 「モダン&バレエ 2023」の出演ダンサーをオーディションで募集。
https://dancekanagawa.jp/

 

プロフィール

中村恩恵 Megumi Nakamura
1988年ローザンヌ国際バレエコンクール・プロフェッショナル賞受賞。フランス・ユースバレエ、アヴィニョン・オペラ座、モンテカルロ・バレエ団を経て、1991~1999年ネザーランド・ダンス・シアターに所属。退団後はオランダを拠点に活動。2000年自作自演ソロ『Dream Window』にて、オランダGolden Theater Prize受賞。2001年彩の国さいたま芸術劇場にてイリ・ キリアン振付『ブラックバード』上演、ニムラ舞踊賞受賞。2007年に日本へ活動の拠点を移し、Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、Kバレエ カンパニー『黒い花』を発表する等、多くの作品を創作。新国立劇場バレエ団DANCE to the Future 2013では、2008年初演の『The Well-Tempered』、新作『Who is “Us”?』を上演。2009年に改訂上演した『The Well-Tempered』、『時の庭』を神奈川県民ホール、『Shakespeare THE SONNETS』『小さな家 UNE PETITE MAISON』『ベートーヴェン・ソナタ』『火の鳥』を新国立劇場で発表、KAAT神奈川芸術劇場『DEDICATED』シリーズ(首藤康之プロデュース公演)には、『WHITE ROOM』(イリ・キリアン監修・中村恩恵振付・出演)、『出口なし』(白井晃演出)等初演から参加。キリアン作品のコーチも務め、パリ・オペラ座をはじめ世界各地のバレエ団や学校の指導にあたる。現在DaBYゲストアーティストとして活動中。2011年第61回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2013年第62回横浜文化賞受賞、2015年第31回服部智恵子賞受賞、2018年紫綬褒章受章。

-コンテンポラリー