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レーゲンスブルク歌劇場ダンスカンパニー芸術監督 森優貴インタビュー!

ドイツ・レーゲンスブルク歌劇場ダンスカンパニー芸術監督の森優貴さんが、2019年秋をもって退団を発表! 退任に至る経緯と現在の活動、今後の展望についてお聞きしました。

芸術監督としてカンパニーを率いてきて、これまで最も大変だったことは何でしょう。

森>ひとりひとりのダンサーの人間性を見極め、現在の状態までカンパニーを引き上げるまでが最も苦労した部分です。僕の舞台に対するこだわりを汲み取ってくれる人材を採用し、共に日々を創作に費やしていくには、ダンサーの人間性まで見通さなければならない。だけどオーディションで技術を認識することはできたとしても 、なかなかダンサーの人間性までは見極められない。技術は僕自身が日々時間をかけて育てていけばいい。しかし人間性を変えることはできない。そこは一番難しいところでした。

オーディションで技術が優れていたり、良い素質を持っているなと思っても、それは非日常でのこと。オーディションは7〜8時間続きます。ダンサーはその特殊な時間の中でベストの自分を見せようとする。こちらが提示したことに対する相手の取り組み方、受け止め方が一時的なものなのか、継続的なことなのか、見極めなければいけない。採用してから毎日の付き合いの中で見出すのではもう遅いのです。

もちろんどのダンサーにしても、“芸術監督に付いていこう”、“カンパニーの一員としてがんばろう”という気持ちは持っている。しかし同時に、いちダンサーとしての自我も強くある。振付家・演出家にとって、ダンサーは描かれようとする世界観を実現するツールであるということ。ダンサーはそれを理解し、どれだけ自身を丸裸にし、捧げる覚悟があるか。

 

『The House』(C)Bettina Stöss

 

芸術監督就任3年目あたりから、“オーディションでは技術を重視しないようにしよう”と決意しました。もちろんベースとなる身体性はきとんと備わった上でのことです。芸術監督として自分自身に少し余裕ができてきたのと、求めるこだわりがより具体化してきた頃だったのでしょう。何度かダンサーが入れ替わり、ようやく“自分はカンパニーの一部なんだ”という気持ちで付いてきてくれるダンサーがそろってきた。ここに至るまでが大変でした。そういった意味で、今のメンバーは最高の質を提供できる宝です。

このほか、僕らのカンパニーの位置付けを劇場の中にどう構築していくか、という闘いも常にありました。劇場にはオペラがあり、芝居があり、ダンスがあり、オーケストラがいる。オペラや芝居は年に一本新作があればいい方だけど、ダンスは毎回新作を創作しなければいけません。古典を新しく演出し直して新作をつくるとしても、ダンスにはオペラや芝居と違って原曲楽譜や台本がありません。選曲から舞台美術、衣裳デザインの方向性、舞台転換、照明まで、全て振付家の演出に委ねられることになる。オペラでいうところの、演出家、振付家、舞台技術、構成作家の全てを担っているのがダンスの振付家です。

作品の長さに関係なく、ドイツではオペラも芝居もダンスも基本的に創作期間は6週間と設定されています。これにはもちろん、舞台稽古、ドレスリハーサル、ゲネプロ、オーケストラ合同リハーサルが含まれる。休みや他の公演の本番をのぞくと、創作期間は4週間残ればいい方です。ダンスの場合はゼロから創作している訳であり、どの舞台芸術よりも時間が必要になるけれど、その理解を得るのはとても難しい。

繰り返し説明し、作品の質で証明する。毎作品平均80%の集客で、年間約40回の公演を結果として提示していく。要求するものを勝ち取っていくのは、簡単なことではありませんでした。

 

『春の祭典 』(C)Bettina Stöss

 

これまで手がけてきた中で最も想い入れのある作品は何ですか?

森>どの作品も想い入れはあるけれど、あえて挙げるとすれば、『春の祭典』と『ボレロ』をオーケストラで上演できたのはやはり振付家として大きな達成感がありました。実際反響も大きく、『ボレロ』では“ようやく21世紀にふさわしい『ボレロ』が生まれた”と批評に書かれています。

サスペンス・スリラー作品をつくりたいという想いがあり、2015年に発表したのが『The House』。全てオリジナルで創作した想い入れのある作品で、ファウスト賞(ドイツ舞台芸術界の栄誉ある賞)振付家部門にノミネートされたのはもちろんうれしくもありました。

毎回自分自身を燃やし尽くしてはじめてこの世に作品が生まれます。そのときどきの自分自身が作品ごとに投影されているから、そのときなりの想いがある。そのときの自分自身が見える。そういう意味では、全てを受け入れ、次の場所へと向かっていく作品である『死と乙女』が一番想い入れがありますね。

 

『ボレロ』(C)Jochen Quas

 

レーゲンスブルクでの今後の予定をお聞かせください。

森>2019年の2月から新たな公演がはじまります。新作は『危険な関係』全2幕。原作はフランスの作家・ラクロの同名小説で、18世紀後半のフランス貴族社会を往復書簡で書いた作品です。新作の構想を練りはじめたのは去年の夏前くらいから。今回は全幕作品にしようと考えていて、クラシック・バレエの新演出にするか、もしくは文学作品をベースにするか、いろいろ模索を重ねていきました。

毎年冬の新作はオーケストラでの上演になるので、全幕をつくるならドラマ性の強い作品にしたい。身体性重視の作品というよりは、演技の質も求めることができる作品を演出したいという気持ちがあった。だとすると、台本から再構築できる文学作品がいい。

 

『危険な関係』リハーサル

 

文学作品の中でも、テーマ的にいろいろな要素が入っている方が僕としてはつくりやすい。ラクロの『危険な関係』は、誘惑、駆け引き、名声、エゴ、愛、裏切り、復讐、墜落といったものが心理ゲームとして描かれるので、イメージを無限大に膨らませることができる。

18世紀後半のフランスで繰り広げられる男女の見せかけと騙し合い、名声と欲望、快楽といった部分をドラマにするためにも、コントラストとして様式美を意識するようにしています。物語の終盤に決闘シーンがあるのですが、僕自身がある程度舞台表現で必要となるフェンシングを身につけていなければと思い、リハーサル後にコーチに来てもらって訓練しているところです。

 

『危険な関係』創作メモ

 

楽曲は約8割バロック音楽を使用します。あと映画版『危険な関係』の挿入曲も使用する予定で、作曲家のジョージ・フェントン氏とコンタクトを取ったら、“ぜひ使ってくれ”と快諾していただきました。オーケストラ用の楽譜も彼が手配してくれることになり、現在映画配給会社と交渉中です。それらに加え、ヴィヴァルディの『四季』を作曲家のマックス・リヒターがアレンジしたものも使用します。2019年2月16日に幕が開き、上演は6月まで。レーゲンスブルク歌劇場ダンスカンパニーの芸術監督としては、今のところこれが最後の作品になる予定です。

『危険な関係』の開幕後、5月の中旬から7月の初めまでスイスに滞在することになっています。スイスのザンクト・ガレンの大聖堂で開催されるオペラとダンスの芸術際『ザンクト・ガレン芸術祭』が夏にあり、そこで上演する新作の振付をザンクト・ガレンのダンスカンパニーから依頼されました。芸術祭の開幕後、2019年の秋に日本へ帰国します。

 

『危険な関係』リハーサル

 

 

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